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カテゴリー「ブログ考」の記事

2007年11月7日

【blog考】2-2「竹熊新聞」のこと(2)

●「国松新聞」と「竹熊新聞」

『ハリスの旋風』の中に、石田国松が学校新聞を作るエピソードがある。新聞部員でガールフレンドのオチャラが、野球部や剣道部での国松の活躍を記事にするため、彼にインタビュー試みるのだが、国松は記事に不満を抱き、勝手に自分一人で編集執筆した「ハリス学園新聞」を作ってしまう。

Shinbun1 ←『ハリスの旋風』ちばてつや ゴマブックス版第2巻より

そもそも石田国松に新聞の公平性とか中立性という概念があろうはずもない。徹底的に自分を美化する一方、教師やライバルを茶化しまくった。当然学園中の大顰蹙を買うわけだが、なおも国松はめげずに「石田国松かべ新聞」を作って学校の廊下に張り出す。このときの内容は、自分と対立するボクシング部の主将をボロクソに批判したものである。今見ると素朴なパロディであるが、低学年の私は腹をかかえて笑った記憶がある。

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2007年11月6日

【blog考】2-1「竹熊新聞」のこと(1)

●マスコミとミニコミ

そろそろ「blog考」を再開する。ここからしばらくは第二部として、「私の個人メディア史」を綴っていきたい。子供時代の記述から始まるので、当然ブログや、パソコン&インターネットがこの世に存在しない時代の話から書くことになる。小学生時の個人新聞作りから始まって、高校時代のオフセット印刷によるミニコミ作り、「プロ」の物書きになってからのこと、パソコン通信とインターネットとの出会い、そして44歳でブログを始めるに至るまでの経緯を、やや駆け足で辿る予定だ。

単行本にする際、ここの記述の扱いをどうするかは決めていないが、なんらかの形で重要な章として残したいと思っている。「たけくまメモ」は、四〇代になった私が新しく手に入れた「メディア」である。ブログは、個人による表現伝達手法としては、現時点(2000年代初頭)における最高のメディアであろう。表現を「千単位・万単位の読者」に届ける手段として、せいぜい一ヶ月数千円程度の、出版社を経営することに比べればほとんどゼロに近いコストで実現することができるからだ。これは私にとって、およそ40年間も待ち望んだ状況だったと言っていい。

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2007年9月20日

【blog考10】 リンクをめぐる論争(3)

●「公園の出歯亀」は犯罪か?

 「無断リンク否定派」「肯定派」の対立は、インターネットに載った自分のウェブサイトを「プライヴェート空間」と考えるか(否定派)、それとも「パブリック空間」と考えるか(肯定派)の違いではないかと思われる。無断リンク否定派にとって、ウェブサイトとは、自室や自宅の庭先に友人知人を呼んでパーティを開いているようなものだ。通行人が騒ぎを見て、通りから覗きこむくらいは構わないが、許しも乞わずに敷地内に入りこむことは困る、そういうイメージを持っているのかもしれない。

 一方「無断リンク肯定派」は、インターネットを「公園」だと考えている。あくまでそこは公共の空間で、誰の土地でもない。花見のシーズンには、サラリーマンが同僚と夜桜を楽しむためにブルーシートを敷いて陣地を作ることもある。しかしそれは一晩限りのことで、限定された時間だけ、ごく狭いスペースに陣取ることが「一般常識として」許容されているにすぎない。「無断リンク肯定派」にとって、ウェブサイトは、花見客が公園内に敷いたブルーシートみたいなものなのだろう。もともと誰の土地でもない場所に、陣地をとってそこに場所を示す看板としてURLをかかげる。リンクは、目的のURLに行き着くための方向指示版みたいなものである。

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2007年9月19日

【blog考9】 リンクをめぐる論争(2)

「リンクをめぐる論争」ついて、先に私は、数年前までインターネットの世界では「無断リンク肯定派」と「無断リンク否定派」に別れて、激しく対立していたと書いた。前回・前々回のエントリはそれなりのアクセスを集めていたことから見ても、現在もこれは「本当は解決していない問題」としてくすぶっているのだと私には思われる。

 この論争が特に激しかったのは、90年代末から2003年頃までである。その後に普及したブログと、mixiに代表されるSNSサービスの登場、そしてgoogleなどのロボット型サーチエンジンの爆発的普及が、「リンク論争」を過去の問題として、事実上「うやむや化」しつつある。論争に決着がつかないままに、人々のリンクを張ることに対する抵抗感が、薄れて来ていると私は実感するのだ。

 なお、こうした「リンク論争」は、日本特有の議論だという意見がある。欧米圏ではリンクを無断で張るのが常識で、気にするのは日本人だけだというものだ。興味深い指摘だが、私は欧米のネット事情に詳しくないので、今は判断を保留しておく。

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2007年9月16日

【blog考8】 リンクをめぐる論争(番外編)

 今回は番外編で、前回の訂正と補足を行う。前回「リンクをめぐる論争(1)」をアップしたところ、いくつかの反響をいただいた。私が「あ、そうか」と思った意見のひとつが後藤寿庵氏のコメントで、

「インターネットの最初期はむしろ“リンクフリー”であるのがネットユーザーの常識だった。WWWというメディアの最大の特徴はリンクにあり、それを否定するのはWWWの否定に他ならなかった。竹熊が書いたような“リンクに許可を求める”という風習が出てきたのは、むしろインターネットが発展期に入ってから以降のこと」(要約竹熊)

というもの。同様の意見は、PC技術畑出身の氷川竜介氏からもいただいた。

 これは私の書き方がまずかったかもしれない。インターネットそのものは95年のウィンドウズ95発売以前からもちろん存在していた。我々が現在に続くインターネットと見なせるものが出現したのは、1991年にWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)というハイパーテキストシステムが登場して以降のことである。

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