たけくまメモMANIAX

2008年6月30日

ふくしま政美先生の逆襲

5193bql9ebl__ss500_←女犯坊 1 (1) (マンサンコミックス)

先々週の土曜日に、新宿ロフトプラスワンでふくしま政美先生『女犯坊』の新刊発売記念イベントがありました。

このブログではちょうど「マンガ界崩壊を止めるには」のエントリ連載の最中で、それの執筆で手一杯だったため、報告するのが遅れてしまいました。ふくしま先生にお詫び申し上げるとともに、ようやく本の紹介ができてほっとしています。

ちょうど10年前に太田出版から『女犯坊』(滝沢解原作オリジナル版)が復刻され、やはりこのロフトで「ふくしま政美復活祭」が開かれたのでしたが、そこから先生も山あり谷ありの幾星霜、ついに「漫画サンデー」で新原作者(坂本六有)とともに、あの劇画史上最悪最強と呼ばれた竜水和尚が復活したのであります。なんでもこの作品が載ったことで、漫サンの売り上げが3パーセント伸びたという噂まであります。

実は前の復活祭の時には、俺が調子に乗って「先生の原作書きますよ!」と口走ってしまい、そのまま原作をやることになって大変な経験をさせていただきました。

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2008年6月27日

マンガ界崩壊を止めるためには(補足)

前回の「マンガ界崩壊を止めるためには(6)」で書いた「マンガ・プロデューサー」についてですが、結局、マンガ界を活性化させるためには、社員編集者を独立させて作家と同じ競争原理に晒してしまったらどうか、というのが俺の提案のポイントだったりします。

それでは出版社が企業として立ちゆかなくなるかもしれないから、「半分はカンパニーエディターで、半分はフリーに」というのが長崎さんの提案なのだろう、と俺は解釈しました。つまり「サラリーマン」をやりたい人は会社に残れ、「マンガ編集」がやりたい奴は会社を出たほうがいいよ、というメッセージなのではないかと。実際、俺の印象としても、優秀な編集者ほど「作家」に近いメンタリティを持っているものです。出世して、本当にイヤそうにしている人っているんですよね。現場から離れてしまうことが。

それで、重要なポイントを書き忘れていました。

マンガ・プロデューサーは「新人のスカウトマン」を兼ねるわけです。

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2008年6月25日

マンガ界崩壊を止めるためには(6)

●限界に来たマンガのビジネスモデル

以上、述べて来ましたように、マンガ界はこれまでのビジネスモデルが限界に達しつつあり、早くなんらかの手を打たないと、大手出版社を始めとして版元も作家も共倒れになる危険性があります。

もちろんこれはマンガ界単独の問題では実はなくて、「版元―取次―書店」といった出版流通の構造が限界に達しているということで、全出版流通の三割を占めるマンガ(雑誌・単行本)が売れなくなってきているということが、事態をより深刻にしているわけです。

ブックオフやマンガ喫茶の隆盛を見る限りでは、マンガ読者が減っているのではなく、マンガを(新刊で)買う人が減っているだけだということがわかります。ここから考えても、マンガ表現そのものは、これからも生き残るだろうと思います。

実際、出版流通の中心から目を転じてみるならば、コミケなど同人誌即売会の隆盛は年々大きな存在感をしめしており、インターネットではマンガネタが大きなウェイトを占め、ケータイマンガなどのニューカマーが倍々ゲームで業績を伸ばしている実態があります。

しかし、版元―取次―書店流通による紙マンガ出版が現状、圧倒的主流であることは確かなことで、たぶんこれからも当分は主流であり続けることでしょう。

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2008年6月20日

京都から帰ってきました

18日と19日、二日間に及んだ京都精華大学での連続講義を終え、さっき帰宅しました。精華大では、昨日は特任講師の大西祥平さん、今日は特任教授の高取英さんと終わってからメシを食いました。昨日は神戸芸術工科大学でフラッシュアニメを教えているルンパロさんも聴講に来てくださって、マンガ界とアニメ界の現状について話に花が咲きました。

それにしても、精華大マンガ学部の教員は自分の知り合いばかりで唖然とします。他大学の類似講座にも知人率が高いので驚きます。ほんの数年前まで、オタクサブカル界隈で蠢いていた人々が、こぞって大学の先生になるなんて事態は想像もできませんでしたよ。まあ、どの大学もオタクやサブカルに縋りたくなるほど、世の少子化が進んでいるということなのかもしれませんが…。俺みたいな人間にとっては都合がいいわけですけれども。

なんというか、商売としてのマンガ界もアニメ界も閉塞しておるわけですけど、閉塞しているのは業界だけで、目を同人誌即売会やネット界に向けるなら、新しい才能も作品も生まれて来ているわけです。才能はそこに存在するのに、それに目配せをして、うまく才能を掬い上げるシステムができていない、あるいは、システムはあってもガタが来ているだけなのだと俺は考えるわけです。

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2008年6月18日

マンガとアニメーションの間に(2-3)

■京都精華大学特別講義テキスト

●マンガとアニメーションの間に(2-3)
 第二回「ウォルト・ディズニーをどうとらえるべきか」(3)

●講師・竹熊健太郎

●実写的演出

 リアリズムは演出にも及んでいる。もっとも顕著な例は作品の序盤、女王の命令で猟師が白雪姫を殺そうとする場面である。美しい風景の中で、姫が小鳥と会話している。その背後から迫る猟師。恐ろしい形相がアップになる。ついでナイフを握る手のアップ。その手がぶるぶると震えて、ナイフが落ちる。猟師の心の葛藤が観客に伝わる見事なモンタージュである。あまりにも純真無垢なヒロインを前にして、彼は殺意を失い、その足下にひざまずく。この演出は極めて実写的で、アニメでは冒険であったが、成功している。

 つづく「森の中の逃走」は作品全体でもっとも見事なシーンだ。ただひとり暗い森を逃げる白雪姫。彼女は恐怖でわれを失い、周囲のあらゆるものが怪物に見える。実際、それはただの木や草なのであり、よく見れば背景はそのように描かれている。しかし完全な孤独に陥った白雪姫にとっては、すべてが恐怖の対象なのである。

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