たけくまメモMANIAX

2013年8月19日

特別座談会~「ファミ通のアレ(仮題)」の歴史を検証する

「電脳マヴォ」で絶賛再掲載中の『ファミ通のアレ(仮題)』。これは、1993~95年に「ファミコン通信」(アスキー、以下「ファミ通」)で連載された、「ゲームマンガを描きそうで描かない変なマンガ家の変な連載マンガ」というコンセプトの作品だ。某日、突如として竹熊に召集をかけられたマンガ家の羽生生純氏、担当編集者(当時)の国領雄二郎、広瀬栄一両氏が、戸惑いながらも『ファミ通のアレ(仮題)』の歴史を検証する!(構成・有馬ゆえ

 ■出席者

羽生生純 マンガ家。『いってミヨーン やってミヨーン』(コミックビーム)連載中。

国領雄二郎 「ファミコン通信」編集者(当時)

広瀬栄一 「ファミコン通信」編集者(当時)

竹熊健太郎 「電脳マヴォ」編集長/京都精華大学マンガ学部ギャグマンガコース教授)

●歴史1 『ファミ通のアレ(仮題)』は、「ファミ通」にマンガ編集者がいなかったからこそ生まれた

竹熊 羽生生くんは、当時はまったくの新人でしょ?

羽生生 そうですね。「ログイン」で新人賞をもらって、「増刊ファミコン通信」に描いた『ししゃもシスターズ』でデビューしました。

竹熊 その前からマンガ描いてたの?

羽生生 え~っ、そこから始めるんですか?

竹熊 いや、聞いたことないなと思って。

羽生生 もともと高校時代に8ミリ映画同好会に入っていたんですが、卒業後、何かお話を作る仕事をしようと思いまして。でも、映画は人と関わらなければいけないから嫌で、一人でできるものがマンガだったんですよ。

竹熊 でもさ、ほとんどマンガとか描いてなかったでしょ?

羽生生 落書き程度ですね。ちゃんとした描き方は知りませんでした。「ログイン」があってよかったですよ。普通のマンガ雑誌に出してたら、絶対にデビューできなかった。

竹熊 やっぱり90年代頭にアスキーが出してた雑誌って、独特のノリがあったよね。

広瀬 「ログイン」にも「ファミ通」にも、コアなファンがいて。

竹熊 社内も、会社なんだけどサークルノリみたいなムードがあった。素人が出版してるみたいな。90年代頭のころって、「ファミ通」が一番売れてたころじゃない?

国領 そうですね。発行部数が公称で70万部、実売で50万部行ってたのかな? 実売が70万部で公称は100万部だったのかな。うろ覚えなんですが……。

竹熊 大変な数字だよね。

国領 ちょっと異常。あり得ないですよ。広瀬さんは知ってると思いますけど、タクシーも乗り放題だったし。

広瀬 バブルが残ってたよね。

羽生生 『ファミ通のアレ(仮題)』を立ち上げるとき、当時の編集長だった浜村さん、竹熊さん、国領さんなんかと、最初の打ち合わせをやったじゃないですか。その会場が青山の高そうな焼肉屋で、驚いたんですよ。

国領 あ~、そうでしたね。

羽生生 やっぱり、「ファミ通」って調子いいんだなと思ったんです。

竹熊 羽生生くんと最初に組んだのは、「アイコン」で連載してた『竹熊の野望』だよね。挿絵を描いてもらって。

国領 それつながりで、『ファミ通のアレ(仮題)』の作画は羽生生さんに決まったんですよ。初め、羽生生さんは作画担当の候補の1人だったんですが、打ち合わせのときに竹熊さんが「『アイコン』でも組んでいて慣れてるし、羽生生くんがいい」と言って。「でも、ページ構成のマンガをできるのかな」と心配していたのをよく覚えてます。

竹熊 まだ新人だったからかな?

国領 竹熊さんご自身が、羽生生さんの描いたコマ割のマンガを見たことがなかったのもあると思います。そういえば、連載前、竹熊さんの家に初めての打ち合わせへ向かう電車の中で、浜村さんと金田一さんが「『サルまん』をやってほしい」と話していて……。

竹熊 まぁ、そのころは、みんなそうだったんですよね(苦笑)。

広瀬 今読むと、「こんなエッジの効いたマンガを『ファミ通』に載せちゃうの?」みたいなところはありますよね。

竹熊 それも当時の「ファミ通」のアマチュア感覚のおかげですよ。

羽生生 枠組みがガッチリしてるプロフェッショナルなやり方だと、規定路線にはまっちゃうんですよね。アマチュアっぽいふわふわした感じだったから、変なほう、おもしろいほうに転がっていくことができた。

国領 アマチュアっぽいというか、特にマンガに関しては……。

広瀬 私が初めてマンガを担当したのは桜玉吉さんなんですけど、会社の人がまったくマンガの編集について教えてくれなくて戸惑った記憶がありますね。

国領 いないんですから、マンガの編集者が。だから、マンガ家さんのところに行って、できるだけオーダーを聞いて、締め切りを守って、という作業だけで必死。

竹熊 あの素人くささが、僕には心地よかったんだよね。素人には素人のよさがあって、たとえば80年代ってアマチュアがどんどんプロを超える仕事をやり始めて、話題になった時期でしょう。ガイナックスが出てきたり、そういう時代だったよね。

羽生生 「ログイン」自体が、コンピューター雑誌という枠を借りて好き放題やってたじゃないですか。「ファミ通」は、その中から出た雑誌だから、血を受け継いでいるんですよね。メインはゲームなんだけど、逆にゲームさえ載っていれば何をやってもいいっていう。『ファミ通のアレ(仮題)』は、そういう流れの中でできたマンガなんだと思うんですよ。逆に、ゲームマンガをやるのに使わないっていう縛りがあるから、いろんなバリエーションの話ができていったんじゃないかな。

国領 最悪、「ゲームは、タイトルに入ってるからいいか」って感じですよね。僕も、普通の人と比べたらゲーム好きだろうけど、「ファミ通」編集部の中ではゲームに関してダメなほうだったし、そんなに情熱も持てなかった。ただ、たぶん上司はそれをわかってくれていたから、好きにさせてくれていたのかな、と思いますね。

羽生生 僕たちにも、同じ時期に「しあわせのかたち」がどーんと行ってたから「その隙にやっちゃえ」みたいな雰囲気もあったような気がするんですよ。

竹熊 (桜)玉吉だって相当むちゃくちゃやってたよね。実験しまくってたもんね。

広瀬 そうですね。特に暗黒舞踏のマンガ。あれ、電話で「売れないマンガ家か武道家だったらどっちがいい?」って言われて「いや、武道家です」って言ったら、暗黒舞踏だったという……。

●歴史2 「明らかに子ども向きじゃない絵」を描く羽生生純の部屋に、エゴン・シーレの画集

羽生生 そもそも、カラーで4ページって形が、なかなか存在しないですから。もともとは、「しあわせのかたち」とか「あんたっちゃぶる」の形式にのっかって企画されたんですよね?

国領 フルカラーっていうのが絶対条件でしたね。最初のころの打ち合わせでは、竹熊さんが「フルカラーで8ページはほしい」って言ってたんですよ。

竹熊 そうだっけ?

国領 はい。でも、新人にいきなりフルカラー8ページは厳しいだろうって話になり、4ページに落ち着いて。それでも、なおかつ安全策として連載前にストックを3~ 4話作りましたね。竹熊さんの家に3人で合宿して。

竹熊 そのころは、羽生生くんはまだ長野に住んでたんだっけ?

羽生生 いや、都内には住んでました。ただ、連載が始まったら竹熊さんの家で毎週打ち合わせするから中央線沿いがいい、と阿佐ヶ谷のアパートに引っ越して。

国領 そのとき、「敷金礼金がない」ってつぶやく羽生生さんを見て、竹熊さんが「国領くん、なんとかしてよ」って言って……。僕、そのとき24、25歳ですよ? 竹熊さんが言うからには応じるしかないと思ったけど、会社に頼んでも出してくれるはずがない。当然、貯金もない。仕方ないから、キャッシングで20万円か30万円借りて、渡しましたよね。

羽生生 ……記憶があんまりない。

国領 そうですか……。ただ、すごいまじめだなと思ったのは、半年後に2回分割で返してくれたんです。

羽生生 金を使うあてがないというか、毎週これでいっぱいいっぱいで遊ぶ暇もなかったから、金だけはすぐに貯まったんですよね。

竹熊 そんなこと、あったんだ。ちなみに、ストックはどうなったんだっけ。

国領 2カ月ほどでなくなりました。竹熊さんにすごくいい笑顔で「いやぁ国領くん、やっぱりなくなったね」って言われて、愕然としたんですよ。最初は、「季節とかずれそうで心配だね」とか話してたのに……。そうだ、このとき「ファミ通」編集部に広瀬さんいましたよね。

広瀬 いましたよ。

国領 連載が始まってすぐ、僕が上の人に怒られてるの、見てたでしょう? 要するに、絵柄が子供向けじゃなかったんですよ。

竹熊 子供向けではないよね(笑)。

国領 それをわかってオーダーしてるはずなのに、偉い人って色校だけ見るじゃないですか。で、「この毒々しい色、何にも思わないの?」って。

竹熊 色については、最初のころは僕も「もうちょっと子供向けの色使いできないかな」って思ってた。闇夜の烏みたいになっちゃってたもんね、たまに。

羽生生 単行本化のときに、何話か塗りなおしたんですよ。

国領 線画のコピーを取ってあったんですよね。

羽生生 線画をコピーして、それに着彩してました。塗りを間違えたら、そのページはまた1から塗り直して。

竹熊 普通は、いきなり新人のマンガ家にカラー原稿って発注しないよね。

羽生生 だから俺、塗り直しが怖くて、引っ越してすぐにコピー機をリースしたんですよ。6畳くらいのアパートに、冷蔵庫も洗濯機もないのにでっかいコピー機だけ置いてある。そんな部屋で仕事してました。

竹熊 その羽生生くんの家に行ったとき、やっとね、羽生生君の絵の秘密がわかったの。マンガがほとんどなくて、エゴン・シーレの画集だけあった。それで、納得して。

羽生生 普通のマンガのあるべき形っていうのが想像できてなかったんですよ。しかも、最初にお話をいただいたときに、確か国領さんだったかな、「抜いた色だと手抜きに見られちゃうから、ちゃんと描いてくださいね」って言われた記憶があって……。それで、「描かなきゃ」と思って、毎週びっちり塗ってたんですよ。

竹熊 だから、塗りすぎちゃってたのか。

国領 結果として、それがオリジナリティーになっちゃいましたね。

竹熊 ちょっと分類できないマンガになったね。

●歴史3 「尿療法」「南方熊楠」「中世ヨーロッパ」、そして伝説の「バカルン超特急」

国領 最初、絵とか内容に否定的だった僕以外の人間が「おもしろい」って言い出したのは、「思い切って尿療法」(「健康修羅地獄」http://mavo.takekuma.jp/famiviewer.php?id=21)あたりからですね。楳図かずおさんの絵真似が出たりしてから、編集部での周りの目が「国領が変なことやってるよ」ってトーンから一変したという体感がありました。

竹熊 最初の数回は「これは大丈夫かな?」という不安もあったけど、「思い切って尿療法」のあたりからノリが出てきましたね。

羽生生 国領さんの必殺技も、当時のノリとしては、かなり古めかしいギャグじゃないですか。

竹熊 ドツキ漫才だよね。「バカルン超特急」って言葉は羽生生くんが考えたんだよね。

羽生生 確か、そうです。

竹熊 僕の記憶では「ここで何か決めゼリフない?」って振ったら、羽生生くんが「バカルン超特急」って出してきて、これは傑作だと。

羽生生 毎回、普通だったら恥ずかしいくらいのことを堂々とやるっていうパターンができてから、固まってきたような感じがします。

竹熊 よく出たよね。あれ、ヒッチコックの「バルカン超特急」でしょ?

羽生生 当時「ログイン」で「バカチン市国」っていうコーナーがあって、もじり方をパクったんだと。

竹熊 あれは子どもがやるダジャレみたいな感じで、すごいよかった。

羽生生 「バカ」って入ってる時点で、どうやっても「バカ」ですからね。

国領 でも、これでセガから取材に来ないか電話がきたんですよ。「バーチャファイター2」で影丸っていう忍者が使う回転キックの名前が「葉呀龍」で、開発者のスタッフがファンだから「バカルン超特急」をもじったんだって話をされて。

竹熊 本当だったんだよね。

国領 都市伝説かと思ってたのに、本当だったんですよ。

竹熊 話を戻すけど、国領くんが編集者として「イケるかな」と思ったのは、いつですか?

国領 南方熊楠(「真実のストリートファイター」http://mavo.takekuma.jp/famiviewer.php?id=18)あたりですね。

竹熊 これも、ノリを定めた回だな。

国領 「サルまん」を読んでいて竹熊さんが雑学に詳しいことは知ってたから、それをうまく出せれば『ファミ通のアレ(課題)』もおもしろくなるだろうと予想していたんです。ほら、当時の「ファミ通」読者ってオタクな人ばっかりで、そういう人は自分しか知らない情報が好きじゃないですか。だから、南方熊楠は喧嘩が強かった(「真実のストリートファイター」)とか本当のヨーロッパでは糞尿を窓からに捨てていたとか(「真実の中世ヨーロッパ」http://mavo.takekuma.jp/famiviewer.php?id=117)とか、そういうネタが出てきた時点で「今後どう話が転がっても大丈夫だな」っていう感じはしましたね。

竹熊 確かに、「真実の中世ヨーロッパ」のあたりで、ある種の路線ができた。もう、まともなゲームマンガは描く気はないと(苦笑)。ま、バカバカしいウンチクマンガはおもしろいんですよね。

竹熊 なかなか、マンガに井の頭公園の図版とか載せないですからね。あれは、『考現学』(今和次郎)から引用してるんですよ。昭和3、4年の本で、井の頭公園で首くくりがあった木を全部調べた地図があるんです。

羽生生 それを参考にして、本当に3人で切り株を探しましたよね。「あった、あった」って。

竹熊 「『続編』とは何か?」(http://mavo.takekuma.jp/famiviewer.php?id=187)も、僕は好きですね。「続」とか「新」とかって、二進法なんだよね。続なんとかの次は新なんとかで、その次は続新なんとかで。羽生生くんき、何か気に入っている回ってあります?

羽生生 俺、このころのことをまったく覚えてないんですよ。本当に、全部忘れちゃってるんですよね。

国領 たぶん、あのペースで描くのに必死だったんですよ。俺も、締め切りを落とさないようにするだけで精一杯だった。100回やって、1回も落とさなかったですからね。

竹熊 よく間に合ったよね、オールカラーで。カラーの塗り方とかもあるのに、よくやったよ。

羽生生 行き当たりばったりですよ。言葉は悪いですけど、探り探りやってましたからね。

※以降、

●歴史4 週に1回、竹熊宅(総家賃30万円)でネーム原作を作るネタ会議を実施

●歴史5 竹熊ブロマイド4万円、SM専用ホテル4万円、棺桶3万円……法外な経費

●歴史6 疲れて果てて酒も飲まずに寝た京都取材、悔やまれるは芸者遊び

●歴史7 竹熊「単行本の表紙を『ファミ通』のパロディーにしたい」→単行本も経費増

●歴史9 『ファミ通のアレ(仮題)』で開花した羽生生純の才能

●歴史10 千葉麗子の話を初めてまともに聞いたのは竹熊だった

●歴史11 竹熊、みずから『ファミ通のアレ』を終わらせたことすら忘れていた

と続きます。続きはメルマガで!

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