たけくまメモMANIAX

2014年2月26日

特別連載 ダーティ・松本✕永山薫 エロ魂!と我が棲春の日々(2)

■第2回(初版では「第1部」文中のページ数は初版ノンブルに準拠)

 松本 早くも誤植があって「文芸社」になってますが「芸文社」(※1)です。まだあるのかな?

永山 あります。主にクルマ関係の雑誌出してますが、漫画はやってないんじゃないかな。で芸文社の日浅さんが登場。こんなヤクザみたいな人だったんですか?(P33)

▲こんな編集者がいたら……

松本 そうでもないですけど、あんまり好感持ってないんで(笑)。こういうキャラで。

永山 本名なんですか?

松本 そうです。後に『漫画ローレンス』(※2)の編集長になる。今は社長くらいになってんじゃないですか?

永山 だいぶ前に社長になってます。今はどうなんですかね? おっと、ここで福原秀美(※3)とすれ違う(p36)。で、今度は新星社(※4)に行くんですね(p40)

松本 『三流劇画の世界』(※5)の「某三流出版社訪問記」に登場する会社。米澤嘉博さん(※6)が書いた文章です。名前を出してないですけどね、新星社。後で、その時の様子を編集者に訊いたら「その通りだ」と(笑)。実際、書かれた通りの人がいたんだって。

 

▲福原秀美(原作:梶原一騎)『友情山脈』(少年画報社)」

竹熊 米澤さんが書いたんですか?

松本 後で本人に確かめたから大丈夫。

永山 米澤さん、一杯書いてるなあ。

松本 一杯書いてる。

永山 違う名前で、これだ相田洋。「あいだ」じゃなくって「そうだ」って読む。「そうだよう」というシャレですね。弟子が想田四(そうだよん)(※7)(笑)。

松本 新星社はこんなところです(p41)。なんかとんでもないとこ来たなあ。電気代節約してんのか? 実際、こんな感じでしたよ。

▲新星社のドア。

竹熊 青林堂(※8)だってねえ、こんなでしたよ。階段の暗いところのぼっていったら。

松本 早見純氏(※9)が持ち込みに行ったら、ドアの前で帰ってきたって(笑)。

永山 怖くて?

松本 入り辛くて、結局、郵送したって。材木屋の二階の青林堂。

永山 新星社に行って、出てきたのが中林さん。

松本 この人、未だに時々付き合ってる。凄味のある人で。ここで2本描いたのか? その頃は、にっかつロマンポルノ(※10)とか、ビニ本(※11)とかが流行ってた。

永山 流れから言うと新星社で中林さんと会って、ちょうどその頃、大久保清事件(※12)

松本 その頃、エロ漫画誌があったら、大久保清事件もエロ漫画のせいにされていたんじゃないかって振りですね(笑)。

竹熊 大久保清ってベレー帽かぶってましたよね。

永山 自称・画家。それで、P43の「日本共産党労組による『にっかつロマンポルノ』」は?

松本 「系」が抜けてます。「日本共産党系労組」。

永山 日本共産党自体には労組ないですから(笑)。代々木系労組。このあたりまではまだ実話誌ですね。

松本 そうです。第1章ではエロ漫画の入口まで。まだ実話誌の時代です。

 

■第2章脚註

※1:1945年創業の公友社を母体として、1954年芸文社として設立。50年代には実話誌、読み物誌を出していた。1960年には『漫画天国』創刊。60年代末〜70年代初期には『漫画パック』、『コミックVAN』、『事件劇画』、『漫画ガッツ』を次々と創刊したが、現在はカー雑誌が中心で、他に競馬雑誌、ペット雑誌、スキー雑誌などを刊行している。

※2:綜合図書(辰巳出版グループ)。2014年1月現在も刊行中の老舗エロ劇画誌。

※3:別名・福原豪見。豪快かつナンセンスなエロチック・ギャグを得意とする。代表作『秀美の青春学園ポルノ スキスキ天使』、『学園ポルノ伝』シリーズ、『アイドル製菓のオマンじゅう』。『友情山脈』(原作・梶原一騎)は2006年に復刻された。

※4:平和出版の別レーベル。平和出版本体は1960年創業。4コマ誌『まんが笑がっこう』(後に成年誌『SHOW GAKKO』へとリニューアル)、『COMICぎゅっと』など漫画誌を発行していたが、2005年倒産。

※5:正確には『別冊新評 三流劇画の世界〈全特集〉』(1979年、新評社)。三流劇画の基本資料。

※6:1953〜2006年。漫画コレクター、評論家、コミックマーケット代表(二代目)。編集者としても活躍。業績、著作は書ききれないので、本稿に関連する事柄だけを挙げるとすれば『劇画アリス』の編集にも携わり、さらにロリコン漫画ブームの影の仕掛け人でもある。著書では当然『戦後エロマンガ史』である。生前「80年代以降のエロマンガ史は永山薫に任せた」と言っていたが、執筆が進むにつれて「90年代以降は任せた」と微妙に変化したのが懐かしい。当初は拙著『エロマンガ・スタディーズ』と『戦後エロマンガ史』は同時期に発売されるはずだったのだが、米澤嘉博の急逝で果たせなかったことが未だに悔しい。ヘビースモーカーでイベント等で喫煙所に行くとよく会った。別名として相田洋以外に阿島俊、久保なかば、さわひろしなどがある。

※7:相田四と表記する場合もある。漫画研究家。『戦後エロマンガ史』の解説を担当している。それによる米澤嘉博は『三流劇画の世界』の企画と「メインライターとして大量の原稿を書いている」(同書p314)そうだ。想田四はたけくまメモにも登場している。「想田四氏からの返信(依頼編集制同人誌について)」(http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-41d0.html)

※8:1962年設立。1964年、長井勝一社長が白土三平の『カムイ伝』を掲載するために『ガロ』を創刊。手塚治虫が同誌に対抗し、自作『火の鳥』を掲載するために立ち上げたのが『COM』である。『ガロ』は漫画家、イラストレーター、ライター、編集者など数多くの才能を世に送り出し、その一部はエロ漫画界を活躍の場とした。1996年に長井が死去した後、社内での求心力が失われ、分裂し、『ガロ』休刊へと至る。その後、経営者が何度か代わり、『ガロ』復刊もあったものの、それは別物であり、同誌の衣鉢を継ぐのは、1997年に退社した手塚能理子らが設立した青林工藝舎の『アックス』と見るのが妥当だろう。米澤嘉博の『戦後エロマンガ史』は『アックス』に連載されていた。

※9:1978年第2回小学館新人コミック大賞佳作を高橋留美子とともに受賞。1983年エロ劇画デビュー。猟奇的な作風でエロ劇画ファンのみならずガロ系、サブカル好き読者の一部から熱烈に愛されている。代表作『美しき屈折』、『血まみれ天使』、『ラブレターフロム彼方』、『卑しく下品に』。

※10:1971年、経営立て直しを図る日活が『団地妻 昼下りの情事』、『色暦大奥秘話』でスタートさせた低予算ソフトコア・シリーズ。田中真理、宮下順子、原悦子、東てる美、可愛かずみ、美保純など人気女優を輩出。

※11:70年代中期にブームとなったビニール本の略称。ビニール袋入りの安価な写真集で、モデル単体のヌード写真集的なものから男女のからみのあるエロチックなソフトコマ、さらにはスカトロやSM写真集もあった。合法的ながら修正はギリギリであり、通常の商業誌では見せられないところまで踏み込んでいたため、人気が沸騰。中小零細出版社が次々と参戦。ビニ本出版社だったグリーン企画はのちにセルフ出版→白夜書房と大きく成長。

※12:1971年3月〜5月の間、大久保清は画家を装い、群馬県内で次々と女性をナンパ。そのうち8人を暴行、殺害し、山中に埋めた。戦後最大の連続強姦殺人事件である。

 

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2014年2月1日

特別連載 ダーティ・松本✕永山薫 エロ魂!と我らが棲春の日々(1)

■第1回

※(第一巻 オークラ出版版)初版では「序章」。文中のページ数は初版ノンブルに準拠)

松本 最初に載っけたのは実話雑誌でした。

竹熊 『土曜漫画』(※1) ?

松本 いや、『異色特集』(※2)とか。『異色特集』は実話雑誌(※3)で漫画雑誌じゃないんですよ。当時は実話雑誌しかなかった。エロ漫画誌はなかった。

竹熊 『漫画エロトピア』(※4)は出てましたか?

松本 出てたけど、そんなエロくなかった。せいぜいジャワーシーンとかね。平野仁さん(※5)の描くお尻の線がいい。

永山 『エロトピア』はずーっと長い間、編集者が「ウチはエロ漫画誌じゃないから」って言ってた。

竹熊 だって『エロトピア』でしょ。

永山 タイトルだけ(笑)。途中からですよエロくなるのは。

竹熊 そうだったんですか!

松本 周りがエロくなってね。それから。

竹熊 『女犯坊』(※6)とかね。

松本 あと、榊まさるさん(※7)とか、あのへんだ。。

▲ふくしま政美(原作:滝沢解)『女犯坊』(Kindle版:太田出版)

▲榊まさる『淑女の淫夢』(Kindle版:グループゼロ)

永山 80年代くらいまで「エロ漫画じゃない」意識が続いてましたね。

竹熊 ダーティ先生は『エロトピア』には?

松本 一度もない。お呼びがない(笑)。

竹熊 もっとマイナーな方向ですか?

松本 『エロジェニカ』(※8)とか。

▲『漫画エロジェニカ』

永山 その話はもうちょっと後の話なので。『土曜漫画』とかは?

松本 描きましたが、会社がどこにあるのかも知らない(笑)。土漫も後の話ですよ(笑)。

竹熊 ぼくね、20歳頃、アリス出版(※9)にアルバイトで入ってて、81年頃です。同じビルの中に土漫が入ってました。池袋。サンシャインに行く途中です。

永山 当時、土漫が自販機雑誌の元締めみたいでしたね。ぼくがライター始めたアップル社(※10)、まぎらわしい社名ですが(笑)。やはり池袋にあって、そこの社長も土漫出身だったと思う。経理のおばちゃんも元土漫。

松本 大西祥平さん(※11)の証言によると、土漫は1957年にできたそうです(p67)。最初はそんなエロじゃなかった。大西祥平説だとエロ漫画誌第1号は『エロトピア』でいいんじゃないかと(笑)。前身が『漫画ベストセラー』(※12)

▲大西祥平の解説(P64)

竹熊 大西さん詳しいもんね。

永山 いよいよ話が『エロ魂!』に入ってきたって感じなんですが。

松本 最初はいろんな出版社行くんだけど、当時はねまだ、中小出版社。双葉社、秋田書店、少年画報社が一番大手で、そこ行って、あと小さいところ。七つくらい廻ったら行くとこないという状況でした。

永山 このへんですね。

松本 色々直さないといけないな。『漫画アクション』(※13)はその後、巨乳漫画誌にリニューアルして、2003年に休刊したって書いたけど(p22)、最近また復活してるじゃないですか(笑)。

永山 注釈入れないと。

竹熊 『電脳マヴォ』の読者びっくりしますよ、ダーティ・松本の『エロ魂!』が始まったら。

松本 そうですか?

永山 では、ぼちぼち。本に沿った話を(笑)。今までの話がプロローグ編で、漫画なしでもいいかな。ここから、注釈的に進めていきたいと思います。

松本 まだエロ漫画がないんで、青年誌を色々廻るんだけど目が出ないってあたりから(笑)。

永山 で、秋田書店の『漫画ホット』(※14)に行ったと。

松本 で、編集長を叩き斬ったと(笑)。

永山 叩き斬ってないってホントは(笑)。

松本 そうやって、ある時、芳文社(※15)に行ったあと、吉岡って人が実話雑誌を紹介してやると。ここでは仮名です。この後、この人悪いことするんで(笑)。新星社、平和出版……、そこで実話雑誌の人と出会って、エロの道に入っていく。昔は実話雑誌に漫画が8ページくらいちょこっと入っていた。せいぜいそれくらいしかまだなかった。エロ漫画って昔からあるみたいだけど、意外と大したあれじゃない。40年くらいか。

永山 『漫画ホット』に持って行った頃って、持ち込み原稿描いてたんですか?

松本 そうですね。描いちゃ持っていく。7社くらい。一通りまわった。

永山 飯田橋とか水道橋とか、あのあたりですね。そこで、『漫画ホット』の編集長が「漫画原稿を見る作法」を知らなかったので叩き斬られる(笑)。

竹熊 あれ面白かった。

松本 こうやるヤツはダメだ。こう横に置いて、重ねていくと汚れない。そういう人がいたんですよ。『漫画ボン』(※16)の麻生さんが言ってた。なかなかね、これは作法だなと思って感心した。

永山 この作法は継承されているんですか?

▲漫画原稿を見る作法

松本 さあ。今はデジタルですから(笑)。

永山 それを言っちゃおしまいでしょ(笑)。で、ぶーたんが出てくる。

松本 そのへんはいいとして(笑)。小多魔若史とかも出しといて。全体の状況が書いてある(p21)。最初の「70年代初頭……」ってコマ。青年漫画誌出してたのは大手では小学館の『ビッグコミック』だけですね。ヤンマガとかモーニングとかはもっと後。

竹熊 双葉社、秋田書店、少年画報社は中堅。土漫に比べれば大手ですけどね(笑)。

永山 細かいところでは、蒸気機関車に「LIKE A LOLLING STONE」(p19)と描いてある。

松本 宮谷一彦さんの引用(笑)(※17)。誤植です。ここは『けんかえれじぃ』(※18)のパロディ。一応これはパクっときました(笑)。

永山 中島史雄先生が上京を決意する時ですね。中島先生が劇画描いてたこと自体知らない人の方が多くなってる。ド劇画の時代の絵を見せると「え、えええ!」となっちゃう。中島先生は時代に沿って絵柄を変えていきましたからね。で、22Pから先生の好きな爆発シーンの連続。トキワ荘とさいとうプロがぶっ飛んでいる(笑)。

P26-27。ダーティ・松本の射精で爆裂する東京。

松本 さりげに(笑)。

永山 ひどいですね。

松本 これくらいやんないと。歴史ですから。赤軍、京浜安保共闘の時代(※19)。

 

■脚註

※1 土曜通信社発行。1957年11月創刊。実話誌系漫画誌。山下紀一郎、石川進介などが描いていた。

※2:新星社(後に平和出版)発行の実話誌。

※3:あやしげな記事、ルポ、企画ネタ、告白、ヌードグラビアなど下世話なネタで勝負するマイナー雑誌群。エロ雑誌そのものではないが、エロネタも多かった。

※4:1973年創刊。創刊時はKKベストセラーズ、後に同社から分社したワニマガジン社が発行。70年代は上村一夫、ふくしま政美、かわぐちかいじが描いており、エロ漫画誌というよりはエロも強い青年誌という印象。エロ化が進むのは80年代の後半以降。表紙イラストが遊人になり、中島史雄、MEE、ねぐら☆なお、佐藤丸美、天竺浪人などが登場。2000年に休刊。

※5:代表作『青春の尻尾』、『サハラ女外人部隊』(いずれも小池一夫原作)、『ハードオン』(矢作俊彦原作)など。『エロトピア』では『猟奇夫人』(鈴木則文原作)など。

※6:ふくしま政美画、滝沢解原作の幕末を舞台に破戒僧が大暴れする快作にして怪作。『エロトピア』が完全エロ化する以前(70年代)のエロチック要素担当だった。

※7:ふくしま政美と並ぶ70年代『エロトピア』のエロチック担当。同誌では主に短編を発表。代表作『生殖の花』、『愛と夢』、『淑女の淫夢』(後の2冊はKindle化されている)。

※8:高取英が三代目編集長を務め、三流劇画ブームを起こした伝説的雑誌。ダーティ・松本はレギュラー執筆陣の一人だった。他に中島史雄、清水おさむ、村祖俊一、いしかわじゅんなど。同誌からはいがらしみきおと、後に作家に転身する山田双葉(山田詠美)がデビューしている。

※9:自販機雑誌出版社。亀和田武編集の『劇画アリス』は、『漫画エロジェニカ』、『漫画大快楽』とともに三流劇画三羽烏と呼ばれた。

※10:自販機雑誌出版社。編集長がカメラマン、ライターを兼任し、しかも数誌かけもちで編集という凄まじい体制だったので、安くて早くて、それなりに書けるライターが必要だった。永山はライターとしてあやしい無署名記事を書き、マングース名義で漫画を描いていた。経理のおばちゃんは「滝田ゆうも売れない頃は薄汚いかっこうしてたんだ。あんたもがんばりな」と励ましてくれた。

※11:漫画評論家、漫画原作者。三流劇画の復刻、解説でも活躍。主著『小池一夫伝説』、『警視正大門寺さくら子』(高橋のぼる作画)。

※12:1973年創刊。月2回刊で上村一夫『パノラマ島奇譚』(江戸川乱歩原作)、村野守美『ちんちろりん』などを掲載。

※13:双葉社より『週刊漫画アクション』として1967年に創刊。初の青年漫画誌。モンキー・パンチ『ルパン三世』、小島剛夕作画・小池一夫原作『子連れ狼』、はるき悦巳『じゃりん子チエ』、臼井儀人『クレヨンしんちゃん』など数々のヒット作を生むが売れ行き不振に陥る。エロで梃子入れを図るがそれも失敗し、2003年に休刊。2004に月2回刊誌『漫画アクション』として復刊。武富健治『鈴木先生』、はやせ淳『駅弁ひとり旅』、さそうあきら『コドモのコドモ』など注目作を掲載。

※14:1971年創刊の青年誌。米澤嘉博の『戦後エロマンガ史』によれば、「一・五流から二流の青年娯楽誌が数誌創刊されている」(p111)の中の一誌という位置づけになる。

※15:1946年創業の尚文館が1950年に株式会社化に伴い、現社名へ変更。1956年、日本初の青年漫画週刊誌『週刊漫画TIMES』を創刊(2014年1月現在も刊行中)。1981年日本初の4コマ漫画専門誌『まんがタイム』を創刊。植田まさし『おとぼけ課長』が有名。さらに2002年には萌え4コマ誌『まんがタイムきらら』を創刊。かきふらい『けいおん!』がアニメ化されヒット作品に。

※16:少年画報社が1970年に創刊。2014年現在も大都社から刊行中の長寿雑誌。

※17:宮谷一彦は永島慎二のアシスタントを経て、1967年『COM』月例新人賞を受賞し、デビュー。圧倒的な画力と、政治と性に踏み込む大胆な作風は当時の青年層から絶大な支持を受けた。代表作『性蝕記』、『性紀末伏魔考』、『肉弾時代』。『ライク・ア・ローリング・ストーン』は『COM』連載の私小説劇画で、当時としては前衛的だったが、現在に至るまで単行本化されていない。ちなみに本文で松本がス誤植を指摘しいてるのは、初出で「LOLLING」となっていた点。

※18:1966年公開の鈴木清順監督作品。主演・高橋英樹。

※19:ともに60年代末から70年にかけて武装闘争、爆弾闘争を敢行した新左翼グループ。後に合体し、連合赤軍を結成。山岳ベース事件、あさま山荘事件を起こした。

 

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