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2008年2月16日

70年代は変な時代だった

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えと、以下書いた文章はおとといアップした「まんがエリートとおたくの間に(2)」のために書いた文章から、本筋から逸脱して長くなるのでカットした部分です。でも読み返したら、これはこれで発表する価値はあるかも、と思い直しました。本筋の「おたく」話からは離れているんですが、俺が中学から高校時代を過ごした70年代って、こういう時代だったよなあというあくまで俺の印象であります。補遺エントリとしてお読みください。

昔ライターの山崎浩一さんと話したとき、山崎さん(俺より6歳上。世代的にはサブカル=プレおたく世代に入る)が「73年くらいまでは60年代なんだよ」という話を俺にしたことがあるんですね。これはつまり、70年代に入ってからもけっこう長い間60年代的な意識をみんなで引きずっていて、それがだいたい73年で終わったということです。俺は子供だったけど、山崎さんはもう高校から大学くらいだから「政治からサブカルへ」という時代の変わり目を、リアルに目撃していたのだと思います。

それで70年代はのんびり・まったりした時代だったと前に書きましたが、一番そういうムードだったのが確かに74年から76年くらいでした。鈴木ヒロミツがCMで「のんびり行こうよ」と歌ってたりとかね(※註) ……あ、すいません。今調べたらこれ、意外と早くて71年だった。でも70年代中盤までの気分を象徴するCMだったと思いますよ。

http://www.youtube.com/watch?v=AWAqeKAZLz4
↑モービルガソリンCM「気楽に行こうよ」(1971)

※コメント欄で指摘されましたが、この歌を歌っていたのはマイク真木だそうです。CMに映っている太っているのがモップスってGSバンドやってた故・鈴木ヒロミツ。このCMに出たあたりから役者に転向したのかな。ちなみに高校時代のユーミンはモップスのおっかけやってたそうです。

70年代の中盤といえば、ユーミン(荒井由実)ですよ。彼女が最初のアルバム『ひこうき雲』を出したのが73年。俺が中学に入った年です。

高校に入った頃はみんな、とにかく圧倒的にユーミン聴いてました。当時は洋楽が基本でしたけど、日本のものだと10代はまずユーミン。ユーミン聴いて驚いたのは、60年代に流行っていたプロテストソングのような政治的メッセージ性は皆無だし、四畳半フォークの貧乏臭さもゼロ。四畳半フォークというのは『神田川』なんかがその代表ですけど、政治闘争に挫折した団塊世代の青年が安アパートで女の子と引きこもってるような歌ですよ、小さな石鹸カタカタいわせて一緒に銭湯行ったり。歌だから女の子がいますけど、現実は喪男率高かっただろうなと思いますよ。歌の背景に敗北感が見え隠れする感じがあるんですよ。そういう情けない心情の歌を、デビューしたばかりで女子大生だったユーミンが揶揄して「四畳半フォーク」と命名したと聞いたことがありますが、ウィキペディアにも「真実かどうかはさだかではない」と書いてあります。

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9B%9B%E7%95%B3%E5%8D%8A%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF&oldid=17913924

ソーダ水の中を貨物船が通る(「海を見ていた午後」)なんて、それ以前のポップスや歌謡曲にはなかった種類の歌詞で、今聴いても確かに天才だと思いますけどね。「60年代的なるもの」が、ここでは見事に断ち切られている。あの、現代の日本を舞台にしているのに、いつの時代のどこの世界を歌っているのかよくわからない生活感のないフワフワした感じは、まさしく70年代でしたね。これって失恋の歌なんですけど、ユーミンなら失恋すらオシャレだという。それで四畳半フォークはあっという間にすたれて、70年代後半からは「ユーミン的なるもの」が圧勝するわけなんですけれども。

http://jp.youtube.com/watch?v=A_tuqdaWnZ8
↑荒井由実「海を見ていた午後」(1974)

で、俺はユーミンにはまってたのかというと別にそういうことはないんですが。俺は音楽、どちらかというなら四畳半フォークのほうに親近感持ってましたし、レコード買うようになったのは高校入ってからなんですけど、あがた森魚とか芸能山城組みたいな、クラスで俺以外誰も聴いてないようなのを好んで聴いてました。あとはアニソン・特ソンとか。

実際、音楽好きでバンドやってる友達と話をしても噛み合わなかったです。ロック好きな奴ってよく「ここで入るドラムがいいんだよね」とか「このベースラインが…」みたいなこと言いますけど、よくそんな細かいところが聴けるなあと思っていました。ベースラインって何?とか。

ユーミンは聴いてわかりましたけど、それは歌詞が日本語だったからです。俺には洋楽好きの心が長らく謎だったんですよ。だって歌詞が英語で訳詞を見なかったら意味がわからないんだもの。俺、音楽のリズムやメロディって、歌詞を聴かせるためのただの伴奏だと長いこと思っていました。それ自体も楽しむものだというのは、大人になってからなんとなくわかってきましたが。

まあ、音楽は特に嫌いではないけど、マニアックにはまった経験がついぞなくて、当時レコード買う金があったらマンガ買ってました。小遣いが月2500円で、LPレコードが一枚それくらいはしたから、選択の余地なかったです。LP買う金でマンガだったら10冊は買えましたよ新刊で。あの頃レンタルレコード店があれば話は違ったかもしれないけど。

当時音楽好きはどうしていたかというと、音楽好き同士でレコード貸し借りしたり、ラジオからエアチェックした曲をカセットテープにため込んでましたね。それで70年代はラジカセが爆発的に売れてた。

俺も中学入ったときに親からラジカセ買ってもらったんですが、それで『宇宙戦艦ヤマト』の音声だけ録音したり、一人で何役もこなしてラジオドラマ作ったりしてました。効果音まで口でやって。今だと初音ミクに軍歌歌わせるとか、MADみたいな馬鹿テープをローテクで作っていたわけです。その意味ではまったく音楽的な人間ではなかったですね。

それで、77~8年あたりになると、俺的な気分ではもう80年代なんですよ。もちろん後から振り返ってそう思うんだけど。アニメブームが起こって、音楽ではテクノとパンクが一斉に流行りだしたりとか(YMO結成が78年)。マンガだと大友克洋なんかのニューウェーブが注目を集め始めたのはやはり78年くらいからだし、振り返ると、77年以降から怒濤のように「80年代的なるもの」が始まっている。それで実際の80年代後半になると、世の中はバブルになってて「24時間戦えますか」(リゲインのCM)ですからね。時代は変わるものです。

http://jp.youtube.com/watch?v=_ZohNPf-XMk
↑リゲインCM(1989)

だから、純粋に70年代と呼べる時期って、実はすごく短かかったような気がするわけです。もしかすると74年から76年の3年間しかなかったんじゃないかと。それで真ん中の75年あたりは、中学3年だった俺からしても、時代のエア・ポケットみたいな感じがしていました。俺が小学校のころは大学生のお兄さんたちがお巡りさんに火炎瓶投げたりして楽しそうだったけど、今そんなことやったら捕まるしただのバカだよなあと思う反面、上の世代に「楽しいこと」を独り占めされたような気がして、妬ましい気もしていた。その「汽車に乗り遅れた感」が、俺にとっての70年代気分なんですね。

普通はぼちぼち色気づきはじめてもいい年頃のはずなんですが、中2のときに、よそのクラスの女子が「○○子ちゃんが竹熊君とつきあいたいって…」と代理で行って来たことがありました。そのとき俺、「なぜ本人が来ないのだ、この卑怯者!」と追い帰してしまったんですよ。今考えてもなんであんな帰し方したのか信じられないです。いきなりのことで、たぶん動転してたんでしょう。今考えると、俺の人生においてあれがモテと非モテの分かれ道だったのかもしれません。個人的には、ユーミン的な世界とはあまりにもかけ離れた中学高校生活を送っておりましたね。


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“70年代は変な時代だった” への1件のフィードバック

  1. [音楽][テレビ][アニメ] 「宇宙戦艦ヤマト」は74年スタート、「機動戦士ガンダム」は79年スタート

    70年代は変な時代だった : たけくまメモ 確かに70年代folk song特集みたいな、NHKやテレビ東京でやっている番組を見ていると、確かに1973年と1978年でガラッと傾向が変わる。1978年とかは自分が生まれた年だけど、この年の音楽番組とか流行った曲って、何年か後の自分の小…

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