たけくまメモMANIAX

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2008年3月1日

『インランド・エンパイア』のDVDを

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※以下、映画のストーリーに触れた部分がありますので、ネタバレを嫌う人はご注意ください。でもまあ、この映画はネタバレもへったくれもありませんけど。ストーリーは俺にもわかりません。

買いました。昨日藤沢のビッグカメラ行ったら売っていたので。ちと高かったがドキュメンタリー付きの2枚組のほうを。

これ去年公開されてたんだけど単館ロードショーだったんで見逃していたんですよね。でも日本人女優の裕木奈江がホームレス役で出るとか、とにかくわけがわからんとか評判は聞いていました。リンチの映画は映像とムードを楽しむものだから、ストーリーのネタバレってあまり関係ないのが多いですよね。実際ネットの感想見てても、案の定ストーリーは紹介不可能みたいで、「とにかく見て」とか「お勧めできないけど、私は楽しめた」とかそんなのばっかり。

ただまあ、リンチファンとしては、「どんだけわけわかんないか見てやろう」と思うわけですよ。そのわりにはロードショー見逃していたんですが。まあDVD買いましたし、高い方のを買ったんで許してください。

それで早速見ましたよ。我が家のプロジェクターで。3時間もあるんですが、最後まで見ました。いや本当にわけがわからなかったです。

俺もこれまで「難解」と呼ばれる映画はたくさん見てきました。『2001年宇宙の旅』とか『去年マリエンバートで』なんかの古典から、自主製作の芸術映画までですね。それで難解な作品にも二種類あることがわかったんですね。それは「難解だが面白い」映画と、「難解でつまらない」映画です。だいたい、どっちかなんですよね。

リンチの映画はもちろん「難解だが面白い」映画なんですよ。それは間違いないんだけど、この映画ばかりは、「難解の構造」がよくわからなくて困りました。

面白い難解映画というのは、おおむねなんらかの「構造」があるんですよね。典型的なのが「虚構と現実」を対比させつつ進行するとかですね。押井守の映画はおおむねこれです。「現実だと思っていたら実は夢だった」とか、これだとただの夢オチですけど、「夢から覚めたと思ったらそこもまた夢だった」とか、現代の作家は最低そのくらいのヒネリを加えてますよね。このあたりのことは、本ブログの初期に「夢オチはなぜ悪いのか?」というエントリで考えたことがあります。

http://memo.takekuma.jp/blog/2004/12/post_17.html
↑夢オチはなぜ悪いのか?

リンチの前作『マルホランド・ドライブ』も、ものすごく捻った夢オチみたいなものだったわけですが、とにかくしっかりした「作品構造」があって、その仕組みさえわかれば、実はわかりやすい物語だったわけですよ。最初はさすがにどうしてくれよう、と思ったんですが。

それでこの『インランド・エンパイア』なんですけれども、これも途中までは虚実の構造を感じさせるフックがあって、わからないながらも見当つけながら見ていたんですよ。

たとえば、主人公の女優を演じるローラ・ダーンが、自分が主演する映画で浮気を演じているんだけど、相手の男優とは現実でも浮気をしている。それで撮影が終わって、今度は本当の浮気で男優とセックスしていると、ふいに相手が映画と同じセリフを言う。ローラが笑って「あなた映画と同じセリフ言ってるわ!」そういった瞬間、「カット!」の声がかかって監督が「どうしたんだ」と声をかけてくる。気がつくとそこは映画のセットで、実はまだ撮影中だった。困惑の表情を浮かべるローラ。

これは現実と虚構の境界がわからなくなってくる見事なシーンだと思いましたけどね。そうか、この映画は映画の中で映画を撮っていることで、虚構と現実の区別がわからなくなる恐怖を描いてるんだな、と思ったんですよ。複雑だけれども、まあ押井守や今敏あたりはやりそうだななんて考えてね。

ところが映画が進むにつれて、そういうある意味では「わかりやすい」構造が見えなくなってくるんです。最初は金持ちの人妻で映画女優だったローラ・ダーンの役どころが、途中で明らかに別の役になっていたりする。何の説明もなく、よくわからないうちに、いつの間にか登場人物が違う役を演じる別の映画にすり替わっているんですよ。これはうまく文章で説明する自信がないですが。

その後、ネットで解説見ても、「おそらく5つくらいのストーリーを同じ役者たちが演じていて、それがバラバラにシャッフルされているようだ」なんて書いてあるのがありましたけど、そういう感じ。ただ一見各シーンがバラバラに見えるんですが、時々ふっと何事もないかのように元のストーリーに戻っていたり、あるストーリーに別のストーリーが混入していたり、あとローラのストーリーと何の関係があるのかわからない「ウサギ人間」の不気味なホームドラマが挿入されていたり、そのドラマをテレビで女が泣きながら見ていたり、わけがわからない。

それで途中から、実はこの映画はリンチの悪ふざけで、構造なんか読み取ろうとしても馬鹿を見るだけじゃないかと思ったり。

ただ、これもネットにあったんですが、ある精神科医がこの映画を分析していたんです。そこに「この映画には統合失調症の前兆症状から発病までの課程がリアルに描かれている」とあって、ああなるほど、と思いました。

http://www.kabasawa.jp/inland/
↑インランド・エンパイアの解読
(※文章をダウンロードすれば全文読めます、となっていますが、ダウンロードの際ににメアド記入を求められ、メルマガに登録させられてしまいます。ダウンロードしてみましたが、内容はブログに載っている文章と違いはありませんでした。メルマガは無料ですが、登録がいやな人はご注意ください。)

俺は統合失調症(いわゆる精神分裂病)になったことは、幸いにしてまだないんですけど、精神病患者がどのように世界を見ているかには興味があったので、すんなり腑に落ちたんですね。

いわゆる「狂気」をテーマにした作品は、文学でも映画でも無数にあるわけなんですけど、ほとんどの作品では正常者が狂気の外側から狂人を見る、という構造になっているわけです。『智恵子抄』とかそうですよね。高村光太郎の奥さんが発狂して、それをただ見つめるしかない光太郎の悲しみがあの作品のポイントになっているわけですが、あれで作者の光太郎まで発狂してしまったら読者は混乱するしかないわけで。

要するに狂気を文学や映画の題材にする場合のポイントは、どこに「正気」の足場を置くかにかかっていると思うわけです。読者・観客は「正気」の足場があって、はじめて狂気と対面することができる。

ところが、『インランド・エンパイヤ』では、もしかすると「正気」の足場をどこにも置かずに、ただ人間が徐々に発狂していく課程を狂気の内側からリアルに描いた映画ではないかと思いました。もちろんリンチの美学は最後まで一貫しているので、ネコを描き続けたイラストレーターが発狂する課程を追った絵みたいなことはないので安心してほしいです。

↑ルイス・ウェインの発狂課程動画。「インランド・エンパイア」はさすがにこういうことはないので安心してほしい。




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| コメント(19)

“『インランド・エンパイア』のDVDを” への19件のフィードバック

  1. たけくま より:

    コメント掲示板不調につき、暫定的に復活させます。

  2. 瑠璃子 より:

    町山さんが美術手帳に書かれた「インランド・エンパイア評」は読まれましたか?女優と娼婦について描かれた映画であり、ロストガール(テレビ見ながら泣いてる女性)は女優と娼婦の「夢」を映画を通して体験し、カタルシスを感じ、家族の元へ戻る。そういう意味合いではないかという評論だったんですが。

  3. たけくま より:

    その後解説とか読んだんですが、この映画にはシナリオがなく、ただリンチが撮影日の朝、前の晩に思いついた台本を役者に渡して撮影し、2年半かけて撮った映像を編集でつないだものだそうです。途中でプロデューサーも逃げ出して、ほとんどリンチの自主製作で完成させたとか。なるほど、こういう映画になった理由がわかりました。「人が本当に狂っていく感じ」をその内側から撮ろうと思ったら、そういうやり方が一番いいかもしれないです。

  4. たにしんいち より:

    えっ、こういう映画あったの?存在知りませんでした、、、
    オレはテレビとか見ないんだからこういう映画が公開中なら公開中ってそのときに教えてくれないと困る、、、DVD高い方買います!
    「チゴイネルワイゼン」もワケの分からない映画でしたね、、、

  5. たけくま より:

    「ツィゴイネルワイゼン」とリンチのこの作品は、もしかすと共通点があるかもしれない。あちらは「生者の世界」と「死後の世界」がゴッチャになって逆転する話でしたが、それを「正気と狂気がゴッチャになる話」にすると「インランド…」になる感じ。

  6. インランド・エンパイア評

    わが尊敬する竹熊健太郎さんのblogに、先だって紹介した「インランド・エンパイア」の批評がありました。
    同感すること多々あり。
    衝撃の映画には違いなく、「マルホランド・ドライブ…

  7. たけくま より:

    あ。掲示板復活してますね。
    せっかくなのでここも開放しておきます。

  8. うっく より:

    ミニシアターに観にいったんですが、
    お客が私と私の連れのほか、二人しかいませんでした。
    そのうち一人は途中で寝てたし。私も眠くて辛かったのを
    覚えております。

  9. 下衆 より:

    かなんカオス「INLAND EMPIRE」に裕木奈江さんが出ておられた

    デビッド・リンチ「インランド・エンパイヤ」180分
    恵比寿ガーデンシネマ
    30分前に映画館に着くと席は前の方しか空いてなかった。こんな前はかなん。
    始まるとどーやら僕のキライなローラ・ダーンが主役で出ずっぱりらしい、かなん。
    今回のカオスぶりとコンフュージョンぶりはいつになくくどい、かなん。多分リンチのことだからいきあたりばったりの思いつきの連続なんだろーが、それがまたくどいんです、今回は。
    唐突に始まる「ロコモーション」のHIPなダンスのカッコよさは鳥肌もんであり…

  10. 新日曜美術館「アウトサイダー・アート」

    日曜の朝の衝撃!

  11. z より:

    ああ、見逃した!
    リンチの映画だったら、やっているの知ってたら
    絶対に観に行っていたのに。
    高い方のDVD買います。

  12. たにしんいち より:

    ゴメンナサイ、日和って安い方買っちゃいましたw
    メイキングものは興味あまりないので
    ネタバレのようなものあります!↓
    自分語りですが、自分の友だちで統合失調症の女性(人妻)と付き合っているヤツがいて、僕はそれを聞いてて知っていたのであまり会いたくなかったのだけど、向こうがたにさんてどんな人か会いたい会いたい言うので友だちとその女性と3人で会うことになったんですよ。
    で、月に二回とか三回くらいその3人でお茶飲んで話するようになってそこまでは良かったのですが、だんだんその人と距離が近くなると「○○クン(僕の友だち)とトラブった、色々彼に貸しているものあるからそれを取り返しに行く」とか相談メールみたいなのが来るようになったんです。
    ずっと相手にしてなかったんですが、「○○クンと結婚することになりました」という連絡が来たときに僕もよせばいいのに少しマジになっちゃって「旦那さんとは離婚してないんでしょ、こっちも疲れるからウソを書いてよこすのはやめて欲しい」って返事したら、向こうがキレちゃって、、、、
    その友だちから「××さんがたにくんが悪口を言って広めているという妄想に憑かれてしまっている、、、とりあえず君は悪くないけどでもソフトな言葉で謝っておけ。会わない方が良いぞ、、、噛みつかれたりするからね」と連絡有り、僕もそれに従って「繊細なあなたを傷つけてしまい大変申し訳なく思っています」という旨のメール送り、友人が取りなしてもう彼女とは顔を合わせないことにして現在に至っています。
    そういうアレがあるから、今回の映画はよく判った気がしました。まあ統合失調症の方(アル中の可能性もあると思いますが)の妄想とか幻覚が混ざったような映画ですね。さっぶい映画です。心胆寒くなります。ラストのあたりとか特に。
    妄想も色々あって、かなり主人公(ローラ・ダーン)のこれまでの現実の生活に近いそれもあると思いました。
    外国語訛りの人間がよく出てくること、売春婦うんぬん、旦那さんが暴力をふるうこと、息子を亡くした、という辺りはかなり現実に沿っているのでは、と。
    悪魔云々とか、あと神様に祈りを捧げる女子校生くらいの女の子の急に挿入されるシーンから、信心深い人で、そのへんの信心深さも狂ってしまう原因なのかも(割合潔癖な育てられ方をした人が多い病気だと思っています)とも思いました。
    もちろんこれすらも「ロシアから来た移民で夫に暴力をふるわれ、売春婦に身をやつしている」と思いこんでいる彼女の妄想だとも言えなくはないし、こうした読み自体がそもそも無意味な映画であるという可能性は否定できないですが、、、
    女優うんぬん、浮気云々は彼女の願望から出た妄想なのでしょう。ソーシャルワーカーみたいな人が彼女の話を聞いてあげたりというあたりから、この人は施設か病院に暮らしているという可能性も考えました。浮気相手は、施設・病院のスタッフで彼女の方で関係妄想を抱いている可能性もあるな、脇役の何人かは施設・病院の同じ入所者なのかな、と(あんまり閉鎖性が感じられない映画なのでこのセンは薄いと思いますが)。
    兎のドラマ(本当に寒い)とかラストの辺りは完全な幻覚世界なのでしょうね。色々彼女にああせいこうせいとか話しかける女性達、ドライバーで人を突き刺そうとするイッちゃってる登場人物は分裂した彼女の象徴なのでしょうか。
    あと、うまく言えないんですが、子供の時テレビが何で映るか判らずテレビの裏側覗いたことある人多いと思うんですが、「テレビの裏側を幻覚で見る」みたいな感覚を映像化したらこんな感じかな、と思いました(一応僕はテレビの裏側見ても何も見えませんよw)。
    テレビはスイッチ消していても、あの機械の中ではごちょごちょ何かやっていると思われる(いや喩えですよ)ですが、その「ごちょごちょ何か」と言い換えてもいいかもしれない。その「ごちょごちょ何か」を見ながら、見ている我々も狂っている、みたいな感覚、、、、
    よく判らないことグダグタ書いてすいません

  13. たにしんいち より:

    ネタバレ有ります↓
    題名の意味するところは彼女自身の内面ということなんでしょうね
    レコードの針って偶然だけれど、「ティゴイネルワイゼン」でも冒頭出てきますね
    爺の降霊術みたいなとこは、彼女自身の奥底のメタ自己なのかなと。第三者的な男に「このままではヤバイから拳銃も持って出かけよう」みたいなこと言うし、、、
    彼女の中の狂っていない自己みたいなものなのかな、、、このシーンは確かに本当によく判らない、、、
    最後のとこは、何なんでしょうね、、、
    彼女のインナーエンパイアが完全に調和した状態、完全にイッちゃって自分の中の矛盾が解消された状態ですかね
    よく判らない映画です

  14. ひろつ より:

    過去のリンチ作品が備える表現主義的手法、特有のモチーフ、テーマをみてきたものとしては、この映画を「統合失調症」をキーにして捉えるのは、ちょっと納得がいかないですね。同じ精神科医である斉藤環氏が、「リンチ作品が精神分析の対象となるのは、リンチが精神分析の方法論を使って作品を作っていないからだ」という趣旨の発言をしていましたが、こちらの意見のほうが妥当だと思います。ましてや、「統合失調症」の症例を想定してリンチが作品を作るとは、ちょっと考えられません。この作品の製作前後のリンチ自身の発言や著作などを読んでも、リンチが「統合失調症」関連のものに興味を抱いている裏づけはまったくなく、そうした視点でこの作品を捉えるのは難しいというのが自分の意見です。

  15. 「インランド・エンパイア」は統合失調症のハナシなのか?

    評論家の竹熊健太郎氏が「『インランド・エンパイア』は、主人公の女優が統合失調症を発症することを描いた映画だ」という意見に「納得した」と自身のブログで発言されていて、正直なところ驚きました。「サルでも描けるまんか教室」などの氏の著作は過去に拝…

  16. 「インランド・エンパイア」は統合失調症のハナシなのか?

    評論家の竹熊健太郎氏が「『インランド・エンパイア』は、主人公の女優が統合失調症を発症することを描いた映画だ」という意見に「納得した」と自身のブログで発言されていて、正直なところ驚きました。「サルでも描けるまんか教室」などの氏の著作は過去に拝…

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