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2008年11月8日

第二世代から見た「オタク問題史」

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恒星社厚生閣という出版社から『どこか〈問題化〉される若者たち』という本が出ました。10人の若手社会学者・研究者による論文集なんですが、この中に友人である松谷創一郎さんの「〈オタク問題〉の四半世紀」が収録されています。本そのものは昨日入手したばかりで、まだ松谷論文しか読んでいないのですが、松谷さんのブログ「TRiCKFiSH」でも関連エントリが立てられていましたので、あわせて紹介したいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/TRiCKFiSH/20081104
↑TRiCKFiSH「〈オタク〉の階級闘争:『どこか〈問題化〉される若者たち』より」

この中でも俺の著作やブログエントリにも触れられていて面はゆいのですが、俺がかねがねオタクについて主張していたことに対する「反応」が、ようやく出たという思いもあって、紹介します。

詳しい内容については上の松谷ブログをお読みください。松谷さんの意図は本人が以下のように書いています。

《 僕が分析したのは、簡潔に言えば、問題視されてきた〈オタク〉の25年史です。83年に中森明夫さんが『漫画ブリッコ』誌上で〈オタク〉という語を使ってから、今年はちょうど25年目、四半世紀のスパンを検証しています。

 具体的にいえば、中森命名を起点に黎明期だった80年代、宮崎勤事件と宅八郎の登場によって一気に一般化した90年代前半、『エヴァ』人気・岡田斗司夫によってポジティブイメージに変わっていった90年代中期から後半、そして、「ひきこもり」や「非モテ」などに分化・多様化していった2000年代という流れを描いています。 》
↑TRiCKFiSH 2008/11/04

つまりは松谷創一郎による「オタク問題史」ですね。「問題史」であって単純な「オタク史」ではないところに注意してください。

松谷さんは1974年生まれなので、オタク史区分でいうと第二世代に当たります。この世代分類というのは誰が始めたものか知りませんが、オタクの歴史を語るときには便利な言葉で、俺もよく使います。要するに、一言でオタク(おたく)と言っても、物心ついてからテレビアニメが登場したか、ゲームやネットが出現したかで「世代意識」がまったく違ってくるからです。

テレビアニメやゲームやネットのようなものは、オタクのアイデンティティを形成するバックボーンそのものですので、ことさらそうしたものが普及した時期に自分は何歳だったか、ということが重要になるわけです。どこで世代を区切るかは人によって若干違いますが、俺は戦後世代を10年ごとの生まれ年に分割し、彼らが「物心ついたとき~少年期」に何が流行っていたかに注目して、次のようにアバウトに分類しています。

1945~1954 プレおたく世代(マンガ世代・団塊の世代)
1955~1964 おたく第一世代(テレビアニメ世代・新人類世代)
1965~1974 おたく第二世代(ゲーム世代)
1975~1984 おたく第三世代(ネット世代)

これはもちろん、竹熊によるあくまで便宜的な分類で、個人差も大きいですから、実際はここまでスパっと分けられるものではありません。ゲーム世代とネット世代は相互乗り入れしている部分が大きく、第三世代以降については世代区分自体が無効になっているような気もします。少なくとも90年代以降に生まれた世代については、「おたく」で区分すること自体、無理かもしれません。

さて。松谷さんのブログや論文が俺にとって興味深いことは、ここに来てようやく「第二世代によるオタク史」が書かれ始めたということです(もちろん東浩紀氏などの事例はあります)。

これまでオタク史・オタク論といえば、中森明夫・宮台真司・浅羽道明・岡田斗司夫・大塚英志・切通理作・そして俺もそこに含まれますが、ほぼ全員オタク第一世代によるものでした。第一世代の利点は「おたく(オタク)状況の成立に当事者として関わってきた」ことに尽きるわけでして、「1981年に新宿アルタ前で『アニメ新世紀宣言』が開かれたとき、自分はあの場所にいた」とか、そういう歴史的な一回性の体験というものを、第一世代は程度の差こそあれ持っているわけです。

第一世代は体験を特権的に持っているがゆえに、つい「自分たちこそ本当のオタクである」と考えがちです。だからこそ、新しい世代が台頭してきて自分たちの体験や感覚が「古い」ことを自覚せざるをえなくなったとき、「オタクはすでに死んでいる」などと口走ってしまうのです。

別にあれはオタクが死んだのではなく、第一世代が歳をとって時代の変化について行けなくなっただけの話ではないでしょうか。まあ歳をとるとはそういうことなのですが、俺としても気をつけたいものです。

閑話休題。俺は松谷さんのような第二世代の論客が台頭してきて、社会学的なアプローチからオタク問題について書き始めるのを待っていました。先にも言ったように第一世代は当事者性が強く、それがゆえのメリット・デメリットが諸刃の剣になってしまうところがあります。つまり自分の体験を特権化するあまり、客観性が保ちにくいということですね。宮台真司氏が90年代に書いたオタク論(『コミュニケーションの進化史』(制服少女たちの選択』所収)は、社会学者としての客観性を持ったすぐれた事例でしたが。

いくつか例外はありますが、おおむね第一世代の発言は「一次史料」としての価値はあるものの、当事者であるがゆえのバイアスがかかりやすい欠点があると思います。自分の著作を含めてそう思うので。バイアスを排して客観的な歴史としてまとめることは、やはり後続世代に任せるしかないだろうと俺は考えます。

たとえば大塚英志と岡田斗司夫と竹熊健太郎は、かつては一緒に仕事をしたこともある関係でしたが、現在は公私ともに訣別しています。個人的事情に踏みいる話になるので詳しくは書きませんが、三人が三人とも互いに敬遠しあっていることは事実です。しかし「オタク史」を書く以上、俺はともかくとして残り二人の業績を避けることはできないと思うんですよ。そこを書こうとすると、どうしてもそれは感情的バイアスがかかった「政治的」な記述になるしかないと思うわけです。

もちろん政治的になろうがなるまいが、当事者にしか書けないことというのはあるわけで、それはどういう形であろうと書くべきだと思います。しかしそれを別史料と付き合わせて、客観的に判断する人は必要で、それは当事者性から離れた「下の世代」がやるべきでしょう。

松谷さん自身、先のブログで

《 そして歴史記述とは、どんなものであれ大なり小なりバイアスを帯びます。逆に言えば、バイアスを帯びない歴史記述とはありえません。

 しかし、そこで肝要なのは、バイアスに開き直ることなどではなく、絶えずその妥当性を検討していくことです。 》

と書かれています。彼は当事者の外にいるにも関わらず、この問題を自覚しているのです。研究者ならこうあるべきでしょう。俺を含めた第一世代は、今後「オタク史」を検証しようとする若い人が出てきたら、彼らに積極的に協力すべきです。

実は松谷さんとは別に、森川嘉一郎さんも長年にわたって「オタク史」を調査研究されている一人です。彼も第二世代。俺も折に触れて協力していますが、森川さんはオタク史成立に関わった関係者に直接、取材していることが特徴です。

たとえばテレビシリーズの『超時空要塞マクロス』で、主人公の一条輝がリン・ミンメイに向かって「おたく」と呼んでいましたが、森川さんはこれの脚本を書いた総監督の石黒昇氏に直接話を聞きに行っているんですよね。「なんでおたくと呼ばせたんですか?」と。

また森川さんは中森明夫氏にも取材して、『おたくの研究』を書くに至った裏事情を聞いているそうです。オタク成立史に関しては、関係者のほとんどがまだ40代~50代ですので、まさに今やるべき取材ですよね。

森川さんの仕事がまとまることを、俺は楽しみにしているのですけども、こういった取材や一次史料の評価作業に関して、第二世代の論客はうってつけではないかと昔から思っていたんですよね。これは彼らにしかできない。海外にも、日本のオタク文化を研究している社会学者が何人もいますけれども、こういった人たちによって「歴史」は書かれていくのだなあと思います。




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