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2009年2月25日

人生の「節目」について

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ちょっと今、久しぶりに原稿の締切に追われている最中でして、しばらく更新は控えめになります。といっても、「更新を3日以上空けない」というのがこのブログで自分に課した「掟」でありまして、過去4年間に、3日以上空けたことは脳梗塞での入院期間を除けば、たぶん数回しかないはずです。

本当は2~3日空けることも俺としては不本意なのでして、できれば毎日更新したいところなんですが、実際問題なかなかそうも行きません。特に今回のように、雑誌の〆切りが入った場合には。

しかしこの春からは京都精華大学での教師業が本格的に始まりますし、従来からの多摩美の非常勤講師も引き続きやりますので、昨年の春くらいから、フリーライターから大学教師業に仕事パターンをシフトするべく調整を続けて来ました。

別に25年間続けていたライターを引退するというわけではないのですが、仕事のパターンが激変しますので、「雇われ文筆家」としての仕事は当面休業状態になるという予感があります。どのみち、ライターとしては40歳の坂を越えたあたりから限界を感じておりました。俺より若くて活きのよいライターはたくさんいますので、「今、一番面白いマンガは何か教えてくれ」みたいな仕事は、どんどんそういう人に振ってあげてください。

まだ、うまく書けないのですが、今度はもしかすると俺の人生にとって最大の「節目」になるような予感がしています。俺はこれまで、何回か人生の「節目」だなあと感じたことを経験していて、それは例えば20歳の頃の「家出」と「学校中退」をワンセットで経験したことだったり、29歳の頃に「サルまん」を連載したことだったり、41歳で「離婚」したことだったり、44歳で「ブログ」を始めたことだったり、46歳で脳梗塞で入院したことなどですが、今度は48歳にして初めて「定職」に就くわけでして、俺の人生はいったい何なんだと思わないでもありません。

だいたい俺自身は大学とか行ってませんしね。文筆家としても半人前な仕事ばかりだという自覚がありますし、こんなことでよくも生きて来られたものだと思います。それが今、週の半分は京都の大学に通う生活になるというのも、なにかの運命だという気がしてなりません。

では、大学の先生になって何をやるのか? という話については、今、まさに来月発売の「ちくま」の原稿として書いております。まあ、これまでにもブログで断片的には書いていたんですが、とりあえず外部に出るまとまった原稿としては、「ちくま」のそれが現時点では一番まとまったものになる予定です。ブログでも、この春からもう少し詳しく書く予定です。

俺としては、出版で食い詰めたから大学に「逃げる」つもりはありません。というか、出版界ではやりたくてもできないことがいろいろありますので、そのぶん「大学でできること」に期待をしているわけです。まああれをやりたい、これをやりたいと勝手に考えているのはいいんですが、いざ始めてみたら大失敗するかもしれませんが。そのときは笑ってやってください。

http://www.chikumashobo.co.jp/blog/pr_chikuma/
↑PR誌「ちくま」公式サイト


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| コメント(1)

“人生の「節目」について” への1件のフィードバック

  1. ◇:『人生の節目には何かがある…こうして今があることには~』

    人生の節目には何かがある…こうして今があることには~

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