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2004年12月27日

荒俣宏先生の引越しを手伝ったこと(2)

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そんなわけで、引っ越し要員である工作舎の人が運転するバンに乗り、水道橋の荒俣さんの隠れ家まで行ったわけです。そこは後楽園遊園地のすぐ脇にあるマンションで、何階だったかは忘れましたが7.5畳くらいの小さいワンルームでした。え、こんなところに? と思いましたがどうやら単に寝に帰るだけの部屋だったみたいです。古くてボロボロになった木製の小さい本棚がひとつ、机がひとつあって、あとは部屋の大部分をキングサイズのダブルベッドがどーんと占領しておりました。

荒俣先生はこの巨大ベッドを指さし、ポツリと呟いたのでありました。
角川春樹にもらったんです…」。

俺が「ほう」と相槌を打ちますと、続けて先生、聞かれもしないのにこう言ったのでした。
「まだダブルベッドとしての正しい使い方をしてないんですよ」。

先生、それはつまりひとり寝の子守歌(by加藤登紀子)しかしたことがないということですか、と言いそうになりましたが、俺も似たようなものでしたので言うのはやめた。

●タカハシの謎

それでこの部屋のもうひとつの特徴は、ベッドの脇に結構な大きさの水槽がありまして、怪しい光に照らされてクラゲやイソギンチャクや変な色の小魚が泳いでいたことです。そういえば先生、熱帯魚のマニアでもあったな、とそのとき思い出したのでありますが、これを移動させるのはかなり大変そうでした。先生は工作舎の人とゴニョゴニョ相談したのち、面倒な水槽は後日運ぶことにしようと言いました。

どうやらプロの引越屋に頼まなかった理由は、何日もかけて少しずつ小分けして引っ越すためだったらしい。これは俺も引っ越しではよく使う手なのです。つまり、一度に全部運んでしまうと後が大変なので(特に独身者は)、大物の家具調度などを先に運んでセッティングしてから、あとで本や衣類などの小物を運ぶと。このほうが最終的にラクなんですな。

それでこの部屋の最大の家具といえばベッドになるわけですが。よくもまあこんなデカイのが部屋に入ったというくらいでしたが、もちろん分解可能なのだけれども余分なスペースがないキチキチの空間ではこれも大変ですよ。いにしえのゲームで「倉庫番」というのがありましたが、まさにあの要領で、少ない床面積を有効に使いながらようやくベッドを片づけ終わったとたん……先生が叫んだのだった。

「高橋! おまえこんなところにいたのかッ!」

先生がそういって指さした床下には、熱帯魚のひからびたミイラが横たわっていたのです。高橋? 先生は、たしかにそう呼んだのですよ。タカハシ……いやもしかするとワタナベだったかもしれませんが、確かに人間の名字でした。その熱帯魚タカハシが、どうしたわけか水槽から姿をくらまし、ベッドの下で干物になっていたのです。

「先生……熱帯魚に高橋って名前をつけてるんですか?」
先生あんなに探したのに……高橋……(全然こっちの話を聞いてない)」

しばし悲しみにくれる先生を尻目に、周囲は着々と引っ越しの段取りを進めていったのでした。

●本棚の謎

ところで俺にはひとつだけ不思議なことがありました。荒俣宏といえば、万巻の書物を読破した知の巨人ではないですか。平凡社のアラマタルームには、確かに一冊何百万のモノスゴイのが転がってはいましたが、あれだって当座の資料ですから、蔵書というほどの量ではなかったのです。

しかもこの荒俣先生のプライヴェート・ルームには、小さな古い本棚がひとつあるだけで、たぶん数十冊くらいしか本がありません。過去に費やした金額だけで億単位という本の山は、いったいどこにあるのでしょうか。そう聞きましたら、「ああ、いろんなところにあるんです」とのお答え。

どうも先生、ここ以外にいろんな場所に部屋を借りていて、本を分散しているようなのです(あくまで当時の話で、最近はどうなっているのか知りません)。一番の書庫は、サラリーマン時代に親が頭金を出して購入したという狭山の一戸建てで、一階も二階もすべて本で埋まり、自宅としては使用不能になっているとか

そのとき俺が引っ越しを手伝ったのはあくまでも「寝ること」に特化した部屋だったのですね。とにかくあちこちに隠れ家があるので、なるほど、これでは先生が捕まらないわけです。

それでベッドを解体してパーツをバン(これもかなり大型でしたが)に積み込んだところで車がいっぱいになってしまった。その隙間に先生、なんとかして本棚を押し込もうとしているんですよ。それがもう、何度も書くけど傷だらけのボロボロ。それで俺がうっかり、先生に対して言ってはならないことを…。

俺「先生、そんな本棚、もう処分されたらいかがですか?」

samonそのとき……。
先生はその大きな身体で本棚を左門豊作のように抱きしめると(左図参照)、こう叫んだのでした。

先生「キミはなんてことを言うんだ! これはボクが中学時代から使っている大事な本棚なんだ! 手放すもんかッ!」

荒俣宏にこう言われて、何か言い返すことができましょうか? その後われわれは黙々と部屋を片づけ、熱帯魚の水槽のみをあとに残すと、そのまま新居に向かったのであった。

●ようこそ荒俣さん、の謎

この新居(当時)というのがなぜか北区のアパートだったんですけどね。新築だったんですが、まあ億万長者の住む家ではないですよね。荒俣先生らしいといえばいえますけど。それでひとつだけ不思議なことがありました。というのも、おそらくあらかじめ購入していたのでしょう、でっかい冷蔵庫がキッチンに置いてあったんです。中にはすでにビールやらコーラやらが入れてあって、先生に言われて俺がそれをテーブルに運んだんですよ。

そしたら、冷蔵庫の中にでっかいクリスマス・ケーキが丸ごと入っていたんです。で、ケーキの表面にはチョコレートの文字でメリークリスマス、じゃなくて「ようこそ荒俣さん」って書いてあったんですよ。これ、俺がこの目で見たから間違いないです。

ようこそ荒俣さん? なんで? もしやと思って見回しても、どう見ても荒俣さん一人で暮らす部屋にしか見えないんですよ。それでおそるおそる先生にケーキのことを聞いてみたんですけど、先生はこともなげに「ああ、大家さんからのプレゼントなんですよ」と言う。大家が店子にケーキをプレゼント? なぜか、とてつもない謎がそこにはあるようでしたが、なんとなく気後れしてしまって、その件はそのままになってしまいました。

で、ここから後日談なんですけど、この引っ越しの2ヶ月後くらいに、突然荒俣先生が杉浦日向子さんと電撃結婚されて驚きました。そのとき、俺の脳裏にあの「ようこそ荒俣さん」のケーキがなぜかちらついたことは言うまでもないわけですが、結婚の一ヶ月後に破局を迎えたのはもっと驚いた。

いまだにあの時期の先生に何があったのか、つきあいの浅い俺などにはさっぱりわからなかったりするのです。

※オマケにつづく→


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| コメント(5)

“荒俣宏先生の引越しを手伝ったこと(2)” への5件のフィードバック

  1. 酩酊寺 より:

    面白すぎます。左門豊作はM-1グランプリより面白かったです。このクオリティの文がタダで読めるとはすごい。なにげにコメント欄に長谷邦夫さんなどが出没するあたりもすごいですね。

  2. 熱帯魚 九 より:

     先ほどは失礼致しました。一つ前のエントリーで、コメントした九です。
    リロードしてみたら、続きをオマケ付きで更新戴いていました。丁度、一休みでコーヒーを入れてきたところです。
     いや正直、期待値を超えたネタでした。特に熱帯魚高橋は最高です。
    もしや抱きしめた本棚にも名前が付いていたのでは。擬人化思考が徹底されていそうですね。
    私も、今日1日「熱帯魚 九」と名乗らずにはおれません。
     ああ、これですっきりしました。有難うございました。

  3. nomad より:

    僕の友人が石ノ森章太郎ファンクラブの会長ですが、彼は母屋よりも費用の高い書庫を持ってますね。万年エアコンつきで…
    彼に言わせると、泣く泣くその程度の書庫で我慢しているとの由。気持ちはわかります。
    たしか「インフェルノ SF地獄篇」という小説では、吝嗇と放蕩の罪に堕ちた人は本のコレクターだったと記憶しています。
    本を蒐集したはいいけれど、保管が悪くて貴重な本を次々と傷めてしまった…という罪。
    そらまあ地獄に堕ちても文句は言えんわなと。

  4. ごま より:

    非常に面白い。
    興味深く拝読いたしました。
    こんな濃密なコンテンツを無料で読んでいいのかしら、と思ったくらいです。

  5. 匿名 より:

    面白いですな~
    ・・・としか言えないくらいものすごい(笑
    年末に普通に本や漫画を整理廃棄している自分には覗けない世界です。

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