たけくまメモMANIAX

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2005年1月13日

多摩美の講評会で

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昨日は多摩美の最終日で、学生の課題マンガ(一部アニメ含)を講評して参りました。
前にもここで書いたと思いますが、今年は普通っぽい作品が多くて、なんか普通のマンガの新人賞を審査しているみたいでしたね。まあ普通で悪いってことはないんですが、羽生生純の『恋の門』に登場する「自称マンガ芸術家」みたいに、石でマンガを描いて「マンガは芸術だ!」と言い張るようなのはさすがになくて、ちと寂しい感じも。
まあいくら美大だからといっても、古タタミにタバコの焼けこげで消防士が主人公のマンガ描いて提出されたり、「鎌倉の七里ヶ浜に貝殻を置いて全長20メートルのマンガを描きました。すぐ見に来こないと消えちゃう! あと30分で満潮です!」なんて言われても、さすがに困るわけですけど。


全体にとにかく普通っぽかったですが、夢オチのやつは、さすがに上位には残せませんでした。異世界オチっぽいのでわりといいのはあったかも。それから人面魚と人面犬の恋愛マンガがあって、この人の頭の中はどうなっているのだろうと思ったのがあった。商業誌だとまず99%落とされるような作品でしたけど、個人的に嫌いになれないというか、面白かったです。
まあこのへんのは、この春休みに一般公開用サイトを開きますので、みなさんの意見も伺いたい。でも学生作品ですから、あまり期待しないでくださいね。
それから、講評後にある学生が血相変えて俺の所にやってきて「先生の評価基準を教えてくれ」と問いつめられて困った。評価基準というのは、一応あるわけだけど、マンガというのは絵だけではなくストーリーとか全体のムード、コマ運びの善し悪しなんかも重要になるから、一言ではいえないものがあります。
たとえば、Aという作品は抜群のデッサン力ですごく絵がうまかったとする。Bという作品は、小学生のラクガキみたいなヘロヘロの絵。それでもコマとかセリフとかを含めた総合判断で、Bのほうが評価は上、ということはあり得るわけで。実際、商業マンガ誌を見てもそれはわかるでしょう。ヘタなんだけど面白い作品ってのはある。
しかし、学生に対してちょっと口ごもってしまった俺も情けない。まさかこう単刀直入に問いつめられるとは思わなかったので、内心焦ったのは事実
あと、俺一人が審査するわけだから、どうしても「趣味」は入るよね。ただ一応、趣味でなくても技術的にすぐれているとか、「こういうのを好きな人もいるだろう」というのは最低でもわかりますので、そうはずれた評価はしてない自信はありますけど。
それから、これはプロ作家の養成講座ではないので、商業誌にはまず載せられないが、プロの発想では出てこないようなユニークなアイデアが描かれていたりすると、技術的に難があっても高評価を出したりしました。これこそ俺の趣味かもしれないですが。
かりにこれがプロ志望の持ち込みだったら、評価の仕方はまったく違う。もっと具体的にボロクソ言うと思いますね。神保町の喫茶店とか、出版社の接待ルームとかではよく編集者が持ち込み新人の講評をしている場面に出くわすけど、ものすごいこと言われてるもんね。横で聞いている俺がいたたまれなくなるくらい。新人さん、もうサンドバッグ状態で今にも泣きそうで。あれやはり「根性試し」みたいなところもあるんだよね。ちょっとけなされただけでめげていたらプロにはなれないわけだし。仮に内心「いい」と思っても、とりあえず3回くらい突き返して相手の根性見るのも編集者のテクニックだから、新人さんはめげちゃだめだ

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| コメント(13)

“多摩美の講評会で” への13件のフィードバック

  1. [極]学生さんネタ、二題。

    多摩美の講評会でたけくまメモ。学生さんが描くマンガについての話。「評価基準」の話など、作品を見たわけでもないのに、何となくなるほど。明日の「現代科学」のレポート…

  2. >新人さんはめげちゃだめだ。
    まったくですね。あの鳥山明先生ですら、最初は担当のマシリトさんにボロクソに言われたという話ですし。

  3. 匿名 より:

    最近はそういう“根性試し”にすら耐えられなく、
    ある程度好きなことを書いて責任が少なく、且つある程度の自尊心は満たせる同人に逃げる人が多くて寂しい気がします。
    プロを志向することだけが立派な訳じゃないけど、
    同じようで全然違うものだから、やっぱり出来る人にはプロを目指してほしいなあ。

  4. ZO より:

    >あの鳥山明先生ですら、最初は担当のマシリトさんに
    知らないうちに話ってのは大仰になっていくものなのだなと実感セリ

  5. より:

    竹熊さんはそもそもそのマシリト氏にインタビューをしたことがありますよ。
    (自分の知る限り『MT』と『創』の2回。
    鳥山明デビュー前ボツ原稿500枚伝説の真偽も確かめておられます)

  6. たけくま より:

    ↑ああ、そうです原さん。マシリトさんの話では、正確な枚数はわからないけど500枚くらいはボツにしたかもしれない、という答えでした。

  7. 匿名 より:

    そうでなくて、何百枚という当時より超有名な話がいつのまにか鳥山ボロクソ叩き伝説にまで昇華されちゃってるんだなーということですよ
    南京虐殺話もこうやって神話化されていったのかなーと思って

  8. より:

    なんかどういうわけかはさっぱり意図不明なれど鳥山明さん新人時代の担当編集者による扱いに関する事実関係に執拗に拘泥されてる人がいますが、
    「担当編集者に原稿数百枚をボツにされた」
    ってことと、
    「担当編集者にボロカスに罵倒された」
    ってことの混同ってのはそんなにも厳密に回避しなければならない恐るべき事実誤認なんでしょうか?
    無慮数百枚もの原稿をボツにするにあたって(マンガ界における新人の扱いとしてはそれはごくごくフツーのことなのかもしれませんが)、そこで、ボロカスに言う’‘罵倒’に相当する行為が存在したと考えるというのはそんなに眦を決して忌むべきことなのでしょうかね? 
    私にはちょっと共感出来かねる感覚であります。

  9. わたしの話も、少年ジャンプ編集部の仕事をしていたときに、マシリトさんご本人から聞いたことです。言葉が足りなかったかもしれませんが、「ボロクソに言った」というのは、マシリトさんが鳥山先生の原稿を否定したり馬鹿にしたりということではなくて、鳥山明という新人の才能を見抜いたからこその、愛のムチであるのは言うまでもありません。

  10. nomad より:

    確かに鳥山明のデビュー作は大した作品ではありませんでした。
    絵はうまかったし、僕もアメコミが好きでしたからとても印象に残りましたが、商業誌に載る「マンガ」としてはやっぱり大したことなかった。
    絵のセンスは飛びぬけていましたから、鳥嶋さんとしては是非ともデビューさせたかったでしょうね。そりゃ。
    そのためにはやっぱり何度も書き直させたでしょうよ。
    ペンいれまでしたのを落としたか、ネームでボツにしたか、そのへんでだいぶ印象が違いますが。

  11. Wen より:

    これはきっと竹熊さんのネタ振りなので
    多摩美の方が読んでたら焼け焦げのマンガを作ったらいいんじゃないかと思います。
    ああ、でもそれだと持ち運びが大変ですね。

  12. 長谷邦夫 より:

    鳥山担当者氏が、大垣女子短期大学に講演に
    来られたとき、ぼくも生徒と一緒に傍聴。
    500枚ボツについて、本当ですか?と
    質問したところ、本当だとのお話でした。
    でも、ボツというのはネームの構成やテンポ
    についてだったようで、連載がはじまると
    アイデアはボツ原稿から、どんどん使って
    しまった~と話されていました。
    ボツ原稿でも出版してみたら~という
    ぼくの提案に対する答えです。

  13. blog珍品堂 より:

    続・本気と書いてマジと読む 

     先日来、面白くてたびたび訪問しているたけくまメモですが、どうやら竹熊先生のマンガ採点地獄も終わりを告げ、多摩美では無事講評会が行われた模様です。
     今年…

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