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2005年2月5日

W・マッケイ(完)パイオニアとは何か

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Amazon.co.jp: 洋書: Little Nemo in the Palace of Ice, and Further Adventures「パイオニアはすべてをやる」。これは昔、尊敬する西岡文彦さん(版画家・美術評論家)から聞いて、感銘を受けた言葉だ。

まず始めにモチベーションがなければならない。コママンガでいえば「絵で物語ること」、またアニメなら「絵を動かしたい」という素朴な動機でよい。ともかくこれは、ジャンルの成立に先駆けて内在している必要がある。

そこにハードウェアが発明される。マンガでいえば絵を大量印刷する技術の確立が最初にあり、次いでメディア(新聞)の発展があった。そこに誰かがフキダシやコマを組み合わせれば、絵で物語を紡ぐことができることに気が付いたのだろう。ここでのフキダシやコマは一種のOSである。記述の形式ができて、ようやく内容(ソフト)の出番となる。

もっとも思考の順序としてはそうなるが、実際には、新しいものが始まるときには一気にすべてが起こることが多い。マンガも映画も19世紀の最後の十年で基本技術が確立し、世紀をまたぐ頃には産業として確立していた。アニメーションは、おそらく1906年に始まり、マッケイが『恐竜ガーティ』をアニメ化した1914年を境に、産業として確立していった。この間、おそらくハード・ソフト双方の技術開発はほぼ同時に、ごっちゃに起きていたはずである。

Amazon.co.jp: 洋書: Daydreams & Nightmares: Paperbackウィンザー・マッケイはまぎれもない天才だが、同時にパイオニアでもあった。これは希有なことだと思う。天才はその後も発生するが、「最初の椅子」はそうあるものではない。はじめに凡夫の輩が座ることもないとはいえないし、そのまま寂れてしまうジャンルもたくさんあっただろう。少なくともパイオニアとよべる時期、産業として確立する過程の時期に、マンガ・アニメ双方のジャンルでマッケイのような才能がいたことを、われわれは感謝するべきである。

我が国の手塚治虫にも似たようなことがいえる。手塚より売れた作家は大勢いるし、彼より才能あるマンガ家も、おそらくいるだろう。だがいかなるマンガ家も、戦後最初に手塚が座った椅子に座ることはできないのだ

もちろん手塚がいなくとも、時間の問題で誰かがその椅子に座ったことは間違いないが、その後の日本マンガの発展はだいぶ違ったものになったことだろう。手塚以上の才能がそういたとも思えず、それが運良くパイオニアの椅子に座れたということ。その結果が世界的にもユニークな日本マンガの発展である。この意味で、やはり手塚は特別の存在なのだし、いまだに畏敬の念で語られる理由があるのだ。

さて最初の言葉に戻ろう。「パイオニアはすべてをやる」とはどういうことか。それは、パイオニアはそのジャンルの形成に深く関わるがゆえに、そのジャンルが持つ可能性を、ハード・ソフト両面で試し尽くそうとするからだ。それは現在の目で見れば、驚くほど先進的な場合もあるし、逆に無駄な努力を積み重ねていると見えることもある。しかしそれを無駄な努力と見るのはあくまでも現在の感覚である。

たとえば初期のマッケイ・アニメは、すべての動画が1コマ撮りで撮影されている。これは現代のアニメ常識からすれば無駄なことかもしれないが、それは技術が蓄積された今だから言えることである。マッケイはほぼ前例のない状態であれだけのものを作ったのだ。おそらく彼は実写のフィルムを分析して、1秒24コマであることから素直に24枚の絵を描き、撮影したまでであり、別に無駄とも思わなかったであろう(ちなみにセルアニメ以降のマッケイ作品は、2コマ撮りを基本にしているようだ)。

Amazon.co.jp: ビデオ: Winsor Mccay: Master Editionそれ以上にアニメの『リトル・ニモ』に見られる、うちふるえるような歓喜のオーラはどうであろうか。これは後のアニメからは滅多に見られない感覚である。ジャンルの可能性がわかるにつれ自分の前に道が見えてくる喜びは、パイオニアにのみ許された特権であろう。彼はその歓喜の導くままに採算や時間を度外視した作業を続け、後に続く者がこれを整備するのである。

マッケイがアニメを制作したのは1921年までである。その後彼はマンガとイラストの世界に戻った。しかし1934年に死ぬまで、彼は自身をアニメーターだと自負していたという。晩年はディズニーの台頭期であり、アニメ界は大資本による商業主義の場へと移行していた。アニメ研究者ジャンナルド・ベンダッティの『カートゥーン・アニメーション100年史』(権藤俊司・訳)によれば、1920年代に若いアニメーターたちとマッケイは会食し、そこでこう言い放ったという。

「アニメーションは芸術であるべきだ、そう私は確信していました。しかし、あなたがたはそれを商売の道具にしてしまったのです…芸術ではなく商売に…残念です」

1919年にはオットー・メスマーによる『猫のフェリックス』が誕生し、またのちにポパイやベティ・ブープで一世を風靡するフライシャー兄弟が『インク壺小僧』で人気を博していた。そして22年には、アニメを近代産業へとのし上げる立役者ウォルト・ディズニーが活動を開始する。

ものの十年もしないうちに、アニメは完全に産業化され、分業化されていた。その中で最後まで家内制手工業的な製作手法を貫いていたマッケイは、あっという間に時代に追い越されていたとも言える。しかも「アニメは芸術であるべき」といった当の本人が、ショービジネスとしてのアニメを世界で最初に成功させた張本人でもあるのは、皮肉なことである。

選ばれし者の恍惚と不安……ウィンザー・マッケイほど、この言葉がふさわしい存在はいないであろう。(完)

●ウィンザー・マッケイの作品集

マッケイ関連商品

●参考資料

▼『カートゥーン・アニメーション100年史』(権藤俊司氏のwebサイトに掲載)
http://homepage1.nifty.com/gon2/index1.html
↑権藤氏による翻訳が現在中断しているのが残念。しかし戦前に関してはほぼすべてをフォローしていて貴重。

▼世界アニメーション映画史(伴野孝司・望月信夫/PULP)
世界アニメーション映画史Anima life‐books
↑日本語で出版されている世界アニメの通史として、現在唯一の基本文献。

▼日本アニメーションの力(津堅信之)
Amazon.co.jp: 本: 日本アニメーションの力―85年の歴史を貫く2つの軸

↑若き研究家・津堅氏の力作。特に戦前のアニメ史の記述が貴重。

▼その他、以下のウェブサイトを参考にしました。
http://www.vegalleries.com/winsorbio.html
http://www.motionpro.net/x.htm
http://bugpowder.com/andy/e.mccay.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Winsor_McCay
http://www.lambiek.net/mccay.htm
http://www.bpib.com/illustrat/mccay.htm
http://www.tebeosfera.com/Documento/Articulo/Guionistas/Winsor/McCay.htm

http://lcweb2.loc.gov/ammem/oahtml/oahome.html
↑アメリカ国内で著作権が失効した作品を中心に、貴重な初期作品が動画で閲覧できる。マッケイ作品も2本あり。


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| コメント(10)

“W・マッケイ(完)パイオニアとは何か” への10件のフィードバック

  1. より:

    マッケイさんの話も今回が最後ですか・・・。
    実に興味深く読まさせていただきました。
    いままで聞いた事もない人がこんな凄い事をしていたとは驚きの連続でしたよ。
    なんで誰も教えてくれないんでしょうねぇ。不思議だ。
    今後も竹熊さんのドマニアっぷりに期待してますw

  2. syuu より:

    知れてよかったです。W・マッケイという無名の天才の名は刻み込まれましたよ。たけくまさん、ありがとうございました^ ^

  3. ああ より:

    >W・マッケイという無名の天才
    無名はないでしょうが
    たけくまさん、以前にくらべて印象的なフレーズをなにげなく挿んできますね。いいっすよこの傾向

  4. ああ より:

    でも津堅さんの本はあまり買わない
    エピソード豊富、でも戦後アニメの分類法はめちゃめちゃという感じがしました

  5. syuu より:

    >無名はないでしょうが
    ・・ですね
    才能と功績に比して知名度がやや低いのでは?っていう。

  6. たけくま より:

    まあ、欧米ではすごく有名なんだけど、日本では一般にはあまり知られていないといえるでしょうね。ちなみに、フランスではマッケイを主人公にした伝記マンガ(?)も描かれています。
    http://www.coconino-world.com/sites_auteurs/winsor/
    ↑のサイトで紹介されてますね。

  7. ああ より:

    お~っ渋いこれ渋い
    フランス語かじってってよかった(って英語版もあるんだけど)
    こんなの描いてみたい

  8. L i v i n i t y より:

    マンガ/アニメをめぐる連絡事項

    蕩尽亭さんのところで、「マンガと動くもの」というタイトルでマンガ/アニメをめぐる近代文明論/現代文化論が展開されている。氏は哲学者/ベルクソン研究者の立…

  9. ろっど より:

    マッケイのシリーズ、非常に面白かったです。
    っていうか、これを無料(?)で読ませてもらうのは、非常に申し訳ない気が。
    いずれ本になったときには、必ず買わせていただきますので。^^;

  10. Itadaki より:

    活動漫画館てサイトでGIFアニメ公開してらっしゃる のすふぇらとぅさんなんか、なんとなくマッケイっぽいですよね

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