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2005年3月15日

中森明夫「おたくの研究」をめぐって(1)

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地獄のような締め切り攻撃をなんとかかわして、ようやく暇ができてホッとしている反面、このままずっと暇だったらどうしようとちょっぴり不安も出てきた本日の竹熊であります。

でもあまり忙しいと「たけくまメモ」の更新もままならず、また本業であまりネタを投入するとブログのネタがなくなるのはイヤだな、とかここのところ完全に倒錯した思考になっております。早く「ブログが本業」と胸を張って言いたいのですが、アフィリエイトでは今のところ家賃にもなりませんので、大変、恐縮ではありますが拙著『ゴルゴ13はいつ終わるのか? 竹熊漫談』をご購入いただきますと、俺の生活に潤いが出、ついでにブログにも張り合いがでますので、税金でも払うつもりでよろしくお願いいたします。

なお同書の後半は、ゴルゴとは関係ない「オタクの話」で占められておりますので、また「タイトルに偽りあり」とネットで叩かれるかも、と昨日到着した見本を眺めて蒼くなっているところです。

ところで13日に投入した森川さんの「OTAKU展」を見てきた話ですけど、昨日は更新できないでいたらコメント欄がすごいことに。やはりオタクについての話題は、俺を含めてみなさん熱くなるようです。ああしまった、やはり今度の本は『オタクと青春』とか、そんなタイトルにすればよかったかも、とちょっぴり反省したりして。でも、もう後の祭りです。

それにしてもオタクって、オタクについての話が本当に好きですよね。日本人が「日本人論」を異常に好きなように。たぶんこの二つは基本的に同質な関係なのだと思うんですけど。定義とか用語にものすごくこだわったりする。たとえば大塚英志氏のように、「おたく」と表記するか「オタク」と表記するかでこだわったり。

俺は、基本的にはどっちでもいいという立場なんですけど、大塚氏が表記にこだわる理由は、なんとなくわかります。そもそも「おたく」という言葉が「現在の意味」で使われるようになったきっかけは、大塚さんが編集していた「漫画ブリッコ」の1983年6月号で、中森明夫氏が「おたくの研究」という連載コラムを発表したことに始まるわけですね。

その全文が掲載されているサイトがありますので、リンクを張っておきます。

http://www.burikko.net/people/otaku.html ←「おたくの研究」全
http://www.burikko.net/index.html ←「漫画ブリッコの世界」HOME

で、上の中森コラムを読めばおわかりだと思うんですが、これがもう身も蓋もない「差別記事」でありまして、しかしこれが「漫画ブリッコ」という、どう考えても読者の大部分を「おたく」が占めていると思われる媒体でやったことから、物議をかもしたのでありました。

「おたくの研究」は数回続くんですが、最初のコラムが発表された後、「夏コミに中森明夫が現れたとき、数十名のオタクに取り囲まれて袋だたきにあった」というデマがまことしやかに流れたこともありました。俺なんか当時、一瞬信じてしまったくらいなんですけど、これがデマであることは中森氏本人に会ったときに確認しています。

ただその後、編集長の大塚さんの意向、というか政治判断(読者批判は困る)で連載が打ち切られたことは事実です。その後中森君は「おたく」を離れて「新人類」になり、サブカル誌時代の「宝島」で『トンガリ・キッズ』を連載、『オシャレ泥棒』という小説を発表したり、「SPA!」で「サブカル最終戦争」という特集記事を発表して「サブカル」という短縮語を定着させ、「サブカル界の黒幕(笑)」として業界に君臨することになります(ちなみに「オシャレ泥棒」執筆時、中森氏のアシスタントをしていたのが宅八郎氏。俺は「宅」になる以前の彼(Y君)に会ってますけど、上から下までアイビー・ルックで決めたオシャレさんでした)。

俺の知る限り、差別用語としての「おたく」も、短縮形の「サブカル」も中森氏の「発明語」で、このふたつが同じ人間の手で流行らされたというのは、なかなかスゴイ話だと思いませんか。もちろん異論があるのは承知してるんですが。

異論の代表的なものは、たとえばゆうきまさみ氏の次のコラムのようなものでしょう。

http://www.yuukimasami.com/sketchbook/

上の文章でゆうき氏は、SFやアニメファンの間ではお互いを呼び合う際に「おたく」という二人称を使用する人は昔から(それこそ70年代から)存在していたという事実をまず述べ、ついで

>で、そんな状況下で僕らはごく普通に「○○はオタクだからなぁ」
>「それを言ったら俺も俺も」みたいな会話をしていたような記憶が
>あるんですが、そのあたりどうだったですかね、小牧さん?いや、
>岡田さんでも良いんですが、記憶の定かな人はいないものでしょうか。

と「オタクという言葉の発明者は中森明夫・説」に疑義をはさんでおるのですが、ちょっとこれだけでは弱いですね。というのは、中森コラムを読むとわかるんだけど、

>さて前回は、この頃やたら目につく世紀末的ウジャウジャネクラマニ
>ア少年達を『おたく』と名づけるってとこまで話したんだよね。『おた
>く』の由来については、まぁみんなもさっしがつくと思うけど、たとえ
>ば中学生ぐらいのガキがコミケとかアニメ大会とかで友達に「おたくら
>さぁ」なんて呼びかけてるのってキモイと思わない。
(おたくの研究・第二回より)

というように、中森さんはまさにゆうきさんが書かれたような状況を踏まえて、そういう「他人をおたくと呼ぶような人たち」を、そのまま「おたく」呼ぼう、と提唱したわけです。問題は、そういう「おたくという言葉でフレーミングされた概念」が、中森氏以前にあったかということなんですが、少なくとも俺は知りません。もし中森コラム以前に「現在使われている意味でのおたく」の使用例があったという論拠があれば、ゆうきさんだけではなく、俺も知りたいのでぜひ教えてください。

※(2)につづく→


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| コメント(9)

“中森明夫「おたくの研究」をめぐって(1)” への9件のフィードバック

  1. nanashi より:

    >で、そんな状況下で僕らはごく普通に「○○はオタクだからなぁ」
    >「それを言ったら俺も俺も」みたいな会話をしていたような記憶が
    >あるんですが
    ↑で竹熊さん御自身が引用した文の人たちは、単に「他人をおたくと呼ぶような人たち」ではなく、「○○はオタク」と「ある種の人たち」の定義として使用しておるわけですが。まだ弱いですかね。記憶が曖昧なのは弱いと思いますが。

  2. vio より:

    ワタシは敢えて原オタクの人々が「おたくさぁ…」などと二人称を斯く言うかには、ある種の「アウトロー」的な自己認識の要因が心的にあった説を提唱するですが、如何に?その昔のアウトローっぽい漫画の登場人物も二人称を「おたく(さん)は…」とか使ってたので。具体的な例は思い浮かびませんが…。ただ使ってた彼らの容姿など客観視すると中森さんのテキストのようになりますが、内面的には彼らの使ってた「おたく」はアウトローの発露だったのでは?と無責任に提唱してみる。

  3. 竹熊健太郎氏のブログ「たけくまメモ」で

    「中森明夫『おたくの…

  4. 忍天堂 より:

    >昨日は更新できないでいたらコメント欄がすごいことに。
    自分の書き込みがきっかけで議論が活性化したみたいで嬉しい限りです(笑)
    >やはり今度の本は『オタクと青春』とか、そんなタイトルにすればよかったかも、
    オタクは面と向かってオタクと言われると嫌なものです(笑)
    『オタクと青春』なんていうタイトルだと
    購入する際、店員さんにオタクと思われていないかと
    ドキドキしながら買わないといけないので
    一般的に認知されているマンガ「ゴルゴ13」を隠れ蓑にしてオタク論を語るというのは
    良い方法だと思います。

  5. 「オタク」という言葉の本当の起源は?

    “「オタク」の命名者は、中森明夫氏である”というのが、今では定説になってしまっているようだが、なんかそれって違うんじゃないか?と、長年、私は疑念を抱いていた。 …

  6. 「おたく」という呼称が耳障りだったから…よく覚えているのだぁ

    昨日の記事の続きですけど、タイトルだけ見ると、意図が分かり難いかと思いますがお許しを…m(__)m 私は、“元祖おたく”の人たちと同世代ですが、当時その人たちと…

  7. 山口 浩 より:

    うろ覚えですが、1979年時点で、「お宅」を2人称として使う人たちのことを指す蔑称として「オタク」ということばが使われていた記憶があります。

  8. 野口英昭氏はコミックヲタ?

    週刊文春2/16号「野口怪死」第3弾を読むと、野口氏が滞在していたカプセルイン沖縄経営者が、野口氏の顔に見覚えがあったと証言している。本人も前に泊まったことがあると言っていたといい、戸惑うことなくホテルの施設を利用していたという。…

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