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2014年1月31日

特別連載 ダーティ・松本✕永山薫 エロ魂!と我らが棲春の日々(0)

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▲ダーティ・松本の著作の一部が詰まった書棚。

70年代、一世を風靡した三流劇画。

70年代中期には瞬間最大風速ながら月産100誌に達する大ブームとなり、無数の傑作、秀作、佳作、駄作、凡作が生み、天才、異才、鬼才を世に送り出した。

『エロ魂! 私説エロマンガ・エロ劇画激闘史』はその中でも突出した人気を誇り、現在もなお現役として熱筆を振るうダーティ・松本の自伝的スーパーノンフィクションである。

とはいえ、70年代の話であり、若い読者には不詳のことも多いはず。そこで今回の連載に際し、読者の参考のため各章ごとにインタビューを行い、解説に代えることにした。もちろん誌面では描いていないことまで踏み込むつもりだ。

では、知られざる三流劇画の世界へ案内しよう。(取材・構成:永山薫)

▲ダーティ・松本の仕事場。

 

■ビフォア・デイズ

 

永山 最初に『エロ魂!』以前のですね、さいとうプロに入る前の話からお訊きしたいんですが。

松本 さいとうプロが何年かな? 69年? いたのは、せいぜい半年ですよね。本当は2〜3年修行でやろうと思って入ったんだけれども、クーデタ騒動が起きたんで選択を迫られて、今のやりかたを認めるなら残る。認めないなら辞める。認められないんで辞めさしてもらいました(笑)。

永山 それは待遇面の不満なんですか?

松本 入ってまだ数ヶ月だったのでそれほどでもなかったけど、先輩たちがね、溜まり溜まったものがあって、マグマのようにドロドロドロと。俺自身は溜まる前だったので、流れで……。

永山 まあ、半年ですから、試用期間というか、見習いみたいな感じですかね?

松本 そうそうそう、そんな感じ。先輩たちは相当溜まっていた(資料を見る)。さいとうプロ入ったのは70年ですね。赤軍ハイジャック(※1)の年ですね。6月7月頃入って12月には辞めてると。半年ですね。その間、三島由紀夫が自決してると。

永山 遠藤賢司の『カレーライス』(71)に歌われていましたね(※2)。「パッとお腹を切っちゃったんだって」って。ひどいヤツだな、エンケン(笑)。

松本 そんな曲ありました? 消されてない?

永山 消されてないと思いますよ。

松本 今度聴いてみようかな。それで、68年に上京してますね。学園闘争が始まった頃。さいとうプロ入るまで2年半。

永山 どういうきっかけで上京したんですか?

松本 親父がこちらで暮らしてまして、管理人みたいなことやってて。それまでは、熊本の叔母の元で暮らしてて、在学中は東京に転校するのもなんだし、どうせ進学する時は上京するんだろうから……てことで、叔母のところで18まで、高校卒業するまでいて。

永山 高校は熊本だったんですね? (※3)

松本 そうです。それで、卒業して、上京して、親父のところで暮らし始める。これが68年。ちょうど学園闘争が始まって、大学はストライキ。おっ、これはちょうどいいや、ストライキだし、漫画でも描こう。元々、上京の目標がそれだから(笑)。『COM』(※4)に投稿したのが68年頃。

▲『COM』1970年9月号。

永山 入選したんですか?

松本 佳作だったか?その下だったか忘れましたが、ワンカット、ちょこっと掲載された。それが初。その前にも描いてたけど未完成。それはみんなあるでしょ。途中まで描いて。

永山 漫画は子供の頃から描いてたんですか?

松本 ストーリーちゃんと作っては高校くらいからですね。戦争ものですね。『コンバット!』(※4)みたいな。『戦場に掛ける橋』(※5)みたいな。

永山 『レマゲン鉄橋』(※6)みたいな。

松本 そんな感じで。でも結局、途中まで描いて未完成。けっこう、みんな、そんなのあるでしょ(笑)。

永山 その頃、戦争物って映画でも面白かったですよね。

松本 その頃は、貸本漫画でも南波健二さんの『アタック・アクション』シリーズとか読んでたし(※7)。あと、望月(三起也)さんの『最前線』(※8)

永山 あれは凄かったですね。二世部隊の活躍を描く。

▲南波健二『アタック・アクションシリーズNo.5 限りなき前進』(復刻版:マンガショップ)

▲望月三起也『最前線』第1巻(電子書籍版:ebook)

松本 望月さんが俺の最初のヒーローだったのかな。日系ブラジルの少年が主人公の『ムサシ』。カービン銃使いの黒人殺し屋とか不死身の男などが出るガン・アクション。アクションの殺陣が世界一上手い!

永山 僕らも子供の頃は戦記漫画がけっこうありましたね。『ゼロ戦レッド』(※9)とか。マガジンとかサンデーでも、戦艦大和の図解とか。

松本 最初の口絵のところとか。あの頃、よく問題にならなかったなあ(笑)。

永山 全然問題にならなかったですね。日教組強かったと思うんだけど。今の方が難しいでしょ。戦記もの。

松本 まだ戦争を引きずっていたんでしょうね。俺が昭和24年生まれだから、戦争終わって4年ですからね。24年組ですよ(笑)。エロ漫画24年組。あがた有為さん(※10)とか、25年が中島史雄さん。

永山 昭和30〜40年代に子供だった世代はけっこう知らないうちに、太平洋戦争をすり込まれていますね。

松本 熊本ですからね。政治意識低いですよ。東京出てから「新聞の一面に出るようなことが、すぐ近くで行われている」。これ随分違いますよね。新宿行くとその日やってたことが新聞に載っている。それが69年ですね。68年もそれなりに盛り上がったけど一番盛り上がったのが69年。

永山 それで『COM』には何回投稿したんですか?

松本 一回だけ。その後、さいとうプロに入ったから。

永山 さいとうプロ入るにしても、実績とかコネクションとかないと?

松本 ちょうど募集していたんですよ。家を飛び出したんで、何かやって喰わないといけない。まず漫画雑誌を色々見て、募集しているところを幾つか見つけて、さいとうプロと横山まさみちさんのところに応募して、上手い具合に両方通っちゃって。活劇志向だったのでさいとうプロのほうを選択。

永山 最初は絵を持ってこいとか?

松本 書類選考があって、送ったんじゃないかな。なんか送って、さいとうプロは3人取ったんだけど、まず絵を見て、面接までちゃんとあった(笑)。

永山 面接は御大(さいとう・たかを)がやるんですか?

松本 3人。社長と御大ともう一人いたなあ。話して、一応通ったと。筆記試験もありましたね。誰でも百点取れるような常識問題。

永山 なんか、ちゃんとした会社みたいですね。

松本 ちゃんとした会社。組織としてはそうなんだけど、当時の給与体系は丁稚奉公。そこがみんな怒っているところ(笑)。都合がいい時は会社。都合が悪い時は「教えてやってんだ」とかね。それは通りません(笑)。

永山 まあ、ありがちな話ですね(笑)。

松本 彼ら(経営側)は丁稚奉公的な感じでやってきてるわけだから、会社になったからって意識まで急には変わらないだろうけどね。マンガ界のシステムが変わる過渡期だったかも?

永山 同期で3人入ったと?

松本 一人は、『エロ魂』の終わりの方に出てきます。幻聴が聞こえて、去って行く。一人は音楽好きのいい加減なヤツで、漫画は秋田書店かどっかに載った。俺が知ってる限りでは一回載って、「その後は不明。」に。あの頃は先輩に凄いのがいました。

永山 先輩というと?

松本 小山ゆうさん(※11)、叶精作さん(※12)、やまさき拓味さん(※13)たち。いまだにやってんだよ。まだやってんだよ先輩たち。

永山 やまさき拓味さんは、『優駿の門』が代表作ですね。

松本 その前は小池一夫原作で『鬼輪番』などやっていたけれど

あんまり当たらなかった。あの人はやる気のない人なんですよ(笑)。そんなんでどうやって続くんだろうと思ってたら、『週刊少年チャンピオン』で描く時の編集長がたまたま競馬好きで、本人も大のギャンブル好きで意気投合(笑)。これも運ですね。

永山 昨年の秋からリイド社の時代劇画誌『コミック乱ツインズ』で『竜蹄の門』の連載始めましたね。

松本 競馬物?

永山 幕末、明治初期の近代競馬の夜明けを描くという。横浜では初めて開催された競馬とか。

松本 さいとうプロに復帰したんだー。

永山 復帰したわけじゃないですけど、リイド社ですから、ある意味里帰りだなあと(笑)。

松本 甲良幹二郎さん(※14)。あの人も一度は飛び出したけど戻った。

永山 そうなんですか!

松本 石川フミヤスさん(※15)もいまではペンは持たずに 仕上げなどで手伝っていると亡くなったみやわき心太郎さんから伺った覚えが…。終身雇用ですよ、そういう意味じゃ。俺が入った時、半年くらい先輩の千葉くんというのがいて、いまだにいて、時々、さいとうプロ特集とかやると出てくる。銃器関係のスペシャリスト。趣味で作った自作のモデルガンが仕事部屋にズラ~~リ!!

永山 モデルガンは作品の中に使われる? 小道具係ですか?

松本 もちろん絵も描いてるんだけど。あれだNHKの『探検バクモン』の「ゴルゴ13の秘密基地に潜入せよ!」にも出てた。彼だけ小部屋みたいなのもらってて、そこにガンがダーッと並んでいた。

永山 ガンマニアとしては幸せな。

松本 独立したら大変だし、あそこでああやって一生やっていけるというのはあれはあれでひとつの生き方ですね。千葉君以外にも30年以上働いている人数名いるらしい

永山 定年までですか?

松本 定年? そんなこと言ったら石川さんなんて70越えてますよ。終身雇用じゃないですか? そういう意味では一流企業以上かも?

永山 『コミック乱ツインズ』で一回、『仕掛人藤枝梅安』を休んでリバイバル掲載したことがあって、さいとう先生病気か? と思ったことがありました。

松本 あれは武本サブロー(※16)さんじゃないかな?

永山 武本さんが体調崩されたのかもしれませんね。

松本 さいとうさん自体はあの頃ねえ、夕方6時頃来て、主人公の顔と擬音と構成をやるだけだった。あの頃、体力温存してたんじゃないですか? 他の人は、武本さんにせよ、石川さんにせよ朝早くから来て、バリバリ描いていた。

永山 本人は時代劇が好きだとか?

松本 黒澤明さんが好きですね。ただ娯楽作品じゃないとだめ。

永山 以前、先生からうかがったんですが……。

松本 うん? ゴルゴの最終回? 金庫に納めてあるという。

永山 何言ってんですか(笑)。そんなこと訊いてないですよ。それじゃなくって……でも、金庫に?

松本 先生と石川さんが最終回について話しているのが横にいたんで聞こえてきたんですが……企業秘密だろうからそのラストは拷問されても言えません! ただし、実際それは描かることはないだろうけれど。

永山 そうじゃなくて、さいとう先生がマーカーで擬音を入れるという話ですよ。ドキューンとか。あれが入ると全然違うという。

松本 全然違う。入れる場所がいいのかなあ。風景描いてあるところにサインペンかマーカーで入れる。それだけで迫力が出てくる。

永山 擬音のアタリとかあるんですか?

松本 アタリはない。そのまま。それがさすがですよ。もう完成している原稿にマジックで入れるんですから。

永山 失敗したことは?

松本 一度もない。

永山 うわーーーっ!

松本 一発勝負。あれはこだわりがあるみたいで。

永山 擬音とゴルゴの顔と。

松本 一度、具合が悪くなって、他の誰か、キャップが擬音入れたらだいぶ違いましたね。「あれっ!?」って(笑)。素人目にもわかる。

永山 主人公の顔はともかく脇役の顔は他の人が描きますよね。一時、叶精作さんがいた頃は、女が急に色っぽくなった。

松本 その前は石川さんが描いてたんだけれど、ちとオバさんっぽい{笑)。サブチーフの叶さんが女を描き始めるとさすがにいいですね。

永山 ゴルゴの女の趣味が急に良くなった(笑)。それまではさいとう・たかを風のもっさりした女。若いんだかなんだかわかんないような(笑)。急にプロポーションもいいし、顔も白人みたいな女が出てくるし。……サブチーフ?

松本 サブチーフ。チーフは石川フミヤスさんと、武本サブローさんと、甲良幹二郎さんの3人。

永山 チーフ格になるとさいとうさんそっくりの絵が描ける。

松本 その後独立した甲良さんはさいとうプロの絵を、さいとうプロに頼まなくても使える、ということで各社から重宝されたような……。石川さんと武本さんは遠い昔は一度独立したらしいけれど、やはりひとりでやるのは厳しいようでまた帰ってきて一緒にやることになったらしい。

永山 先生が入った頃、小池一夫さん(※17)は?

松本 もう辞めてましたが伝説だけ残ってましたよ。あの人と神江里見(※18)、『弐十手物語』の。この二人は伝説が一杯残ってましたね。あと、神田さんね。神田たけ志(※19)、松文館興した貴志元則(※20)、このへんは伝説が色々残ってました(笑)。

永山 貴志さんも色々、噂話は聴いてます(笑)。

松本 さいとうプロ時代は……入る前か? 賞に応募して、そうしたらさいとう・たかをに呼ばれて「お前の出したあれ、多分受かる。しかし、独立せず、自分の作品を発表せずにさいとうプロ内で仕事をしているキャップたちがいる手前、そういう人を置いておくわけにはいかない」それで辞めて、真崎守(※21)のところへ行ったという顛末がある。それであるとき某先輩から「ここ{さいとうプロ内}で作品描いて応募したらクビになるよ」と言われた。

(竹熊健太郎到着)

永山 真崎さんのところのアシスタント筋は、ふくしま政美(※22)もそうだし、宮西計三(※23)、中島史雄……(※24)

竹熊 小池桂一(※25)も一時いましたね。

永山 あの、アート的な漫画を描く人。

竹熊 史上最年少で手塚賞獲った。16歳。天才少年って言われた。2本描いて一度マンガ家やめて、ヒッピーになった(笑)。

永山 その後、初単行本『SPINOZA』(86)が作品社から出るんだけど、俺の初単行本『殺人者の科学』(福本義裕名義)を担当した編集者が作ったんですよ。

竹熊 今はエンターブレインの『コミックビーム』で『ウルトラヘヴン』を時々描いています。

永山 時々って(笑)。

竹熊 彼の単行本は4年に一冊だけ(笑)。小池桂一にも『電脳Mavo』で描いて欲しいんだけど、一度「描いてくれ」って言ったら断られちゃった。「無料で作品を出したら単行本が売れなくなるから」だって。

永山 売れなくなるって、そもそも描かないじゃないか(笑)。

竹熊 ただね、一時期、VILLAGE VANGUARDで、コーナーが出来てて、売れたんですよ。エンターブレインの営業が辞めてVILLAGE VANGUARDに入ったんですよ。そこで小池桂一をプッシュした。小池くんに電話したらね、「ぼくはヴィレヴァンで喰ってる」と(笑)。

永山 貴志さん伝説の話にもどしましょうか?

松本 タコ部屋じゃないんだけど、さいとうプロで一緒に寝泊まりしたヤツから聞いたんだけど、毎晩、新宿に夜遊びに。マメだったーって(笑)。

永山 貴志さんが昔、描いてた青年劇画。主人公がちゃらんぽらんで女大好きでってパターンが多かったような気がするんだけど。

竹熊 マメじゃなきゃダメですね(笑)。

永山 それを言い出したら痴漢漫画家の……。

松本 小多摩若史(※26)。あれは凄いですよお(笑)。痴漢して、風俗行って、素人ナンパやって、女房ともやって、なおかつオナニーをする。

永山 オナニーやってる時間がよくあったな(笑)。アシスタント行ってたけどクビになったという。『エロ魂!』にも出てくるエピソードがおかしい。

松本 柳沢きみお(※27)のアシスタントに行って、ファンに手をつけた。それでクビ。

永山 それで、まあ、色々と伝説がありますねというところで、さいとうプロに話を戻しましょう。結局、半年いたと。

松本 クーデタ騒動があって、2年いるつもりだったんだけどしようがない。

永山 さいとうプロ時代、先生は何をやってたんですか?

松本 最初、みんながやるようなことですよ。ベタ塗りから、トーン貼りから、背景。

永山 背景も描いてた。

松本 手許にはないけど。

永山 ゴルゴの最初の方ですよね?

松本 第5巻と6巻あたりでした。第32話「帰ってきた標的(ターゲット)」あたりから第37話「AT PIN HOLE」あたりまで。

▲『ゴルゴ13』第5巻。

竹熊 ゴルゴの1巻頃って、脚本担当が小池一夫先生ですね。ダーティ先生が入った頃には?

松本 辞めていました。ゴルゴ作ったのはあの人ですけどね。キャラも全部できてたし。

竹熊 ゴルゴ始まったのは『無用ノ介』(※28)の頃ですよね。圧倒的に『無用ノ介』の絵のクオリティが高かった。

松本 そうかなあ(笑)。

竹熊 どう見ても『無用ノ介』がメインで、ゴルゴはその他の人で作ってたような気がするの。途中でゴルゴがメインになったんじゃないかな。

松本 時代劇好きだから。ゴルゴの話しても本人はあまり喜ばない……と人から聞きましたが……?

永山 むしろ今『コミック乱』でやってる『鬼平犯科帳』とかの方が好きなんじゃないかなあ。

松本 『影狩り』(※29)やってたからなあ。

永山 『影狩り』は今、リメイク載っけてますからね。

竹熊 描き直してんの?

永山 いや、岡村賢二(※30)が描いてる。「新」がついた『新・影狩り』。『コミック乱』と『コミック乱ツインズ』ではさいとう作品のリバイバルとかリメイクとかやりますね。それで話を戻すと、結局、さいとうプロには半年いて辞めた。

松本 辞めて、アルバイト生活に入った。『エロ魂!』第1回「序章」につながるわけです。

 

■脚註

※1 1970年3月31日に起きた、赤軍派による「よど号ハイジャック事件」。犯人グループが「最後に確認しよう。われわれは明日のジョーである」と声明を発表したことでも知られる。ちなみにアニメ版『あしたのジョー』第1話は事件さなかの4月1日に放送された。また、犯人の一人だった若林盛亮は伝説的なロックバンド「裸のラリーズ」の結成メンバー。

※2 1960年代後半から活動を開始したフォークシンガー(シンガーソングライター)。『カレーライス』は72年にシングルカットされ、10万枚のヒットとなる。他に『満足できるかな』など。2006年のアルバム『にゃあ!』の題字は劇画家・平田弘史の筆。

※3 ダーティ・松本は熊本県熊本市出身。同市出身の漫画家には他としては有吉京子、大石浩二、尾田栄一郎、古閑裕一郎、小手川ゆあ、酒井美羽、清水玲子、たがわ靖之、宮本梢子、吉崎観音がいる。漫画研究者、評論家では米澤嘉博、藤本由香里が同市出身。

※4 1962年から日本でも放送されたアメリカのテレビシリーズ。全152話。ノルマンディ上陸作戦後のヨーロッパ大陸での、サンダース軍曹率いる分隊の戦いを描く。筆者もそうだが、当時の子供たちには大人気だった。

※5  1957年公開のイギリス・アメリカ合作映画。第二次大戦中の1943年、タイ・ビルマ(現・ミャンマー)付近のクウェー(クワイ)河を舞台に、泰緬鉄道の鉄橋建設に乗り出した旧日本軍と強制労働に駆り出されたイギリス軍捕虜の対立を描くデヴィッド・リーン監督の名作。劇中曲「クワイ河マーチ」が有名。原作のピエール・ブール自身、捕虜の一人だった(異説あり)。黄色人種をこき使っていた白人のブールが逆に有色人種にこき使われたという体験は後に『猿の惑星』投影されることになる。

※6 1969(日本では1970)年に公開されたアメリカ映画。第二次大戦末期、ライン川にかかるレマゲン鉄橋をめぐるドイツ軍と連合軍の戦いを描くジョン・ギラーミン監督作品。

※7 南波健二は貸本劇画の人気作家で、後に青年誌で活躍。アシスタントから、ながやす巧、前田俊夫がデビューしている。『アタック・アクション』シリーズは貸本劇画作品。ノルマンディ上陸作戦以降の米軍の戦闘を描くという、先述の『コンバット!』と似た設定の戦争劇画だった。

※8 『ワイルド7』で知られる望月三起也は、1962年デビュー。60年代中期に『秘密探偵JA』、『ケネディ騎士団』などガンアクション、戦記アクションで活躍。『最前線』は第二次大戦中に日系二世兵士で編成された「二世部隊」が、ヨーロッパ戦線で活躍する戦記物。二世部隊は第442連隊戦闘団、第100歩兵大隊などが実在し、勇猛果敢で知られた。

※9 貝塚ひろし作品。60年代には後にアニメ化された『0戦はやと』(辻なおき)、『紫電改のタカ』(ちばてつや)、『大空のちかい』(久里一平)など空戦漫画が人気を集めた。

※10 劇画家。1971年デビュー。代表作『姉のレオタード』(フランス書院文庫)、『官能中毒家』(ソフトマジック)。

※11 代表作は『がんばれ元気』、『あずみ』。1968年にさいとう・プロダクション入社。山本又一朗、やまさき拓美とともに独立後、1971年にスタジオシップに移籍。

※12 代表作『実験人形ダミー・オスカー』、『上ってなンボ!! 太一よ泣くな』(いずれも小池一夫原作)。さいとうプロ退職後、スタジオシップへ。小池一夫と組むことが多い。超絶技巧のPhotoshop使いとしても有名。

※13 代表作『優駿の門』シリーズ、『青春動物園ズゥ』(小池一夫原作)。

※14 代表作『流され者』(羽山信樹原作)。

※15 1956年、貸本劇画デビュー。さいとう・たかを、桜井昌一、辰巳ヨシヒロとともに『劇画工房』の結成メンバー。さいとうプロ設立の1960年からスタッフ。『ゴルゴ13』、『鬼平犯科帳』(池波正太郎原作)の構図・作画を担当。2014年1月現在、75歳の超ベテラン。ちなみに、さいとう・たかをは1歳年上。

※16 1941-2008年。すでにお亡くなりになっていた。代表作『荒鬼』(工藤かずや原作)、『暴れ同心始末帳』(北鏡太原作)、『女忍隠密剣』、『大江戸闇飛脚』。

※17 1968年、さいとうプロ採用。『ゴルゴ13』、『無用之介』などの原作を担当。1970年に独立。代表作は多すぎるので省略。1972年にスタジオシップを設立。小山ゆう、叶精作、神田たけ志、神江里見、伊賀和洋などが参加。1977年には劇画村塾を開講し、狩撫麻礼、菊地秀行、工藤かずや、さくまあきら、高橋留美子、たなか亜希夫、山本貴嗣、中村真理子、火浦功、剣名舞、大野安之、とがしやすたか、原哲夫、堀井雄二、山本直樹、梶研吾、西村しのぶ、田中圭一、山口貴由、板垣恵介、こいでたく、たかしげ宙、長谷川哲也など、多数の漫画家、原作者、作家、編集者を育成。2000年、大阪芸術大学教授に就任し、椎橋寛、森橋ビンゴ、険持ちよなどを育てる。その後も小池一夫塾、小池一夫キャラクター塾、キャラクターマンWEB講座などを開講し、山崎紗也夏、おおひなたごう、本田透、春原ロビンソンなどの才能を生み出した。

※18 スタジオシップ設立メンバー。代表作『弐十手物語』、『青春チンポジュウム』、『下苅り半次郎』(いずれも小池一夫原作)

※19 スタジオシップ設立メンバー。代表作『御用牙』(小池一夫原作)、『ショーイチ』(柳史一郎原作)。

※20 季志もとのりなどの別名義あり。代表作『恋獄漂流』(宮田雪原作)、『徳田虎雄物語 →トラオがゆく』。漫画家としては青年劇画で活躍。1992年に松文館を買収。2002年、『蜜室』がワイセツ容疑で摘発。漫画家ビューティ・ヘアらとともに逮捕。

※21 『COM』の読者コーナー「ぐらこん(グランドコンパニオン)」で峠あかねとして活動。漫画ファン、漫画家志望者のネットワークを築いたのち、虫プロダクションを退社。漫画家として独立後は『ジロがゆく』、『はみだし野郎の子守唄』などの代表作がある。劇場アニメでは、竹宮惠子原作の『夏への扉』では演出、ジョージ秋山原作の『浮浪雲』では監督、『はだしのゲン』第一部の監督を担当した。テレビアニメ『ジャングル大帝』の制作にも携わる。著作多数。アシスタントには本文以外にはしもとてつじ、本田義高、塚本俊昭がいた。

※22 『週刊少年マガジン』1976年第32号を立ち読みしていた竹熊健太郎は『聖マッスル』(宮崎惇原作)連載第1回を見て、あまりの衝撃にマガジンを取り落としたという。『女犯坊』(滝沢解、坂本六有原作)、『超劇画 聖徳太子』(滝沢解原作)が代表作。一時期「消えた漫画家」だったが、後年、再評価の機運が高まり、1998年に復活。竹熊の原作による『暴乳拳』などを執筆。

※23 三流劇画が生んだ最も芸術的な漫画家。『ピッピュ』、『笑みぬ花』、『薔薇の小部屋に百合の寝台』、『金色の花嫁』などがある。ハンス・ベルメールの影響を受けた緻密な画風は海外での評価も高い。onnaのバンド活動はYouTubeでも見ることができる。現在は漫画家を引退。

※24 三流劇画では女子高生物で脚光を浴び「レモンセックス派」と呼ばれる。徐々に画風をシフトし、ロリコン漫画を経て、青年誌へと活動の場を広げ、『週刊ヤングジャンプ』、『ビジネスジャンプ』でも活躍。代表作『ちょっと試して』、『制服の方舟』、『時には薔薇の似合う少女のように』、『ホゲホゲ日記』、『Refrain』など。ちなみに初期劇画作品集『檻姫人形』は永山の編集。

※25 1976年第12回手塚賞に入選。後に渡米。帰国後、漫画家として活躍。代表作に『SPINOZA』、『かたじけない』、『ウルトラヘヴン』がある。

※26 別名・青森みんと。「プロの痴漢」と称される異色漫画家。代表作漫画『制服うりうり娘』、写真集『ザ・盗写―スカートの中のエロスたち』、山本さむ『痴漢日記』(同一人物らしい)。

※27 初期代表作は『女だらけ』、『月とスッポン』、『翔んだカップル』、『すくらんぶるエッグ』などのラブコメ路線。人気復活となった『特命係長・只野仁』はエロ度重視。

※28 『週刊少年マガジン』で1967年から連載を開始した時代劇画。1969年にはテレビドラマ化された。俳優・伊吹吾郎の出世作。監修が内田吐夢監督、主題歌が美空ひばり。脚本にはさいとう・たかを、小池一夫も参加しており、この豪華な布陣を見れば、竹熊の「『無用ノ介』がメイン」説も頷ける。

※29 江戸時代、諸藩の取り潰しに暗躍する公儀隠密を狩る「影狩り三人衆」の活躍を描くアクション時代劇。リメイク版『新・影狩り』は『コミック乱ツインズ』で連載中。

※30 1984年デビュー。バイオレンス描写に定評がある。代表作『闘魔伝』、『シャングリラ-Shangri・La』(梶研吾原作)、『私本太平記』(吉川英治原作)。

 

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