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2005年10月13日

黒澤・手塚 幻の合作映画

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1107128847-10906krsw_7 「『テヅカ・イズ・デッド』を読む(4)」のコメント欄で、いつの間にか黒澤明の話になり、「そういえば…」という感じで俺が「昔、黒澤明と手塚治虫が映画を合作する話があった」ということを思いだし、その旨を書きましたら漫棚通信さんがブログでこれを取り上げていただきました。

 http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/

 当方のはコメント欄でのやりとりであり、しかもエントリの本筋とは関係ない話です。このまま埋もれてしまうにはもったいないネタなので、改めてこちらにアップします。コメントの詳しい前後関係は、当該のコメント欄を参照してください。

 まずはAaさんの「黒澤明が大平洋戦争中にディズニーの『白雪姫』を見た」というコメントを受けて、俺がこのようなレスを返したところから始まります。

《 >Aaさん

戦時中に「白雪姫」を黒澤が見ていたというのは、何か出典がありますか? 当時の映画関係者が米軍から接収したアメリカ映画を見ていたというのは、僕も読んだ記憶がありますが、黒澤が見たというのは初耳でした。もちろん、見ていても不思議はないんですが。

これも出典はあやふやなんですが、戦後に関しては、黒澤がディズニーファンだったという話は聞いたことがあります。(女優ではマリリン・モンローが好きだったらしい。意外)

そのうちエントリ化できればと思いますが、黒澤と手塚治虫が協力して、ポーの「赤き死の仮面」を実写+アニメ合成で映画化する企画もありました(脚本は完成していた)。一種のミュージカル映画で、ミュージカル場面がアニメーションになる予定だったそうです。

晩年、黒澤が宮崎駿を高く評価し、自ら接触していたのも、この企画が念頭にあったのかもしれません。》

 すると、これを読んだ本ブログでも常連の長谷邦夫先生が、「黒澤プラス手塚・シナリオ!そんなものが存在したとは!よみてぇ~っ!!」との反応をされ、これに対して俺がレスしたのが以下のコメントでした。

《 >長谷先生

シナリオは黒澤明が執筆したもので、実際に存在します。黒澤としては、本当は「デルス・ウザーラ」の後に、引き続きソ連で監督する希望だったようです。

ですが「デルス」がソ連政府の期待に必ずしも応えるものではなかったので、この企画はなしになり、黒澤は例によって舞台を日本の戦国時代に移した翻案ものとしてシナリオを書き直しました。ミュージカル+一部アニメ映画にするプランがどの段階で生まれたかは知りませんが、最終稿ではそうなっているようです。

僕がなぜそれを知ったかというと、「影武者」完成後に、週刊誌のインタビューで次回作を問われて「赤き死の仮面」と黒澤自身が答えているのです(結局それは「乱」になりましたが)。

そのときの記事が手元にないんですが、「戦国を舞台にしたミュージカル映画になる。真っ赤な夕陽をバックに、無数の鎧武者が舞い踊る幻想的な場面を撮る予定だ」と話していました。

その記事では「アニメ」の話は出ていなかったんですが、手塚さんの死後、僕が『一億人の手塚治虫』を編集していたときに、77年頃のインタビューで「実は、今、黒澤監督からオファーがあって」という手塚さんが話していた記事を発見しました。

それでそのとき、「そういえば手塚先生のお通夜のとき、一番目立つ場所に黒澤明の花輪があったな」ということを思い出したわけです。

そこで、よもやと思い、後日手塚プロの関係者に聞いてみたら、「よくご存じですね。たしかに黒澤監督からオファーがあり、『赤き死の仮面』のアニメパートを演出する予定でした」という返事が返ってきました。

という次第です。》

 すると、以上のやりとりを読んだ漫棚通信さんが、ご自分のブログでこのネタを受けて実際のシナリオ(黒澤明全集に入っている『黒き死の仮面』)を参照されながら、「手塚さんがアニメにする予定だったのは、このあたりだろうか」と推理されている、という流れです。

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_e434.html  

 黒澤シナリオの中で、漫棚さんの推理というのが以下の部分。

《 手塚治虫が担当するはずだったアニメシーンというのは、クライマックス前の、魔物のバレエだと思われます。室内のバレエシーンと、屋外の混乱が交互に描かれます。

(1)頭は鳥、下半身は馬。頭は馬、下半身は鳥。頭は豚、下半身は獅子。頭は魚、下半身は鼠、等々。
この頭と下半身の奇妙な組合せの扮装とその動きには、ユーモラスなところは少しもなく、変に生々しく、人間性のグロテスクな面を見せつけられる思いがする。

(2)頭は犬、足は帚木──親衛隊の紋章がラインを組み、奇怪なリズムで踊り出てくる。

(3)犬の頭と帚木の足のダンスが退場し、奇怪で醜悪な巨大な魚が登場する。
そして、その腹を引き裂いて、踊り手達が出て来る。それは、蒼白い裸体に、様々な人間の欲望の仮面を被った醜怪な群舞である。

(4)牡牛の仮面に僧侶の頭巾を被った男達、豚の仮面に尼僧の頭巾を被った女達が、上半身は天使、下半身は悪魔の衣装をつけた堕天使を中心に、輪を描いて乱舞している。

(5)終幕らしく、これまでの登場人物が入り乱れて踊っている。ただ、彼等はそれぞれ、背中に真赤な布の炎を背負い、矢を眼に、刀を胸に、あるいは首と首を縄でくくられ、腹と腹を長い槍で串刺しにされた、異様な扮装で乱舞している。
それは、まるで異端の秘密宗派の祭壇画の様に、奇怪で悪魔的な光景である。

 これは物語内では侯爵が計画したバレエでしたが、実際には黒澤明自身がこう描いているわけです。この悪夢のようなイメージは、登場人物たち、さらには観客である私たちの象徴でもあります。

 この毒々しいバレエを、黒澤と手塚はどのようにアニメとしてイメージしていたのでしょう。アニメ背景の前で実写の人間とアニメキャラが踊るのか。それとも実写背景とアニメキャラか。すべてアニメで描くつもりだったのか。(ただし、このバレエシーンの演出を、黒澤はフェリーニに持ちかけたこともあったそうです)》

 ただしこれはソ連で映画化する予定だったポオの原作に忠実ヴァージョンのシナリオですので、日本の戦国時代を舞台にしたヴァージョンでは、この部分がどうなっていたのかわかりません。ただ、戦国ヴァージョンが全集に載っていないところを見ると、実際には決定稿は執筆されていない可能性もあります。

 本当はもう少し調べてからエントリ化しようと考えていましたが、それだといつになるのかわからないので、現時点で俺が知っている範囲の話を補足的に書いてみます。

 ●まず上の俺のコメントの補足ですが、黒澤が「赤き死の仮面」を「次回作」として雑誌インタビューで「予告」したのは「影武者」完成直後ですから、1980年のはずです。雑誌は週刊誌で、「週刊朝日」か「週刊読売」だったような……うろ覚えですいません。なお舞台を戦国時代に移す、というのはその記事の中で本人が発言していました。

 ●で、手塚治虫と『キングコング』のジョン・ギラーミン監督との対談は「週刊プレイボーイ」の76年12月7日号でした。その部分を引用してみます。

手塚 その黒沢さんね。日本では作れなくて、ソ連で『デルス・ウザーラ』を作ったけれど、また今度、ソ連で映画作るんです。そのとき、ぼくは黒沢さんと仕事をすることに…。
ギラーミン え? じゃ、黒沢さんがSF映画を?
手塚 いや、それが恐怖映画なんだ。エドガー・アラン・ポオの短編を画化(ママ)するんだ。どの短編かはまだ秘密だけど。》

 ●手塚先生が亡くなったのが1989年2月9日。お通夜がTVニュースで中継されたんですが、その一番目立つところに黒澤明監督からの花輪が飾られており、竹熊は当時、黒澤監督と手塚氏の関係を知らなかったので、「あれ?」っと思ったのをよく憶えています。

 ●先生の死後、JICC出版(現宝島社)からの依頼で資料本『一億人の手塚治虫』を竹熊が編集。その作業中に上のプレイボーイの記事を見つけ、大いに驚く。

 ●90年代中頃、手塚プロ出身の石坂啓さんの家でアニメーター小林準治氏、マンガ家でアニメ監督でもある故・坂口尚氏との4人で飲んだことがあります。小林氏・坂口氏ともに虫プロ出身で、手塚アニメでは重要スタッフとして参加。そこで俺が『赤き死の仮面』の話をふったら、小林氏が驚いて「よく知ってますねえ。確かにその話はあった」という返事。これで黒澤明と手塚治虫が合作予定だったという話が俺の中で事実として確定。

 ●手塚先生と黒澤監督は最後まで交流があったようです。まだ黒澤監督が存命中の話ですが、息子・黒澤久男の夫人(当時)だった林寛子がTVで「うちのおじいちゃん、孫によく漫画を描いてあげるんですよ。アトムとか…」と聞き捨てならない発言を。

 ●その後、映画雑誌の何かのコラムで、黒澤組のあるスタッフが黒澤家で黒澤本人が描いたアトムの絵を発見し、驚愕した話が紹介されていた。その人がおずおずと「あの、いただいてもよろしいでしょうか。大変、珍しいものなので…」と言うと、監督が「ダメだ!」と怒ってその紙をクシャクシャに丸めてクズカゴに放りこんだとか。このことと林寛子発言から、黒澤明がアトムの模写を自宅でしていた事実が、ほぼ確定。

 ●その後別の手塚プロ関係者から、講談社の手塚全集が黒澤明に寄贈されている事実を確認。黒澤家の書棚に全巻が置かれていたようです。

 ●黒澤明はもと画家志望で、たいへん絵がうまいです。後年の「影武者」などのストーリーボードはゴッホ風のタッチなんですが、昔の『七人の侍』のコンテを見ると、まるで白土三平が描いたかのような達者なマンガ風タッチで驚きます。このことから、アトムの模写などお手のものであったと考えられます。

hinotori ←市川崑版『火の鳥』(1978,東宝)映画パンフ。アニメパートの演出は手塚だが、主人公を襲う狼の群れがいきなりピンクレディの「UFO」を歌い出すなど、例によって悪い癖が…。

 ●余談だが、ソ連版の『黒き死の仮面』(共産圏であることを配慮して、黒澤がタイトルを赤から黒に変えていた)は1977年頃には中断していたと考えられます。その後、78年8月に市川崑監督の実写版『火の鳥』が公開されたんですが、これの本編には随所に手塚プロによるアニメーションが合成されていました。アニメ部分は見事な1~2コマ打ちのフルアニメーションで、原画を担当したのが「オバQの小池さん」ことスタジオ・ゼロの鈴木伸一氏。

 ●時期的に考えて、黒澤企画が流れた直後に、市川崑の企画が持ち上がった可能性が高い。俺が昔から疑っているのは、もしかすると『赤き死』のために手塚が集めていたスタッフが、そのまま『火の鳥』に流れたのではないかということ。鈴木伸一氏に聞けば、あるいはそのあたりの事情が判明するかもしれません。

kurosawa-miyazaki何が映画か―「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって

←黒澤と宮崎、二人の相互ヨイショと、黒澤の果てることなき自慢話が楽しめる『何が映画か』

 ●ところで手塚先生の死後、黒澤明は今度は宮崎駿に急接近。「ボクはトトロが大好きでねえ」とリップ・サービスを始めただけでなく、遺作となった『まあだだよ』の予告編製作まで宮崎本人に依頼。宮崎さんも、昔のインタビューでは「『影武者』で黒澤さんは堕落した」と例によって毒づいていたわけですが、そんなことはケロっと忘れたかのように黒澤監督に協力。もしかすると…黒澤は『赤き死』をまだ撮るつもりでいて、手塚治虫なき後は宮崎駿にアニメパートを依頼するつもりだったのでは……と邪推。

 とまあ、こんなところなんですが、どなたか幻の黒澤映画『赤き死の仮面』について、もっと詳しい話がありましたら、お教えくだされば幸いです。

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| コメント(30)

“黒澤・手塚 幻の合作映画” への30件のフィードバック

  1. ぼぼ より:

    よくわからないけど、エドガー・アラン・ ポーと怪奇趣味つながりじゃないですかね。
    手塚はエドガー・アラン・ ポーに影響を受けた江戸川乱歩の「妖怪博士」や「パノラマ島奇談」が大好きで手塚の怪奇趣味の原点だったし、
    江戸川乱歩も手塚のアトムを愛読していた。
    アトムのシーンには江戸川乱歩の影響がある。
    キューブリックはアトムを見て、65年に手塚に2001年宇宙の旅で協力を打診。
    黒澤とキューブリックは仲がいいしディテールへの贅沢なこだわりが同じ。
    舞踏会のシーンの演出を頼まれたフェデリコ・フェリーには67年オムニバス合作でポー原作の「世にも奇妙な物語」を監督している。
    76年黒澤の「黒き死の仮面」のもとネタの「赤き死の仮面」の原作もポー。
    また、手塚の人間の暗黒面の本質をのぞき見るようなドラマツルギーの暗さとも黒澤の「黒き死の仮面」のデモーニッシュな人間不信は共通性がある。

  2. Aa より:

    宮崎との対談は少々疑問でした。ずいぶん前にですがテレビで放送していてそれを憶えています。
    まあだだよに出資していたのは徳間さんでしたので、そこから宮崎と接触させようと誰かが考えたのではないかと思います。黒沢より近づいてきたとはどうも考えにくい。
    対談でも宮崎作品について彼が触れたのは文字にしてほんの数行でした。残りはえんえんと自作の話が続くのでいま思い出してもひいてしまいます。
    ただ明さんのお嬢さんにあたる和子さんの話ですと氏はとても好奇心旺盛で、ルパン三世シリーズのこともお孫さんを通じてそれなりに心得ていたとか。
    もうひとつ、おたくにも興味を示していたそうです。「誰がなづけたのか知らないけどうまいことを言うね、ぼくらの若い頃にもそういう奴いたよ」と。
    こどものころ私をかわいがってくれた祖父は体が弱くなってからも『夢』を映画館で観たいと口にしていました。まあだだよのときはもういませんでした。

  3. レポレッロ より:

    新しい情報はないんですが、そういえば「全集黒澤明」の何巻だったかのフロクの小冊子に、手塚が結構長い解説を書いてますよね。その中に「黒き死の仮面」のシナリオについてもコメントしてました。
    なんで映画化もされてないシナリオを、手塚が読んでるのか当時疑問でしたがこういう事だったんですね。
    「黒き死の仮面」は「デルス・ウザーラ」を映画化する前に提示した企画だと何かで読みました。「デルス」と「死の家の記録」と「黒き死の仮面」の三つのシナリオを見せて、結局ソ連の側が一番穏当な「デルス」に決定したそうです。
    よりにもよってソ連で収容所の囚人達が主人公の「死の家の記録」を作ろうと思う黒澤も天然なのか狙ってなのか(笑)!
    漫棚さんのブログ粗筋を読むと「黒き死の仮面」も非情な領主が骨肉の争いを繰り広げる話なので、共産党が嫌がったでしょう。「デルス」はロシアが帝国版図を広げる為にシベリアを調査する話なので、彼らには一番都合良かったんでしょうね。
    なおフェリーニについては、ベルイマンと黒澤との三人でオムニバス映画を作る企画もあったみたいです。フェリーニがインタビューで語ってました。

  4. 漫棚通信 より:

    ソ連での映画化がポシャったから「黒き死の仮面」のタイトルを、もとの「赤き死の仮面」にもどしてたというのは、十分考えられますね。クロサワといえば、やっぱり日本の時代劇こそお似合いだから、日本戦国バージョンがあるのならそっちが読んでみたいものです。

  5. Aa より:

    >黒澤は『赤き死』をまだ撮るつもりでいて、手塚先生なき後は宮崎監督にアニメパートを依頼するつもりだったのでは……と邪推
    まあだだよの後にシナリオを二本てがけています。仮面にはあまり未練はなかったのではないかと思うのですが。

  6. たけくま より:

    >漫棚さん
    今度大宅文庫に行く機会があれば検索してみますけど、僕が最初に読んだ黒澤インタビュー記事では、はっきり「赤き死」と言ってましたね。まあ、最終的にタイトルは変わったかもしれませんが。

  7. あっきー より:

    黒澤監督が亡くなられたときのキネマ旬報の追悼号では「平家物語」を手塚先生と合作で,という話があったとか書いてありませんでしたっけ?。

  8. 通りすがり より:

    こんにちは。「風雲ライオン新聞」のころからファンですが、ブログを拝見してまして、ちょと違和感を感じるようになりました。
    手塚、黒澤、宮崎などのビッグネームに妙に手厳しくないですか?
    別に権威におもねる必要はないと思いますが、ネタの扱いの端々に、ちょっと下種の勘繰りのようなものを感じさせてしまうのがもったいないかなーと。
    竹熊さんの該博な知識と鋭い切り口は間違いなく一流と思いますし、手塚、黒澤、宮崎らのダメダメな部分も承知してますが、そこらへんでもっと余裕というか、鷹揚に構えられたほうがカッコいいのになーと思います。
    ではでは。いつも楽しみに読んでますのでがんばってください。

  9. ちっさいおっさん より:

    黒澤監督は『デルス・ウザーラ』製作後の70年代半ばに、ドストエフスキーの『死の家の記録』や宮沢賢治の『風の又三郎』の企画を検討していましたが、どちらも実現できず、その後に井出雅人氏と共同で『赤き死の仮面』の脚本化をしたそうです。
    日本映画斜陽の時期だったので、黒澤監督は『どですかでん』以降日本で映画が撮れない状況にあり、有名作家の原作本の映画化という”ヒットしやすい映画”の製作を検討していた時期なのかもしれません。
    黒澤監督初のカラー作品である『どですかでん』がヒットしていれば、『赤き死の仮面』も映画化に至ったんではないかと想像してしまいます。

  10. Aa より:

    ロシアよりお声がかかったとはいうものの、実は日本のヘラルド社がねまわししていたそうです。
    どですかでんの不振と自殺未遂(ご家族のかたにむしろ同情します)さわぎがあって、それでヘラルドさんが気をまわしたのだと当時の社長さんの本でみかけたことがありました。
    ということは、どですかがそこそこあたって自殺に走りさえしなければロシア行きもなくて、仮面の話もなかったのではないかと思うわけです。
    個人的なこともあって黒沢さんの話になるとどうしても悲しくなってしまいます。

  11. ちっさいおっさん より:

    6年ほど前に開催された「黒澤明の仕事展」で『赤き死の仮面』の黒澤監督自筆の構想ノートが公開されたそうです。
    その時にキューブリックに宛てた書簡(内容は『シャイニング』についてのかなり厳しい批評)も新発見の資料として展示されたそうです。
    『アイズ・ワイド・シャット』と『赤き死の仮面』には類似点が多いので、二人は映画の構想について何かしらの意見交換をした可能性もあるんじゃないかと思ってしまうんですが、今のところ妄想の域です。

  12. ぼぼ より:

    >『アイズ・ワイド・シャット』と『赤き死の仮面』>には類似点が多い
    証明は別ですが、
    これは間違いないんじゃないですかね。
    仮面フェチの元ねたはポーだと思っていました。
    黒澤の構想をキューブリックがパクったというより共通の将来の主題としてあったんじゃないかな。
    黒澤とキューブリックは哲学や方法論が似たライバルで書簡の往復もあったようです。
    バリー・リンドンを見て黒澤が感激して書簡を送ったというのは有名な話ですが、
    同時にシャイニングのような気に入らない作品は気に入らないといえる間柄だったのではと思います。
    スピルバーグやルーカスはこの世代の弟子みたいなものかと。両監督によってしばしば黒澤とキューブリックは併置して言及されます。

  13. たけくま より:

    ええと、『アイズ…』の原作はアルトォール・シュニッツラーの『夢奇譚』で、映画は舞台を世紀末のウィーンから現代のニューヨークに移した以外はものすごく忠実です。
    ですから、この場合はシュニッツラーがポオを意識したという推測は成り立つかもしれない。
    あと黒澤が『赤き死』を映画化する構想はいつからはじまったのか知りませんが、『時計仕掛けのオレンジ』撮影の頃に、キューブリックが早くも『夢奇譚』の映画化構想を述べていますので、キューブリックのほうがどちらかというと早いような気がする。
    しかし両者の交流からみると、なんらかの影響関係があってもおかしくないですね。『乱』の合戦シーンを見たとき、「あ、『バリー・リンドン』だ」と思っちゃったもんなあ。

  14. レポレッロ より:

    黒澤は「赤き死の仮面」の前(多分)に、「AND・・・(そして)」という日本に来た宣教師が戦国武将になる映画のプロットを考えてたそうです。
    「赤き死の仮面」もポーの原作が好きというより(原作は短編なのでほとんど別物)、まず戦国時代を舞台にした壮大な鎧モノをやりたい、というイメージが先行して使えるネタを探してたのかもしれません。
    「AND・・・」→「赤き死の仮面」→「乱」(第1稿)→「影武者」→「乱」
    とすると、戦国モノを二本も作って満足してたんじゃないでしょうか?
    http://www.jp.playstation.com/psworld/game/event/041029.html
    ↑見ると「AND・・・」を元ネタにした黒澤久雄脚本監督の映画が作られるみたいですが本当に出来るんですかね?「バトルロワイヤル2」みたいになりそうな予感・・・。

  15. ぼぼ より:

    >たけくまさん
    下の夢物語のリンクの仮面舞踏会の所をご参照ください。赤き死の仮面も出てます。
    http://www.lesekost.de/deutsch/jhdtwd/HHLDJ04.htm
    似たようなことを感じる人はいるんですね。

  16. たけくま より:

    ↑よ、読めない…(笑)

  17. 忍天堂 より:

    皆さんの検証を読んでると推理小説を読んでるようで面白いです。
    TVのドキュメンタリー特番が一本作れそうな雰囲気ですね。
    >黒澤は「赤き死の仮面」の前(多分)に、「AND・・・(そして)」という日本に来た宣教師が戦国武将になる映画のプロットを考えてたそうです。
    ラ、ラストサムライ?んな訳ないか(笑)

  18. Aa より:

    独逸語おそるるに足らず
    >Edgar Allan Poe: "The Masque of the Red Death" ( Edgar Allan Poe)
    のとこなり。シュニッツラーは日本の旧制高校でも教材に使われていたことがあるという話。
    アイズワイドはよく分からない。あの奥さんはもろ男の目による女であるところと、それから医者なのにみょうに筋肉むきむきのトムさまがかえっておぞましく感じ候。

  19. ちっさいおっさん より:

    >黒澤は「赤き死の仮面」の前(多分)に、「AND・・・(そして)」という日本に来た宣教師が戦国武将になる映画のプロットを考えてたそうです。
    「AND・・・」の脚本は「トラ・トラ・トラ」途中降板の頃に執筆されたそうです。
    戦国時代に武将になった西洋人の戦いと信仰上の苦悩を描いた作品で、「乱」で描かれたような大がかりな落城のシーンがあるそうです。久雄氏が「『乱』の下敷きになっているような内容」と言っているのは、このあたりを指しているような気がします。

  20. Aa より:

    >戦国時代に武将になった西洋人の戦いと信仰上の苦悩を描いた作品で
    あー元ネタはきっと『沈黙』ですね。
    '66年の作品だから黒沢さんが目を通していてもおかしくはないと思います。

  21. ぼぼ より:

    >たけくまさん
    じゃあ翻訳サイトで独語から英語に直されるとよいんじゃないかな。
    TraumnovelleがTraumが夢で、Novelleが英語で言うとnovelで原義が新しい変わった話から小説、「夢奇譚」じゃないかなと思うのです。
    夢物語の仮面舞踏会に関する箇所の説明で、仮面舞踏会は文学的にも音楽的にも似つかわしい題材で云々、
    私に思い起こされるのは、
    アンリ・アラン・フルニエ「ル・グラン・モーヌ」と
    エドガー・アラン・ ポーの「赤き死の仮面」云々といっています。
    ゲストが招待される夢と現実との境目の仮面舞踏会のシーンで、
    シュニッツラー属する若きウィーンに影響を与えたのがアンリ・アラン・フルニエで、フルニエに影響を与えたのが、ポーという感じですかね。
    ポイントは原作であるアルトォール・シュニッツラーの『夢奇譚』の手塚やフェリーニが手がけたであろう仮面舞踏会の一番大事な場面でポーの「赤き死の仮面」が専門家に指摘されているというとこですね。
    本格的にやると比較文学論の範疇でしょうね。
    こういうイメージへのオマージュというか、共有は、映画に多いのではないかと。

  22. ぼぼ より:

    読みにくいので修正。
    ポイントは「アイズ」の原作であるアルトォール・シュニッツラーの『夢奇譚』の仮面舞踏会のシーンの解説で、これも黒澤の「黒き死」の原作のポーの「赤き死の仮面」で手塚やフェリーニが手がけたであろう一番大事な仮面舞踏会のシーンでとのイメージ的類似性が専門家に指摘されているというとこですね。
    仮面フェチで似たようなことを感じた人がいるなと。

  23. 漫棚通信 より:

    「そして(AND)」は1966年、「暴走機関車」の製作が中止になった後に執筆されました。これも梗概が「全集黒澤明」に載ってますが、下克上でのし上がった戦国大名と、南蛮交易船から献上された外国人女性との間にできた金髪碧眼の息子との、愛憎と戦いを描いた作品です。主人公が、外国人神父の教育により、最初に人を斬ったことを後悔して自分の右腕を切断するというエピソードがありますが、全体は主に親子の相克で、信仰をめぐるものではなさそうです。

  24. ちっさいおっさん より:

    >漫棚通信さん
    あやふやな知識で書き込みしてしまいました。そうですか、梗概が「全集黒澤明」に載ってるんですか。
    >主人公が、外国人神父の教育により、最初に人を斬ったことを後悔して自分の右腕を切断するというエピソードがありますが、全体は主に親子の相克で、信仰をめぐるものではなさそうです。
    敦盛を討ったことを悔やみ出家した熊谷直実になぞらえたエピソードでも出てくるかと思ったんですが・・・

  25. Aa より:

    たったいま検索で調べてみたところ、沈黙はこの年の3月におめみえしています。
    黒沢さんの暴走機関車の制作中断は7月だそうですので、そのあとの企画立案だとすると影響を受けている可能性たかし、ですね。
    そうだとすると、ああいう本をいったいどう読まれたんでしょうか。

  26. ちっさいおっさん より:

    異人の血が混じった人物が主人公で愛憎と戦いを描いた作品、というと他に何かあったよなぁと思ったら、眠狂四郎でした。
    週刊新潮で第1作目の「眠狂四郎 無頼控」の連載が始まったのは1956年のことです。ちなみに市川雷蔵主役の映画シリーズは60年代の前半(63年?)からスタートしてます。

  27. レポレッロ より:

    >これも梗概が「全集黒澤明」に載ってますが、下克上でのし上がった戦国大名と、南蛮交易船から献上された外国人女性との間にできた金髪碧眼の息子との、愛憎と戦いを描いた作品です。
    そういう話でしたっけ?私が最初に読んだあらすじでは、確か日本に来た宣教師という話だったんですよ。三浦安針がモデルなんだろうなと思ったのを覚えてるんですが。主役はアラン・ドロンにさせたかったなんて書いてありました。
    でも交易船に女性を乗せて来るというのは(不可能ではないですが)、設定的にもちょっと強引な気もしますね。一方親子の葛藤というテーマは「乱」にも通じるし宗教とか神の問題より全然黒澤好みです。
    後金髪碧眼のハーフとなると、映画の場合誰に演じさせるかという難しい問題がありますね。
    黒澤的リアリズムでいけば三船や仲代に金髪や青目のコンタクトで済ませるわけにも行かず、外人俳優では日本人と同じ位パーフェクトな日本語を喋らせる事は出来ないでしょう。となると当時は岡田真澄位しかいない(笑)。
    製作出来なかったのは、単純に制作費の問題以外にそういう処もネックになったのかもしれませんね。

  28. Wen より:

    ああっ今気付きましたが
    ドラえもんの宇宙開拓史に出てきたギラーミンって
    ジョン・ギラーミン監督が元ネタだったんですかね。
    まじめな話してるところどうでもいいネタですいません。

  29. 番外編 黒澤明関連本

    ブログのプロフィールにも書いたが、黒澤明関連の本はすべて眼を通しているつもりだ。
    自伝、評伝・回想録から、映像・音楽についての評論、シナリオ、写真集まで様々だ。デジカメでお見せしてるのはそのごく一部だが、どうしてここまで黒澤論に惹かれるのか?
    もちろん作品が好きだからということもある。
    しかしそれ以上にクリエーターの「現場指揮官」としての「クロサワ」に興味があるのだろうと思う。
    映画というのはよく言われるように総合芸術であると同時に、個人芸術でもあるというきわめてパラドックスに満…..

  30. Tramadol. より:

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