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2014年6月24日

ホップ・ロウ取締役退任および「電脳マヴォ」継続についてのお知らせ

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私、竹熊(以下私)の株式会社ホップ・ロウ(以下、会社)退社とインターネット雑誌電脳マヴォ継続について、少し時間が経ってしまいましたが、この文章で関係者の皆様への全体説明に代えさせていただき、一連の経緯の私側からの終了を宣言したいと思います。

私は昨年(2013年4月)、フリー編集者ツルシカズヒコ(文中敬称略。ツルは「鶴」の異体字の為仮名書き)と創作・編集・出版・インターネット出版を目的とした株式会社ホップ・ロウを創設しました。代表取締役社長がツルシ、電脳マヴォ編集長と取締役は私です。

会社は約1年継続しましたが、この1年の間に私とツルシとの関係は悪化、今年に入ってからはツルシの内縁の妻で、彼の個人会社ハッピー・コーイングの社員であるイラストレーター、ワタナベ・コウを通じてでないと、互いに口も利かない関係になっていました。

これは「性格の不一致」としか言いようがありません。詳しい内容を書いたとしても「言った・言わない」の応酬は明らかで、第三者には、しょせんは売り言葉に買い言葉です。

ツルシに関して私が一言言うなら「こんな人間だとは思わなかった」に尽きるでしょう。おそらく向こうも同じことを私に対して言うと思います。彼とのトラブルは理性的な話し合いに収まることが殆どなく、最後の数ヶ月は、ほとんどワタナベを間に立てた罵声・批判の応酬になっていました。

これは話し合いですから、もちろんツルシのみならず私にも責任はあります。ここでの私の一番の問題は「なぜ互いに仕事をしたことがなく(私はツルシ編集の雑誌に数回寄稿しただけの、単なる寄稿者と編集の関係でした)、互いによく知らない人間と仕事をしてしまったのか」に尽きるのではないかと思います。これについて、私は返す言葉に窮するのですが、つまりそれだけ「私は追い詰められていた」ということです。想像するに、おそらくツルシもそうです。つまり、私は2012年1月に念願だったインターネット雑誌「電脳マヴォ」を創刊したのですが、同時に私は京都精華大学マンガ学部の専任教員であり、公的・社会的な立場が一度にふたつ重なることになります。後述の理由(軽度発達障害)で、これが私には著しく困難な状況でした。

一方のツルシの問題は、端的に言うなら資金がないことでした。そこで「いずれ互いの好きな本を編集する」ことを暗黙の合意事項として、「とりあえずツルシが雑誌編集者としての経験を電脳マヴォに提供する」ということで「野合」は成立したわけです。…この考えが、いかに甘いものであったかは、マヴォのこの1年の迷走(経営上の)が示していると思います。

私から見たツルシは「編集長」がやりたい人間であって、それ以上ではないということです。会社や、メディアを運営したことがあるならわかると思いますが、ひとつの会社はひとりの経営者が治めるべきで、雑誌にも、二人の編集長は必要ありません。

結論から言うなら、私とツルシが会社を共同経営し、かつメディアを共同編集することは、不可能です。私は経済観念が希薄で、経営をツルシに任せたのですが、これも間違っていました。私から見てツルシは「竹熊同様」会社経営者には向いていません。また経営の資質が時に必要とされるインディーズ・メディアの編集も難しいのではないでしょうか。彼は扶桑社退社後、ふたつの雑誌を発行していますが、一誌は創刊2号で休刊、もうひとつも、経営はうまく行っていません。

ツルシの場合、彼はかつて扶桑社でメジャー週刊誌の編集長を行っており、そのことで彼は編集者としての名をあげましたが、同時に「組織編集者」としての限界も露呈したと思います。つまり組織があってのツルシカズヒコで、その逆ではないと思う訳です。私は元来組織とは無縁でしたから、最初から変わってないと言えば変わっていないのですが。ツルシはかつて「スタッフの編集者教育」を要請した私に、こう言いました。

「電脳マヴォは、スタッフが素人すぎて、使えない。」

この言葉を聞いて、私は耳を疑ったのです。どんな大出版社の社員であっても、どんな大学を出ていようと、誰でも最初は素人の筈です。新入社員は、使えないのがデフォルトなのです。だから「社員教育」があるのではないでしょうか? 仕事にしても、電子漫画雑誌はまったく新しいメディアですから、そもそも仕事を「つくらなければならない」ですし、仕事のやり方も、ひとつひとつ作っていくものだと私は思っていました。「紙ではできない、電子雑誌ならではの仕事を考えて実現しましょう」という私の言葉を、この人はまったく理解していないのではないかと思いました。

今のツルシカズヒコと竹熊健太郎は、どう考えても互いにとって「向いてないこと」を無理矢理行おうとしていて、「迷走状態」に陥っていると思うわけです。私の場合は、自分で選んだ運命ですから、誰にも、なんの不満もありませんが。

要は、資質的な面で私が単独での仕事の困難に直面していたところ、経験豊富(そう)な人材が現れたわけです。私としては念願の自分メディアを手放すわけにはいかず、後から考えて愚かな選択でしたが、共同経営者を迎えるという過ちを犯してしまいました。

何故ツルシだったのか? 90年代のスター編集者の一人であり、知り合う前から互いのことを知っていましたし、漫画は専門でなくとも、ツルシは小林よしのり『ゴーマニズム宣言』の立ち上げ担当編集者でした。また扶桑社の前には若者向けサブカルチャー雑誌「月刊out」編集者として、ほりいゆうじ、さくまあきら氏らを担当していました。

つまり資質的に十分だと踏んだのでしたが、実は私、漫画雑誌の編集作業は小説や一般活字誌とは根本的に異なった部分がある特殊なもので、かりに漫画が載っているサブカル雑誌でもそれは同様だと知っていました。そこからくる不安を努めて押し殺していたことは事実です。

私の不安は的中しました。(以下は竹熊の個人的意見)果たしてツルシからは、電脳マヴォに関する「企画」を1年で1本も出してもらってないばかりか、作家探しや、紹介でも何の役にも立ってはくれませんでした。電脳マヴォの企画は、作者の持ち込み企画以外は、すべて竹熊とほかのスタッフの企画です。この人、もしかして漫画のことが全然分かってないのではないか? と私はだんだん彼のことを不安視するようになっていました。

ただし牛帝著『同人王』の太田出版版の編集は、校閲を含めて非常に優れた仕事だったと思います。この仕事を見て、彼には僕にはない「書籍編集者」の素質があると思いましたが、『同人王』が万一売れてくれていたら、もしかすると、我々の運命も、会社の将来も、まったく異なる事になったかもしれません。

 

■  私の持病と今後の仕事との関係について

 

昨年春から私とツルシカズヒコの関係は悪化していきましたが、これは私の「軽度発達障害」という、予期せぬ「伏兵」が原因です。軽度発達障害とは最近までアスペルガー、ADHDといった「診断名」で呼ばれていた器質性の精神障害のこと。非常に多い症例で、これ自体は「体質」であって病気ではないのですが、本人や周囲の自覚が不十分なまま接していると、二次障害として「適応障害」が起きるケースがあります。これは躁鬱病、統合失調症といった重篤な病に似た症例が出るケースがあるそうです。もちろん私の場合はそうした本格的な精神病とは違いますし、治療も受けております。この春にワタナベ・コウが私の精神状態に対して邪推に基づく非常識な文章をブログにアップしましたが、もちろん根拠のない話であり、読みようによっては人権侵害ですが、現在は「自主的に」削除されており、訂正や謝罪はありませんでしたが、これを「非を認めた」と好意的に解釈していますので、これについての訴追は、現段階では考えていません。

さて私の場合、大学、電脳マヴォ、ホップ・ロウとのここ数年の関係でもともと生まれつきであった軽度発達障害が重篤化し、ついに「適応障害」に至った事で、私はまず大学を休職しました。

株式会社ホップ・ロウの構成員は代表取締役ツルシカズヒコと取締役兼編集長竹熊健太郎の二名です。そして会社の定款で、ツルシと竹熊は「無給扱い」になっています。会社から「役員報酬」が出ないかわりに、毎月20万強の「貸付金」を会社に私が貸し付けていました。私が入れる毎月のお金で『電脳マヴォ』は最初からずっと維持されているのです(このことを見ても、ホップ・ロウは会社としてははなはだイレギュラー的な存在だと思います)。

私は毎月決まった額を会社の口座に入れ、そこからハッピー・コーイングのワタナベ・コウが経理処理して「貸付金」の一部は確かに電脳マヴォのスタッフに渡っていました。20万の詳しい内訳(使い道)は私はよく知りませんし、興味もありません。経営者はツルシであり、私はすべてを彼に任せていたわけです。つまり、ツルシカズヒコが「代表取締役としての仕事=要するに経営(マネタイズ含む)」をきちんと彼がやっていれば、そもそも社長を解任するとか、私が退任する理由が存在しません。

そこで、ここに来て竹熊のホップ・ロウ退社(「電脳マヴォ」もそのまま退社します)になり、ホップ・ロウと電脳マヴォは関係がなくなりました。現在太田出版から出ている牛帝さんの『同人王』を除く一切の契約関係は消滅しています。関係者の方で、お問い合わせあれば竹熊まで御願いしますが、『同人王』に関してはこれまで通り、ホップ・ロウ(ツルシカズヒコ)扱いですので、ケースによってはお答えしかねる場合もあります。

 

以下、電脳マヴォと竹熊健太郎の今後を箇条書きにします。

●竹熊健太郎は、2014年5月31日を持って株式会社ホップ・ロウを退任した。

●竹熊退社に伴い、『同人王』を除く「電脳マヴォ」と株式会社ホップ・ロウの関係も消滅。『同人王』に関しては、太田出版とホップ・ロウの間の契約関係は存続。この範囲で、竹熊は牛帝さんに対する誠心誠意の対応を保証する。

●「電脳マヴォ」は、かねてよりの方針に伴い、竹熊個人運営による『ネット・アーカイヴ・メディア』として再スタートする。いくつかのマネタイズ案が浮上しているが、マネタイズ成立の暁には、作家への還元を優先して運営していく。

●法人化は現時点で未定だが、NPO法人化するプランはある。

最後に

以上、恥の上塗りみたいな文章を書きましたが、何事も「けじめ」だと思いますので発表しました。

現在竹熊は京都精華大学を休職、現在は「電脳マヴォ」を軌道に載せるべく行動しております。出版界・漫画界・大学、いずれもかつてでは考えられないくらい状況が悪化しています。こうした中で、電脳マヴォのような、業界から完全に独立・自立したメディアを運営していくことには非常な意義があると思います。これからも「電脳マヴォ」をよろしくお願い申し上げます。

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