たけくまメモMANIAX

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2006年2月28日

議論のしかた

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もしかして有名なサイトだったかもしれませんが、最近読んですごく面白かったので紹介します。「議論のしかた」というコンテンツ。作者はiwatamさんです。岐阜県の人らしい。

●議論のしかた
http://iwatam-server.dyndns.org/software/giron/giron/

このまま本にできるんじゃないかと思えるくらいの密度とわかりやすさと完成度で、「議論」するに当たって必要な方法論が秩序だてて開陳されています。本格的なディベートの訓練をされた方なのか、あるいは論理学をきちんと勉強されてきた人なんでしょう。「たけくまメモ」も最近議論づいていますが、一度は目を通しておいて損はない内容です。

Amazon.co.jp:詭弁論理学中公新書 (448): 本詭弁論理学

あと、議論で思い出すのは『詭弁論理学』(中公新書)という本。議論でうっかり陥りがちな詭弁のあれこれについて書かれた極めてマジメな本です。俺が高校くらいに読んだんですが、「二分法」(中間を無視して強引に物事をふたつに分け、あれは白、これは黒と決めつけて極論に導く。)とか、「相殺法」(確かに賄賂をもらった俺も悪かったかもしれないが、あんたも立ち小便をしただろう。だからおあいこですね、というように、罪の軽重を意図的に無視してうやむやにする)なんかが思い出されますね。中公新書のロングセラーのひとつ。

今のところ、「たけくまメモ」ではそんな人はいないと思いますが他のネット掲示板では多いですね。こういった問題については「議論のしかた」でも触れられてます。

それはそうと昔、『サルまん』でも「編集者への言い訳」の参考図書として紹介したんですが、大正時代に出版された『詭辯と其研究』という本もすごかった。これ、明治大正期の政治家のムチャクチャな答弁を紹介した本なんですけどね、こんな感じ。

《政治は議論にあらず實際なり、死物にあらず活機なり、乗ぜるものの積は加へたるものの和より必ず大なりとは限らず、一に二を加ふれば其和は三なり、二に一を乗ずれば其積は二なり、此場合に積は却って和より小なり、欺く見れば和と積とが豁然として大小の差率を生ずるは、三以上の数に於て初めて然るものにして、政治の變化が常に三以上にあるは好ましきことに非ずと雖も、此處が即ち實際なり活機なり》

なんか旧字の文語調なんで一見立派なこと言ってるようですが、よく読むとくだらねーというかまったく内容がない。だからどうしたって話。政治家の本質は昔も今も変わらないみたいですね。


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| コメント(36)

“議論のしかた” への36件のフィードバック

  1. めたろう より:

    「議論の仕方」読むのに時間がかかりそうなので、次の萌えエントリが立つまで待てそうです。
    それにしても、今回のコメント欄の爆発で、昨年の様な攻撃的な様相が出ないのは、参加者が慣れたせい?それとも議題のせい?
    「萌え」を扱うと「対話」にしかなりえないのかな?俺も焦点を散らしてしまう様な書き込みをしてるわけですが。

  2. nomad より:


    「萌え」の定義が一定しておらず、いまだ原理主義者が発生していないからかもしれませんね。

  3. 遥海 より:

    萌え原理主義者・・・。怖いなあ。
    とはいえ、他人の萌えと自分の萌えが違うことがむしろ喜びであったりとか?
    他人と自分の脳みその構造が一緒とはあまり思いたくないですものねえ・・・。

  4. エルモ より:

    >「相殺法」
    なんか、この一週間でさんざん見たような気がします(笑)
    まだ言ってますけど。

  5. apg より:

    こんにちは。
    論争というよりは、単に意見の出し合いと言う感じでしたね。
    誰かと誰かが絡むような場面はありませんでした。僕はもちろんですが、
    皆さん持論がまだ仮説の域を出ていない感じで、確信を得ている訳ではないんでしょう。
    そういう意味で皆謙虚になれたんじゃないでしょうか。
    「なれた」というと良かったみたいですが、議論が平行線をたどりやすいですから、良くはないんでしょうけど。
    ぼくも解らないなりに思いつくままを書き連ねていましたが、強烈なダメ出しをもらうでもなく。そういうのを期待してたんですが・・
    時間帯ですかね。金曜日の昼間に仕事の合間を縫ってコメントしてました。
    ヘンリー・ダーガーのエントリ楽しみです!
    ダーガーならぼくも論じられるところがあるかも・・
    でもぼくは、感覚的に思いついたことを言っているだけですからね・・・データに基づいたものじゃなく。
    そういう超個人的思想は、つっこみどころがないから、議論の対象にはならない、もっと議論の仕方を勉強しなさい!とたけくま先生はおっしゃりたいのですよね。きっと。

  6. Aa より:

    >論争というよりは、単に意見の出し合いと言う感じでしたね
    同じことを思いました。
    でも、ネタだしということで今はこれで十分ではないかと。

  7. apg より:

    いやーおもしろいですね。
    特に「銀河系統一総指令部のレジオ・ハッカ司令官が認められるかどうか」が面白いです。まだ途中ですが。文章が翻訳っぽいのも好きです。

  8. 豆たろう より:

    皆さんこんにちわ。
    一連のコメントを読んでいて萌の定義が思い浮かんできたので書き込ませてもらいます。
    さるまんにはぜひとも萌論争に終止符を打ってもらいたいと思っているのでこいつをたたき台にしてもらえるとありがたいです。
    一応この考え方を使って一連の萌言説の説明ができると思います。
    ついでに萌の発生理由と現在の萌ブームの説明もつくのではないかと思います。
    言語化がへたくそなのでわかりにくいかもしれませんが、参考になれば幸いです。
    萌の定義
    萌とは対象から無意識に連想、妄想したことに対して湧き上がる感情の総称。
    無意識の自己肯定で自己愛。
    萌のメカニズム
    萌対象(入力)ー>萌回路(出力)ー>萌感情
    萌対象:脳内にインプットされる対象(萌絵、萌作品その他なんでもよい)
    萌回路:脳内で萌パターンやシュチュエーションの詰まったデータベースを参照して妄想、連想などを行なう。ブラックボックス化されていてほぼ無意識に処理される。
    萌感情:萌回路に萌え対象をインプットした結果発生する感情。発生する感情は複数、単数、なんでもあり。
    萌の範囲は萌回路入力から萌感情発生まで、おもに認識されているのは感情の部分。萌は自己完結している。
    萌対象になるもの自体は萌ではない。萌えるためのきっかけでしかない。
    萌系といわれている作品は萌回路の出力の効率が良い作品。
    萌えは萌回路を持っていることが前提なので萌回路を持たない人は萌えることが出来ない。
    萌え回路を持つにはシュチュエーションなどのデータベースを構築していなければならないのでデータの蓄積の多いオタクといわれる人たちは萌と相性が良い。
    萌のメカニズムから導かれる最終的な萌の境地とは『自分萌』である。
    よって萌とは無意識の自己肯定で自己愛となる。

  9. apg より:

    いやー勉強になります。
    8の「良くない意見」にドキッとしましたよ。
    この前の記事にくろいぬさんに対して「もっと一般的な話にしないと」
    とかいってしまいましたから。そうですよねー一般的って何?って話ですよね。
    で、読み進めたんですが、結局ぼくが非萌えオタとして欲しいのは、そのあとの
    8の5「例」であることが判明しました。萌えている方同士にはおのおの「あのキャラ」を、
    心に思い描きながら意見を聞けますからいいのでしょうけど、
    具体的な絵が浮かばない僕には少々理解しづらい話になるのです。
    と、これはくろいぬさんのブログに書くべきコメントですね。
    しかし同様に「狭義の萌え」を理解していない(と言われてしまった)
    たけくま先生にも、具体的な例は必要なんじゃないでしょうかどうでしょうか余計なお世話ですね。

  10. ヒロポン より:

    議論というより意見の出し合いになっているのは、もともとサルまんのネタ出しとしての萌論という目的性のはっきりしたものだからでしょうねー
    議論の場というよりブレストですよね。
    そのことを無意識的に察知して論争を回避している当たり、皆さんの「竹熊萌」を感じますww
    …そう考えると、あまり絵柄の話にならないのは、露出が少ないために「相原萌」が生じていないからか……

  11. apg より:

    「質問がまちがっている」という箇所にも身に覚えありです。こわいこわい。
    あと、この「議論のしかた」を参考に考えると、
    今回の議論は「最初の問いが不明確」に当たるのかな、と思いました。
    元々はトラちゃんが萌えかどうかにはじまり、萌えという言葉の意味、「議論のしかた」でいう
    ところの「公理」を探す作業に突入した訳ですが、公理の定まらなさに萌えの本質があるのではないか、みたいな意見もあり。
    僕的には、萌えには「広義」と「狭義」の二種類がある、こと以外には、
    特に収穫がなかったような気がしてきました。しかし、「狭義の萌え」に関しての意見には、
    それを証明できる、萌えオタ独自の認識メカニズムがある、という所まで行き着いている話は少なかったんじゃないかと。
    色々難しい言葉で論じてらっしゃいましたが、
    基本的な人間の視覚認識のメカニズムの範疇でしかない話がほとんどだとおもうんですよ。
    言葉が違うだけで、上の豆たろうさんの意見も然り。(失礼ですが)
    でも書いてて不安になってきたのでもう一度全部読み返してみようかな。
    ぼくがバカなだけかも知れない。

  12. apg より:

    いや、人間である限り同じ認識メカニズム上にあるのは当然ですね。
    ただ、単純に「ぐっとくる」「広義の萌え」との違いを説明できていないと思うってことです。

  13. apg より:

    >ヒロポンさん
    いや、それほど皆さんたけくま先生のことを思っていたとは感じませんが。
    ぼくも何度か、「この議論はさるまんにおいて一体何の役に立つんだろ」と思い、ハラハラした場面がありましたよ。
    たけくま先生が一言も発しないのも、もしかして「全然役にたたねーよばか」とおっしゃりたいのかと思ったものですよぼくなんかは。
    この不毛な論争に萌えど真ん中のおれが決着をつけてやる!という覇気を感じこそすれ。
    いや皮肉じゃないですよ。
    まあ、ぼくはもちろんたけくま萌えですが。

  14. apg より:

    ↑いやーまた勢いでつまんないこと書いちゃったな。
    ということで、「議論のしかた」のルールにのっとって、上記のぼくの3つのコメントを撤回します。(笑)

  15. 遥海 より:

    >ネタ出し
    けれど、たけくま先生に興味持ってるオタクってなってくると、かなり年齢層高くなりません?
    オタク第5世代にまで敷衍できないと単なる回顧趣味になるような気がするんですよね。
    大人になりきれてない大きいお友達の萌えと、高校生や大学生の萌えってやっぱり違うと思いますし。
    つうのもあるサイトで、とあるツンデレキャラがセックスのあと着てる洋服が男物からレースのある服に変わった、その服は一体いつ購入したのかみたいな話題で盛り上がっており、もはやそういう感覚は自分の中には絶えて久しいものであったので、
    やっぱり「適わないな、違うな」と思ってしまったんですよね。
    さるまんの相原と竹熊にはそういう視点が残っていたんですが、どうも今回の萌え論議にはそういう「原始的な衝動」からかけ離れている気が
    してなりません・・・。

  16. 匿名氏 より:

    先生、関係ない質問です!
    竹熊先生は「論争の仕方」みたいな本とは別に「整理法」みたいな本も色々読んでいらっしゃるようですが、どうして先生の仕事場は雑然としていらっしゃるんですか?
    それともあの仕事場は一見カオスに見えて、竹熊先生の中ではどこに何があるかはきわめて分かり易くなっているとかですか?
    スミマセンが僕には机の上が乱雑な人というのは信じられません。でもハウツー本というのは世の中のカオスを一刀両断してくれるバカバカしい明快さがありますよね。

  17. apg より:

    >遥海さん
    いや、「原始的な衝動」的な文脈でコメントされてた方は何人かいらっしゃいましたよ。
    でも、個人的にですが、「狭義」と「広義」の
    萌えの共通項みたいなものを、「原始的な衝動」として、生物学的、心理学的に
    まとめるのはそう難しくないと思うんですよね。ベタって言うか。
    もしかしてそう感じているかたは少なくなかったんじゃないでしょうか。。
    それに変わる、新しい切り口はないもんかと、
    皆で頑張ってたのではないかと思います。

  18. apg より:

    >遥海さん
    あ、ごめんなさい!「原始的衝動」ってそういう意味じゃないですね全然。
    いやーばかだな。また撤回します。

  19. 骨男 より:

    今回の一連のエントリーはディスカッションやブレストのようなものが目的だと思っていました。紹介されているサイトで言うところの「対話」が近いのでしょうか?
    で、実際ほぼそういうムードになっていたと認識しています。
    僕は自分の考えも整理できたし、皆さんの意見はとても参考になりました。
    ネットでの議論としては割と良い部類だったんじゃないですか?
    僕の反省点は長文だったことですね。
    でも、微妙な話題ですので、理由をしっかり示すにはやはりある程度長さは必要だし、、、難しいです。

  20. apg より:

    >骨男さん
    骨男さんの論理「男性版母性」納得できました。
    しかし、その「男性版母性」を喚起する材料、「属性」と呼ばれる記号は、
    もともと現実に存在するものですよね。たけくま先生も言いましたが、
    「見たことのないものは想像できない」ことに依るなら。たとえばメイドなどは特に。
    それがなぜ、2次元でなければならないのか、2次元によらずとも、何故虚構でなくてはならないのか。
    この辺りはどのようにお考えなのでしょう。
    現実に「男性版母性」を行使すると、犯罪行為になる恐れがあるからでしょうか・・・?
    この辺りの話は現実との絡みが出てきますし、
    さるまんにもフィードバックされなさそうなので、深入りしなくても良いのでしょうけど。

  21. 骨男 より:

    こっちに書き込んでいいかな?
    >apgさん
    ズバリ、ほとんどの人が「愛のような感情」を現実より先に虚構で体験するからだと思います。
    眼鏡っ娘の例で言うと、現実で眼鏡のかわいい女の子と知り合って、ある程度の彼女の内面までもを知るチャンスは非常に少ないですが、もし漫画やアニメを見ていたらそういうキャラクターにはいやでも遭遇します。もし小学生時代に現実にそういう女の子と知り合っていればその人は現実でも眼鏡属性の人になるかもしれませんし、実際そういう人はいると思います。しかし、ほとんどの人はそういう体験を実際に経験する前に漫画やアニメで先に経験してしまいます。しかも、漫画やアニメはでは作品の数だけ異なった環境を体験しますので実生活に比べて経験する体験の数は膨大です。
    つまり、実生活より先に虚構世界で(パブロフの犬のように)条件付けられてしまうのです。
    しかも、一旦そう条件付けられた人が誕生するとその属性は漫画やアニメで繰り返し再利用されますのでますます条件付けは強化されます。
    もちろん多くの人はその後小学校高学年から中学生くらいでリアル初恋を体験しますが(ある意味このリアル初恋も、虚構で体験した恋が先にあって成立している)、虚構世界で条件付けられた影響が思春期、あるいは成人後にも残っているのではないでしょうか?

  22. 骨男 より:

    ところで、↑は僕が「属性萌え」そのものよりも「感情」にこだわった理由に大きな関係があります。
    この条件付けはキャラクター設定だけに起こるものではありません。
    例えば「カウントダウンする時計があと30秒をさしている」というようなシチュエーションは容易に「時間内に赤と黒のコードどちらかを切らなければ爆弾が爆発」というようなことを連想させて、受け手を簡単にドキドキさせることができます。
    あるいは少年が夕陽の沈む海を腕を組んで見つめていたらほぼ自動的にその少年は熱血スポーツ少年に思えます。
    このように、「条件付け」は虚構世界のあらゆるところで起きています。。
    しかも、この過程は何も「萌え」以降に始まったものではなく、昔からあったものです。
    ですので、「萌え」以降の「属性萌え」はこれが強化、強調されただけなのだとも言えます。
    この意味では、もし「萌え」の本質が「属性萌え」にあるのなら、「萌え」は、たけくまさんがおっしゃったように、複雑にコード化されたフェチとほぼ同じではないのかと僕も思うのです。
    ですが、僕には「萌え」という言葉の発明はただそれだけのものには思えないのです。
    なので、僕は「感情」にこだわっているわけです。
    また、長いのを連投してしまいました。すみません。…orz

  23. ヒロポン より:

    >apgさん
    誰かが「架空のフィードバックがある関係が萌である」という趣旨のことを書かれていましたので、その伝で二次元で無ければいけないのでは?
    現実では、ただのフィードバックになってしまい妄想の付け入る隙がなくなってしまって突っ走れないからじゃないかなー。
    でも拡散した萌概念ではアイドルなんかも2.5次元として対象になるのかしらw

  24. ヒロポン より:

    骨男さんの萌論は、TV世代以降現実と虚構の敷居が低くなったために起こったということなのかなー
    感情原型が物語によって形成されるというのは首肯できますね。恋愛資本論じゃないですが、ドラマもアニメも恋愛ネタ多いですしね。恋愛に関する原型がそこで生じているというのも納得のいく話ですねー

  25. くっぱ より:

    こんばんは。萌えの世代ギャップみたいな話題も出ているようなのですが、みなさんにとって萌えキャラとはどのような距離感で接する対象なのでしょう。極端な2つを挙げると
    ・盆栽のように一歩引いたところから愛でていたい対象
    ・相思相愛で性的にお互いを許しあえる関係になりたい対象
    のどちら寄りなのかに興味があります。というのも、どなたかの書き込みを見て、妹萌えと近親相姦への願望は本当にセットになっているのかどうか気になったからです。私は盆栽派&アンチ性的関係派なので、妹萌えの解釈として、性的な関係になりえない安心感のもとでカワイイ女の子を眺めて愛でたいとなると、無関係の女の子をストーキングというのも不自然だし、身近にいて日常的に眺めるのが可能かつ性的な関係になったときの人間関係の煩わしさの点で、妹や幼なじみ、クラスメートあたりが妥当なキャラ設定なのかなと考えていました。近親相姦したいという願望とは正反対の発想なわけですが、妹萌えにこだわらず、みなさんは盆栽派、性的関係派のどちら寄りですか。もしよかったら、うかがってみたいです。
    また、両派で萌えに関して本質的に共通する部分があるのかどうかにも興味があります。

  26. apg より:

    みなさんおはようございます。
    そもそも二次元に対する愛がある人が
    集まってくるこのたけくまメモで上の僕の質問は愚かしいものであるはずのに、
    親切に詳しく書いていただいて大変嬉しいです。ありがとうございます。
    でも改めて聞いてみたいってのはありまして。
    なるほど、しかし「愛のような感情」を虚構で先に感じる、というのには若干疑問を感じます。
    これは「議論のしかた」でいう「公理」ですね。
    しかし・・・いくら萌え絵の意匠が発展するにつれ現実離れしてきているとはいえ、
    それはやはり「現実の視覚情報の映し鏡」なのではないですか?
    みなさんこの世界に生れ落ちてきて、最初から2次元をみているわけではないわけです。
    最初に見るのは「母親の顔」といえば美しいのでしょうが、まあ現実的には「病院の天井」かなんかでしょう。
    つまり「先に3次元ありき」である。(「議論のしかた」で、~だと思う。という表現はよろしくない、と書いてあったので)
    ひいては「性的な興奮」も先に3次元で起こっているはずです。
    何故なら、「女性の絵」をそれと認識するには、まず本物の女性を見なければならないからです。
    もし、宇宙人が「人間の女性の絵」をみたら、生物として認識はできるかも知れませんが、
    まずオスかメスかの物議を醸すようなことになるのではないでしょうか。
     至極当然のことを書いてしまいました。
    あれ?ここまで書いてて不安になりましたが、萌えには「広義」と「狭義」があり、
    過去の萌えは「広義」(萌えという言葉が生まれる以前)そしてギャルゲーなどの
    発展に伴い発生したのが「狭義」でいいのでしたか?
    こうしてみると、広義→狭義→広義、となりますよね。最初の広義は萌え以前、
    オタク第一世代が感じていた萌え、(言葉はありませんでしたが)
    最後の広義は電車男に代表される社会現象としての萌え。
    で、オタク第一世代の萌えは、「ストーリー依存」で、狭義の萌えは「キャラクター(属性)依存」なんですよね。
    これ、あってますか?
    どなたか合ってるかどうか確認していただけますか?
     

  27. ヒロポン より:

    第一世代の萌は「ストーリーを通して感じられるキャラ」萌、狭義の萌は「キャラクター属性から感じられるシチュエーションとしての物語性」萌じゃないでしょうか。
    「シチュエーションとしての物語性」は「どじっ娘属性」等、物理的ではない属性として処理されていってしまたのでしょうが、最初から全ての属性が出揃っていたわけではなく、物理的な記号「メガネ」「制服」「姉(兄)・妹(弟)」「性格・行動」が物語に現れる時のシチュエーションをコード化して萌属性として完成度を高めていった結果。今言うところの「キャラ属性」になっていったのではないでしょうか。

  28. apg より:

    >ヒロポンさん
    先日のブレストで何度も出たであろう話を改めて書いて頂いてありがとうございます。
    しかし上の文章では「属性」と「記号」が同義に扱われてますよね。
    ここはどうですか?これは同じものですか?
    そして、「ストーリー」、と「物語性」との違いは?
    「ストーリー」は情報発信者から提供されるもの、
    「物語性」は情報受信者が作り上げるもの、といったところでしょうか。
    だとしたら、そこに明確な区別があるのでしょうか?
    「ストーリー」を読んで、読者がその後の「物語」を脳内で作るなんてことは、
    はるか以前からあることです。もっといえば、相手からの情報を、推測したり、想像したりして、
    発展させていくことは、基本的な人間のコミュニケーションです。
    つまり、脳内でキャラクターを補完する、という行為は、別段新しいことではないということです。
    >物理的な記号「メガネ」「制服」「姉(兄)・妹(弟)」
     「性格・行動」が物語に現れる時のシチュエーションをコード化して
     萌属性として完成度を高めていった結果。
    ここでの「物語」が発信者から提供されたストーリー、と言え、
    「コード化」を「お決まりのパターン」と読むことが可能なら、
    この話は「広義」の萌え、のことを言っているのと同じです。
    つまり「狭義」の萌え、を証明したいなら、
    「完全に【ストーリー】から脱却したキャラクターの存在」を提示しなければならないのです。
    キャラが先であろうと、「ストーリー」が先であろうと、そのキャラクター性が
    「お話」(急にでてきましたが、どちらの意味も含む、という言葉として)に支えられているなら、
    そこに違いはないのではないか、ということなんです。
    違いがあるとするなら、「お決まりのパターン」が超複雑に
    なったこと位なのではないでしょうか。
    たけくま先生もかな~り前の方で言っておられましたが。
    しかし書いてて凡庸な結論に達することほど哀しいことはありませんねぇ・・・
    この前に書いたことに関連してないし・・

  29. ヒロポン より:

    > apgさん
    凡庸な結論になってますか…それは申し訳ない。
     狭義の萌を「キャラクター属性から感じられるシチュエーションとしての物語性」としたのは、キャラ属性というものが個々の事物に対するフェティシュな執着ではなく、その物が属性としてもっている物語性まで含めたものという視点でこのように書きました。
     ここで言う「物語性」はその属性を受け取った時にセットで受け取るであろうシチュエーションの断片という意味での物語性です。
     例えば「眼鏡っ娘」という属性があったとき、その属性の絵柄等に「委員長」なり「妹」なり「ドジっ娘」なりの属性が重なった時に「眼鏡っ娘」で「ドジっ娘」であるキャラクター属性には既に「~した時には~する」といった、ある程度の物語性が付与されているのではないかということです。
     元のストーリーがあるとして、そうして受け取られたキャラ属性は元の物語とは齟齬をきたす可能性もあるわけです。受け取ったストーリーと、キャラ属性から感じる物語性に関連は無いのですから。それをもって、ストーリーから脱却したキャラクターというのは難しいですか?
     属性と記号がほぼ同義に感じられるように使われている文脈は、記号性としての萌がキャラ属性に変わっていった流れを考察しているのですから、ほぼ同義で語っていてもおかしくはないようにに思うのですが…

  30. apg より:

    >ヒロポンさん
    いや、凡庸なのは僕の結論のことでして・・・
    もし「狭義の萌え」が過去のものとは一線を画すものなら、
    それはそれでそっちのほうが面白いんですが・・・
    萌えてない僕としては、上のヒロポンさんの
    意見を読み解くのに時間がかかりそうなので、今日はもう帰ります。
    どうもありがとうございます。

  31. apg より:

    >ヒロポンさん
    なるほど、「物語性」は「シュチュエーションの断片」ですか。
    そう考えると確かにストーリーはいりませんね。
    ということは、完全に「ストーリーを持たない」キャラというのがいるんですか?
    あまり重要視されないとはいえ、なんらかのストーリーが
    ついているキャラがほとんどなのではないですか?
    過渡期なんでしょうか。
    これから「完全キャラクター」みたいなものがでてくるんでしょうか。
    ここまで書いてきて思いつきましたが、
    たとえば、キティちゃんに代表されるサンリオキャラクターはストーリーがありませんね。
    それもはるか昔から、完全記号化とも言える図像といい、
    キティちゃんは遥か以前に萌えを完全に体現していたといえるのでしょうか。
    萌えキャラって、複雑に記号化されたファンシーキャラってことなんですかね。

  32. ヒロポン より:

    ”擬人化”なんかが「萌」文化のコードから生まれた「ストーリー断片を纏ったキャラ」達というイメージがあります。
    ・タバコ娘
    http://www.ctb.ne.jp/~silver-s/
    ・鉄道娘
    http://rail-g.net/
    ・MAC OS娘(なぜマックww)
    http://evo7gt-a.hp.infoseek.co.jp/osmac/
     これらのキャラは、ネットの中で生まれてきたもので、持っているストーリーはそれぞれの製品の開発史位なものでしょう(笑)でも、キャラを付与されて萌えている人もいる。
     「完全なストーリー」は持たないキャラと言われると、”歴史系擬人化モノ”(こう呼ぶかは知りませんが)の「ニホンちゃん」とか「あふがにすタン」とかもありますよね。
    ・ニホンちゃん
    http://funshei.at.infoseek.co.jp/
    ・あふがにすタン
    http://www.yukai.jp/~timaking/
     これも持っているストーリーは国際関係というものです。がキャラに付与されているのは「おとなしい、礼儀正しい娘」とか「ちょっとドジで不器用な娘」といったものでその国の歴史とは関係がありません。そしてその属性から、逆に歴史の切り口が生まれストーリーとして成立してゆく(うまく嵌った例え話といってもいいですけど)。
     これは共通理解のあるコード群を再エンコードすることでストーリーが生成された例と考えると、まさに萌の構造が大活躍!といえるのではないでしょうか。

  33. ヒロポン より:

    書いておいてなんですが、上の例は萌の構造が暴走していった例と考えたほうがいいのかなー…発端は「萌」遊びありきだと思うので暴投とは思わないのですが、ちょっとボール球かも。

  34. apg より:

    な、なるほど。
    思わず思考停止してしまいました。
    しかし、ニホンちゃんは酷すぎませんか。
    あれで萌える人がいるんでしょうか・・
    まだよく解りませんが、視野に入れる価値はあるかもしれませんね。
    ありがとうございます。

  35. Gluten free alprazolam.

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