たけくまメモMANIAX

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2006年4月8日

俺のオタク時代(写真あり)

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Takekuma21sai01  こないだ実家に立ち寄りましたところ、父親が「おい、お前の写真が出てきたぞ」と申しますので、なにかと思ったらゲゲ~! これは俺の21歳当時のアレではないか!

 21歳というと、1981年。俺はもうオタクまっ盛りですよ。今より全然、見るからにオタク。つか、オタクなんて言葉は影も形もない時期からオタクだったわけです。この頃はまだデザイン学校に通っていたときだと思いますが、ぼちぼち編集とかデザインのバイトを始めていた時分でしょうか。

 この写真は見ればわかるでしょうがテレビスタジオで撮られております。横に写っているのが桂三枝師匠とあべ静江さん。「桂三枝のザ・恋ピューター」というお見合い番組に出たんですよ。『パンチDEデート』のパチモンで、一人の女の子をめぐって野郎が5人くらい出てきて争奪戦を繰り広げるというやつ。

 俺のミニコミ仲間の友人が、この番組で学生集めのバイトやってた。それで出たというか、出させられたわけです。俺の人生初テレビですよ。相手の女がどんな人だったかは完全に忘れました。

Amazon.co.jp:桜玉吉のかたちBeam comix: 本桜玉吉のかたち

『桜玉吉のかたち』という本に、当時の俺の話が出てきます。玉吉とはこの前年に新宿美術学院という美大系予備校で知り合いました。俺は玉吉を見て「世の中にはイケメンっているもんだな~」と思っていたわけですが、玉吉は玉吉で「初対面でいきなり“オタク”って話しかける奴がいるとは思わなかった」と言ってましたよ。俺、その記憶がまったくないんですが。

《O 最初にオタクと言われたわけだな。

玉吉 だからちょうど高校入ったときに、別の世界っていうか、こういう連中もいるんだなあという学習もしたんだけど、予備校入ったら、さらに全国から来てるからね。(中略)その中でもやっぱりサファリジャケットで長髪でメガネでっていう、今にしたら、本当に絵に描いたようなオタクなんだけど。
 (中略)いまだによく覚えているものね。いきなり第一声で健太郎が「オタクさあ…」って話しかけてきて。オタク、デッサンなかなかやるじゃん、とかそんな感じだったような気がするよ。後ろから話しかけられた。

O すげえな。ものの見事だ。第一声からして。んで、48キロでガリガリ。本人いわく、モロ、宅八郎。

玉吉 そうそう、オレ、宅八郎を最初見たときに、健太郎のコスプレかと思った。(中略)ここまでアニメ論みたいなことが出てくる人間が目の前にいるというのは、ちょっとしたショックだったね。(中略)やっぱり世の中、広いなと思った。怪獣とか何とかにしてもさ、自分なりには楽しんでいたけど、ここまでこだわって、こんなに、あからさまに語ってもいいんだみたいなショックはあったね。》(『桜玉吉のかたち』[エンターブレイン]奥村編集長と玉吉の対談より)

Mukasinoore01

←『ファミ通のアレ(仮題)』(アスキー)絵・羽生生純

 ちょうど俺と玉吉が出会って21年目くらいにこの対談がなされておるわけですが、「オタク…」って話しかけたことは全然覚えてない。玉吉に背後から語りかけた光景はなんとなく覚えているんですが。なんでそんな話しかたしたのかな。

 たぶん、俺も予備校で見知らぬ人と出会って、構えていたんじゃないですかね。どう話しかけようか……と思ったときに、「君」でも馴れ馴れしいし、「あんた」だと失礼だし、相手がどういうやつか探りを入れる感じで「おたく」って使ったのではないかと。よくわかんないですけどね。

 あと、手塚治虫先生の口癖が、誰かに呼びかけるとき「おーい、●●氏!」というものでしょう。それをトキワ荘の人たちがマネして「石森氏」「赤塚氏」みたいな呼び方をしていたではないですか。親しい関係にもかかわらず「氏」と呼ぶ、その微妙な距離感と、相手を「おたく」と呼ぶ距離感って、近いものがあると思うんですよね。実際、俺も中学時代は友達を「●●氏」って呼んでましたし。

 にしても、この3年後に中森氏が「おたくの研究」を発表したとき、俺は「たしかに雰囲気つかんでるけど、でも本当にオタクなんて話すやつ、いないよな」なんて不覚にも思っていたんですね。でもその20年後に玉吉から指摘されて「あ、本当にいたんだ。それも俺が」と気がついてショックでした。

Takuhatiro

←これが宅八郎さん(『イカす!おたく天国』太田出版より)

 宅八郎氏に関しては、昔、彼が矢野なにがしって本名名乗っていたときに一度会ってるんですけど、後のファッションとは全然違って、髪の毛も短くてアイビールックで決めたなかなかオシャレな人でした。確か当時は中森明夫のアシスタントみたいなことをしていたんじゃないかな。『オシャレ泥棒』とか『東京トンガリキッズ』なんかの。宅さんに言わせると、当時の自分は「オシャレオタク」だった、ってことになるわけですが。東京中のブランドショップを回っていたらしい。その後180度イメチェンして「宅八郎」になってTVや雑誌に出始めたんで、「お。やってるやってる」と思ったわけですが。

 そしたら昔の俺を知る友人から電話があって、「お前がテレビに出てるのかと思った」と。そのくらい、20歳当時の俺とイメージがだぶったみたいです。

 こういうファッションをなぜしていたかというと、単純に衣服に金をかけたくなかったからです。高校時代なんて、小遣いが一ヶ月2500円でしたからね。その時点で音楽方向は断念しました。だってLPレコード一枚がだいたい2500円でしょう。そんな金があれば、マンガが5冊は買える。もう選択の余地なしって感じで。

 髪の毛なんて半年に一度切れば十分って感じで、これも床屋代を節約してマンガを買うためでした。それで、年に一回くらい、イトーヨーカドーとかで季節はずれのバーゲン品の服とかシャツとか買うわけです。それを3年は着るので、ちょうど70年代半ばに流行った服の安物が、80年代初頭のオタクファッションになるわけですよ。たしかサファリジャケットが流行ったのが75、76年くらいだったと思いますよ。写真で着ているのは、たぶん高校時代、77年くらいに母親が長崎屋で買ったのをそのまま着てたんだと思います。

 高校時代に体重が48キロだったというのも、マンガ買うためでしたね。朝、母親から昼の弁当代を300円もらいましてね、それで昼飯抜きでマンガ買うわけです。中学時代は55キロくらいあったんですが、あっという間にガリガリになりました。それが30年後の今は73キロですから、人間どうなるかわかったものではありませんね。

Takekuma21sai02  それでこの番組に出演したとき「彼女にアピールするために、特技をお願いします」と言われて、宇宙戦艦ヤマトの『真っ赤なスカーフ』を歌ったんだよな俺。今から考えると、恥ずかしいを通り越してなんかすがすがしいですよね。

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| コメント(36)

“俺のオタク時代(写真あり)” への36件のフィードバック

  1. Hmmm.... より:

    いや、すがすがしくねぇですwwww

  2. 匿名氏 より:

    すごいエピソードですね、、、
    トキワ荘の人たちが「○○氏」と呼び合うのと「オタク」と呼ぶのは同じメンタリティという指摘はなるほどと思いました。

  3. apg より:

    たけくま先生、歯はどうしたんですか。
    いまでもこんな歯ですか。
    過去の恥ずかしい思い出が、すがすがしいと言えるのは、
    現在の自分の立場に満足しておられるからでしょうね。
    今の方が遥かに、人としてキャラとして
    「完成」した感じします。
    しかしイトーヨーカドー好きですね。
    中に着ている果物のスウェットが面白いです。

  4. たけくま より:

    この前歯はですね、小学6年のときに校庭でよそ見して走っていたら、友人と激突して折れてしまったものです。
    それからしばらく歯医者にかかってたんですが、途中で通院が面倒くさくなってほったらかしになってたんですよ。
    そしたらその十数年後にいきなり膿みはじめて、歯茎がこぶみたいにパンパンになってしまいましてね。そこで観念して治療を再開して差し歯にして今に至るわけです。

  5. apg より:

    ははは。歯茎がパンパン。
    そういうオタクの人っていまでもいますよね。
    でも、ダサいなりにも結構コーディネートは考えられてる感じがします。
    言っちゃなんですが、二枚目の写真の、隣の人のほうがダサいです。
    所で、宅八郎さんは今はホストとして、世の女性達に悪夢を見せているみたいですが、あれは何オタクとしての顔なんでしょうか。

  6. apg より:

    隣でぼくの彼女が、「たけくま先生ってかわいいね」と言っています。

  7. 3pj4 より:

    写真の格好、2006年的にはむしろ普通にアリなんじゃないでしょうか。

  8. 匿名 より:

    フルーツオブザルームを知らない世代もいるのね…。
    髪型をもう少しどうにかして、いまこの格好でそれなりの場所を歩けば、「わざとやってるオシャレな人」ですよ。
    流行ってちょっと遅れたくらいが恥ずかしいから、80年代アタマにこれはアウトだったんですね。
    ではいま「オタク」と称されるあたりの人達のしているファッションも、受け入れられる日が…???

  9. kamikitazawa より:

    〝ふぁっしょんせんす〟とかはともかく(とやかく言える人間じゃないので)、前歯の欠けた写真だけでかなりイムパクト大ですが、その後十数年間それをほったらかしにしてたってのがさらに衝撃発言です。
    だってその時期ってオトコが最も色気づく期間じゃないですか!!
    故・大山総裁の「片眉剃り山篭り」に相通ずる、熱く燃え立つ男の炎を感じざるをえません。
    男一匹オタク道!
    竹熊さんは男の中の男だ!

  10. 匿名 より:

    竹熊さんは20年ぐらいして、スピリッツの企画で
    「脱オタクファッション」をやって
    誌面に写真を載せることになるわけですから
    本当に人間どうなるかわかったものではありません。
    人間、メガネと髪型とファッションは大切であると
    あの企画で思い知らされました。
    あのファッションを維持できていたら……

  11. apg より:

    あ、フルーツオブザルームか、聞いたことあります。
    よく見たらオブザって描いてありますね。

  12. 匿名 より:

    どうみても30代後半です

  13. ご近所 より:

    懐かしい写真ですね。歯が欠けている頃から友達と「竹熊先輩、顔悪いと思う?」「思わない」「私も」とか言いあってたものです。
    それはそうと息子が「竹熊が(←呼び捨て)つまらないって言ってたけど」と言いながら「ナルニア」を見に行って「つまらなかった」と帰ってきました。PCアニメ講座は夫、娘、息子で出席。息子は友達が退屈がったので後ろ髪引かれながら中座して悔しがっていました。今後とも息子をよろしくお願いします(ゑ?

  14. kaoru より:

    ミソっ歯の状態で「奇跡のマサイ語」とか描いて周りの友達を爆笑させていたわけですか。
    うーん、それはやっぱりカッコいいかもしれん(ぇ

  15. ななし より:

    恋ピューターで 竹熊さんの恋は実ったのでしょうか?

  16. たけくま より:

    自分で着ていてなんなんですが、フルーツオブザルームって、今始めて知りました。俺はただ適当にバーゲンで叩き売られていたのを無意識に着ていただけです。

  17. ポン一 より:

    手塚治虫の言う「○○氏」が、相手をオタクと呼ぶ距離感と近いというのは、
    『マンガ夜話』で大月隆寛氏も語ってましたね(なんの回かは忘れた)。

  18. めんたこ より:

    昔の竹熊さんを見て
    誰かに似てるよな〜と悶々としていましたが
    タモリさんに似てると思い至りました。
    はぁー スッキリ。

  19. 情苦 より:

    記事とぜんぜん関係ないですが、
    ついに本田透さんのキモイ系文学誌(?)「ファントム」が4月22日に出ますね(たけくまさんの名前もある)。
    ネタだと思ったら本当にやってしまった(汗
    しろはた
    http://ya.sakura.ne.jp/~otsukimi/
    はてな
    http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D5%A5%A1%A5%F3%A5%C8%A5%E0

  20. 匿名 より:

    本田さんも宅八郎みたいに痛いキャラをつくって名前を売ったのな

  21. たいこ より:

    いまの竹熊さんのほうが好みです。
    ぽっちゃりしてて愛らしい。

  22. 永田電磁郎 より:

    私も同感です。今の竹熊さんの方が素敵です。
    先日、ちょうどその81年かあるいは82年のOUTの正月号を古本屋で買ったんですが、アニメファンのファッションの特集でした。
    まだ「オタク」という言葉は無かった時代…。

  23. apg より:

    一番目も当てられないのは「金をかけてるのにダサい」ことだと思います。

  24. Wen より:

    >俺のオタク時代
    今がオタクじゃないかのような発言!(笑)
    あと知人が宅さんの店に遊びに行って
    「宅ちゃんちょー男前だった!」と大喜びでした!
    おれもいってみてぇー!とかおもったり(笑)

  25. より:

    こういうのをカミングアウトできるあたり、本当、オタクに対しておおらかな時代になったんだなぁ、という気持ちがします。
    実際、上記の『ファミ通のアレ(仮題)』時代のの竹熊さんは多いに自分の過去を恥じておられますし。(作中だけで本当はどうでもいいのかも知れませんが)

  26. ご近所 より:

    ザ恋ピューターに出てた和服を着た彼女が竹熊氏を「個性的な方ですね」と無難に褒めていました。でも恋は実りませんでした。
    収録が大阪だったので竹熊氏は私の大阪のペンフレンド(女性)にちゃっかり会ってきましたね。

  27. nomad より:

    > 今の竹熊さんの方が
    そー思ったら嫁の世話をせんかい

  28. 御園あゆむ より:

    私はたけくまさんの年代の時代状況とか、オタク的な暮らしが酷く羨ましかったですね。うる星やつら「ビューティフルドリーマー」みたいな世界観でしょ。私は当時中学生で、アニメージュなんかを買ってまして、押井さんの「とどのつまり」なんかを見て、アニメーターになるのを夢見てました。

  29. より:

    竹本泉さんが今月号の「ドリマガ」に掲載されているエッセイマンガで、
    30年前の高校生時代を振り返っておられました。
    その漫画によると友人に「おたくさぁ~」と呼びかけ、
    お互い「タケモト氏」という風に名前に氏をつけて呼びあっていたそうです。
    アニメ・SF・ミステリ仲間では「お主」と言ったり。
    そういうコミュニケーションって30年前に同時多発的に
    生じていたんでしょうかね?

  30. パンチラ より:

    当時のオタクは裾丈短いベルボトムをはいてるってことで
    攻撃されることが多かったように思いますが、
    たけくまさんは、ちゃんとストレートのズボンなので
    おしゃれな感じがします。

  31. たけくま より:

    >パンチラ
    当時はそもそもオタクなんて言葉もなかったし、特に攻撃はされてなかったと思いますよ。
    単に「無視」されてただけで。

  32. あんとに庵 より:

    はじめまして。
    たけくまさんのうかつな雄姿。懐かしい匂いがいたしますね。
    美術系に多かった。
    わたくしはたけくまさんと同年代くらいですが、高校の同級生に何故か2人称が「おたくさぁ〜」という娘がおりまして。その呼称で「変な娘」と皆に思われておりましたね。
    彼女は「宇宙戦艦ヤマト」のファンで吾妻ひでおファンという典型的オタだったのですが、まだ「オタク」という明解なジャンルがない時代ですから、「オタク」が共通語と知り、その時代のモデルとなるキャラが実はいたのか?と思っておりました。

  33. [芸術]オタク

    オタクってのは今でこそ人口に膾炙し、特定の地位を築き、カウンターカルチャーな若者の琴線に触れたりしているようであるが、しかしまぁかつては「変なひと」の代名詞だったよね。 漫画文化に精通した文筆家であり編集家でもある竹熊健太郎氏の過去の話 ○たけくまメモ http://memo.takekuma.jp/blog/2006/04/post_82ee.html ■俺のオタク時代(写真あり) →写真をみて、懐かしい感じがしましたので思わずコメント欄に書いちゃったんですが、いましたねぇ。…

  34. 永田電磁郎 より:

    あの時代は割と二人称でオタクを使うアニメ・マンガファンは普通にいたような記憶があります。
    なお、竹熊先生の嫁ですが三十代半ばのニートか体重が三桁の女性しか紹介できませんがそれでもよろしいでしょうか?

  35. たけくま より:

    よろしくありません。

  36. 関根勤

    人間の記憶というのは曖昧であります。
    記憶の細部が改ざんされることなどはしょっちゅうあることだといいます。
    しかし人は、記憶そのものの「意味」すら180度変えることだってできるんです。
    昔関根勤が、新聞のインタビューでこんなことを言っていました。
    「ぼくは若い頃、1年間本当に何もしないでボーッとしていた時期があったんです。
    でも今思えばあれは、例えるなら<鳥が飛び立つ前の助走>
    的な期間だったのではないかと思うんです」
    大体こんな感じでした。
    しかし、しかしですよ…

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