たけくまメモMANIAX

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2006年4月15日

多摩美一日目(&桑沢のこと)

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そんなわけで多摩美の一日目も無事終了、こないだの桑沢と併せて今年も本格的に始まったという感じであります。

学生も、今年は別の人気講義と時間がかちあうため、集まりがどうなるかと思いましたが、最終的には2クラスとも満杯になりまして、喜んでいいのかどうなのか複雑な心境でした。まあ、ウィンザー・マッケイの「リトル・ニモ」という最終兵器をいきなり投入しましたからウケはよかったと思いますけどね。しかしまだガイダンス期間ですので、最終的にはどうなるかわかりません。

↓マッケイについてはこちらを参照
http://memo.takekuma.jp/blog/2005/01/95.html

「たけくまメモ」を読んでいる学生も増えているようで、「私のマンガも見てください」という学生さんが何人かいました。そもそも俺が大学で教えている最大の目的は「新しい才能に出会いたい」というものですので、そこは喜んでお相手しますですよ。

あと、前のエントリのコメント欄で、就職問題というか、俺や森川氏・伊藤氏が始めたゼミと「就職」との関係をめぐって議論が続いているようです。

俺自身はそもそも大学に行ったことがなく、これまでの人生で一度も就職したことがないので、そういう議論には参加資格があまりないのがもどかしいです(笑)。大学の先生のいいところは、「基本的に学歴は関係ない」ってところですよね。まあ教授になるとか、それなりに出世を考えると学歴は必要なんでしょうけど。

あと、桑沢デザイン研究所について少し説明しますと、桑沢はもともと「日本のバウハウス」を目指して設立された学校です。バウハウスというのは、1919年に美術・建築・デザインの新機軸を打ち出すためにドイツで設立された「研究所」であって、1934年にナチスによって閉鎖に追い込まれるまで、戦前における前衛芸術やモダニズム建築・デザイン運動の牙城になった場所です。

それの日本版を目指したのが桑沢です。実際、60年代までは日本の美術・建築・デザイン界のそうそうたるメンツが集まっていて、学生と一緒に「新しいデザイン」を「実験」した場所でした。たとえば、ある講師が独自の理念に基づく新表現のプランを立て、それを生徒とともに作りながら模索していたわけです。その意味では、就職のみを目的にした他の専門学校とはおのずと性格を異にしているといえるでしょう。

もちろん桑沢も、70年代から80年代にかけてだんだんと「就職率」を気にするような普通の学校になっていったのは事実ですが、今回の「ゼミ」計画は、実験精神に満ちた、本来の桑沢の設立理念に戻ろう」という試みだと俺は聞いております。俺たちだけではなく、他の先生がたのゼミに関しても同様です。

そのように理解してますので、正直いうと俺個人は学生の就職がどうしたとか全然考えてません。とりあえずやらせてみて、そこから何が生まれてくるかを見たいということです。そこは森川・伊藤両氏とも同じ思いだと思いますよ。

もちろん、こちらが教えることはある意味、表現の現場において役にたつはずです。しかし本当にそれが役立つか立たないかは結局本人の問題であります。それよりも学生がやっているものを見て、お互いに学ぶことがあればよいなと考えているわけです。

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| コメント(27)

“多摩美一日目(&桑沢のこと)” への27件のフィードバック

  1. 匿名 より:

    ということで、「求められる企業人像」論争をやっておられた方々、お疲れさまでした。
    さようなら。

  2. Aa より:

    >もちろん桑沢も、70年代から80年代にかけてだんだんと「就職率」を気にするような普通の学校になっていったのは事実ですが
    でしょうね。

  3. あんとに庵 より:

    まぁもともと、芸術にウニベルシタ(総合大学)があること自体、変なわけです。美大はフィレンツェのアカダミアが起源なんでしょうが、みんな普通はボッティガ(工房)で学んでいたわけですし。もっとも普通の学科の大学〔ウニベルシタ)も未だにイタリアでは「変人の行くところ」であり、古くは学者や学僧がうにゃうにゃと金にもならんような変な学問をこねまわしていたようなところですからねぇ。
    ましてやたけくまさんのおっしゃる通り、社会に出たら、美術系は先ず学歴よりも実践歴がモノをいう世界ですね。仕事で学歴を聞かれることはまずない。聞くやつは目の前に差し出された作品を自分で判断出来ん、ただの無能者だ。
    なもんで専科された学究の場(大学とかインスティテュート/専科学校)では柔軟で、なお且つ美学的な視点をいかに養うかが問われるわけです。芸術的野望や馬鹿な思いつきを芽吹かせ、それを具現化する能力の人間の育成が求められます。ですので学びの場は例えば商業デザイン系のバウハウスのような柔軟なクリエイティブ性のある空気が存在するのが望ましいのはいうまでもない。
    ・・・んで、牽引車となる先生のパッションはかなり影響する。<ここ重要。
    因みに、美大ではかつて「就職したら負け」という価値がどこかにあったな。

  4. Aa より:

    >美術系は先ず学歴よりも実践歴がモノをいう世界ですね
    (株)宝塚舞台とか。

  5. 匿名 より:

    漫画文化論、面白かったです!
    メジャーな作品ももちろんですが、先月の吉祥寺のイベントで話されていたような個人作家にも焦点を当てたお話もときどきは聞けると嬉しいです。
    ぜひ履修しようと思いますので一年間よろしくお願いします!

  6. 匿名 より:

    Aa=久美薫
    久美薫
    「宮崎駿の仕事―1979~2004」
    http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4886298761/250-0815192-9817028
    というジブリアンチ本の著者。にも関わらず、ネット上で暗躍しているネットゴロ。2chを主に活動の場とし、普通の掲示板にも出入りして姑息な書き込みを繰り返している。
    ホスト名「gifu.gifu.ocn.ne.jp」なら、可能性高。 2chで正体暴かれたことも。
    以前のココで大塚康生への人格批判をくりかえしたAaさんとは果たして。
    「千尋」掲示板 での久美薫のカキコ
    http://www.hi-ho.ne.jp/cgi-bin/user/kery/bbs5.cgi
    グーグルのキャッシュ
    http://72.14.207.104/search?q=cache:eMS-kMxaYXYJ:www.hi-ho.ne.jp/cgi-bin/user/kery/bbs5.cgi+%E4%B9%85%E7%BE%8E%E8%96%AB&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=47
    N 投稿日:1月6日(木)21時48分13秒
    j 投稿日:1月3日(月)07時45分31秒
    ら辺がそう。
    この掲示板は、ソースで開けばホストは判る。
    批判の矛先が人格批判に向かうところは、ネットゴロの面目躍如ですな。 似てる二人。

  7. nomad より:

    > 「求められる企業人像」論争
    僕は企業に勤めているのでその経験を通して書いたことであって、直截的に求められる企業人について言及をしたかったわけじゃない。企業に就職するなんて小さなことだし。
    冷笑的な態度で若い衆の試みを否定するのは害悪だと指摘したかっただよ。
    若い衆は勘違いしてどんどこ走っていってあっちこっちで盛大にすっ転んでいろんな経験をして欲しい。
    そういうとんでもない経験へつながる試金石として、たけくまさんのゼミは良いものになるだろうし、そう期待してる。
    若い衆も目の色変えて取り組んで欲しい、というエールを込めて。そうやっていけば企業なんかに頼らなくても自分の才能を見つけたり育てたりすることができるようになると思うよ。

  8. 匿名 より:

    もうお腹一杯です。
    脱線が過ぎる場合は自分のblogで書いて トラックバックして欲しいと思うんですが。

  9. 匿名 より:

    Wikipediaの竹熊健太郎の項目に以下のようにあります。
    「多摩美術大学つながりで桜玉吉とは仲が良く、しばしば漫画内に登場する。」
    しかし、竹熊さんと桜さんが知り合ったのは美術予備校時代なので、
    多摩美術大学は関係ないんじゃないですか?
    それとも、桜さんが多摩美に進学後に「つながり」ができたとかでしょうか?

  10. apg より:

    確かに今回Aaさんの脱線は酷かったですし、
    Aaさん以外の方には失礼ですが、読む価値のない議論だったと思います。
    しかし、コメントが長いだの、たけくま先生に失礼ですだの、
    トラックバックしろだの、余計なお世話な名無しコメントが多いのも事実です。
    コメント欄の自由なやり取りが面白いのもこのブログの良さなんだし、
    どこの誰とも知れない名無しにそんなこと言われる筋合いはないです。
    もちろんたけくま先生にやめろと言われれば止めますけどね。

  11. たけくま より:

    ↑↑↑玉吉とは予備校時代に知り合ったので、厳密にはその説明は誤りですね。
    ただ共通の友人もいましたし、その後もつきあいは続いていました。むしろお互いの家を行き来するようになったのは、玉吉が多摩美に入ってからだったと思います。それで彼も確か、1年か2年でイラストの仕事が忙しくなり、辞めてしまったはずです(卒業してない)。
    僕の友人には、玉吉みたいに大学の途中で「セミプロ」ないしは「プロ」になってしまったパターンが多かったですね。大学は一時的な「腰掛け」というと、言い過ぎかもしれませんが。

  12. 七市 より:

    コメント欄をかき回して売名行為をしようとするのもどうかと思いますけどね。

  13. 遥海 より:

    >新しい才能に出会いたい
    なるほど・・・。
    確かにわざわざ美術系の専門学校にいくならば、クリエイターになった方がいいですよね・・・。
    マンガ家になれるひとの才能を見出したいって思ってるのに、それじゃ集○社には就職できませんよ、と言ってるようなものなのでしょうか?
    ピンポンというマンガに、「血反吐吐くまで走りこめ、血便出るまで素振りしろ」って台詞があるんですが、たけくまゼミでそのくらい鍛えられてみたら、きっと何か得るものがあるでしょうね!

  14. 就職戦線脱走兵の憂鬱

    浪人してればよかった・・・

  15. あんとに庵 より:

    クリエイター系は社会出て一人になると、案外と孤独で孤立するんで、学校時代(予備校、大学、専門学校)の仲間ってのは貴重だったりします。その関係で新たなものが産まれる可能性もあるし。なもんで、まぁ行くのも悪くはない。
    学校時代の重要な課題の一つは・・・・友人もしくは先輩、先生との「飲み」であるよ。

  16. たけくま より:

    ↑あんとに庵さんも美術関係のお仕事のようですからおわかりかと思いますが、美大系予備校の横のつながりって強くありませんか?
    大学行っても、出身予備校で必ず派閥ができますよね。新美閥、お茶美閥みたいに。
    それでその関係が何十年も続いたりする。
    俺も、25年前、新美に半年通っただけなんですが、今でもつきあいのある奴が玉吉入れて数人いますし。

  17. あんとに庵 より:

    たけくま様>
    強いですね〜。いわゆる「戦友」ですね。
    予備校なら、うちらの時代は、どばた系、新美系、お茶美系とか別れておりましたね。(しばらくのち、代ゼミ、立美等も参入)私の世代は新美勢が強かった。
    その後は各大学、短大、専門学校での同級の付き合いも増え、ばらけますが。受験予備校の付き合いは(腐れ縁として生涯)続くようです。
    そういう「戦友」と、お互い「メジャーで会おうよ」などという無謀な野望を励ましあいながら、地味で女工哀史な、くりえいちぶ作業を行う下流な戦場を生き延びるのです。
    ところでたけくまさんは私の二ヶ上の方と思いますが、もしや新美デザイン科でukaiとかusuiとかやっちゃんとか、ご存知ですか。。(ローカルネタでごめんなさい>ALL)

  18. たけくま より:

    薄井さんというのは、かすかに覚えているような…ただそちらと同一人物かはわかりませんが。
    それにしても、予備校での関係が一生続くようなことって、一般の予備校なんかではどのくらいあるんでしょうね。

  19. あんとに庵 より:

    そういえばわたくしは小学校の時の塾仲間が未だに親友です。一回も学校は一緒になったことがなく、仕事も別物なのに。
    「東大における河合塾閥と、駿台閥と、代ゼミ閥」とか聞いたことがないですが、実はあるのでしょうか?

  20. 匿名氏改め・たにしんいち より:

    東大のことはよく知らないのですが(笑)、おそらく灘閥とか開成閥、私立大だったら付属校の派閥は存在するでしょうね。
    (HN本名に近いものにしました)

  21. 匿名 より:

    自分も東大ではないですが
    予備校閥はないですけど 同じ予備校に通ってたと分かると
    さらに講師閥に分かれますねw

  22. 名無し より:

    竹熊さんに、美大予備校の特殊性について書いてほしいです。
    あの閉鎖性と連帯性が美術界とどういうつながりをもっているのか、とか。

  23. たけくま より:

    美大予備校の閉鎖性と連帯性は独特ですね。俺なんか予備校の仲間とつるんで映画見に行ったりとか、そんな記憶ばかりです。
    学問と違って実技中心なので、短期間に特訓してもどうなるものでもないし、なんか入試直前まで遊んでいるのがカッコイイような変なムードがあったのを覚えてますね。
    東京芸大志望になると2浪、3浪は当たり前ですし、僕が通っていたときには6浪なんて人もいました。学科は「0点さえとらなければいい」って感じ。特に芸大は。今はどうだか知りませんけど。
    よく考えると周囲は全員ライバルで敵なんだけど。「戦友」っていう意識のほうが強いんですよね。あれは本当、独特のものがあります。
    それが美術界の人間関係につながるかというと、あるかもしれないけど、どうなのかなあ。商業美術系にはあるかもしれない。ファイン系は、そもそもそっちに進める人が全学年で数人とかなので、予備校閥よりも師弟関係とかのほうが重要になるのではないかな。

  24. あんとに庵 より:

    美術予備校での結束の秘密はたぶん・・・
    恥ずかしい自分を知られている。
    ・・・に尽きるかもしれないです。講評のときにぼろかすに言われて泣いたのを慰めてもらったり、若気の至りでわざと変な作品を描き恥をかいたり等。作品というのは自己をさらけ出すのでそれ評価される現場に互いに居合わせるっていう状況で、次第に気持が同化していくんじゃないか?戦場において、恐怖に泣く自分を知っている友。という感じかもですね。
    >なんか入試直前まで遊んでいるのがカッコイイような変なムードがあった
    それ、当時の新美の風潮でしたね。今はどうなのでしょうか?友人はインベーダーゲーム屋通いをして3浪する羽目になってました。
    仕事では既にそういう閥はあまり関係ないですが、出会った人と茶飲み話的に遠い目をしながら・・・ということはありますね。ノスタルジーの世界でしょう。

  25. たけくま より:

    どちらかというと、同じ予備校にいる奴は戦友で、別の予備校に通っている連中が敵だったかも。
    当時の新美だと、芸大進学率トップだったこともあって、どばたやお茶美を微妙にバカにしている感じがあった。デッサンの描き方なんかも予備校ごとに作法が違っていて、画風を見れば「お茶美」か「どばた」かわかったり。

  26. あんとに庵 より:

    たけくまさま>
    既に隠居の縁側茶飲み話になりつつありますが・・・笑)
    そういうのありましたね。「どばたには負けられねぇ!!!」とか。それ、そもそも予備校講師が煽るからでしょうね。「おまえら、お茶美のヤツらに負けてどうする?」なんて感じで。笑)
    「お茶美のデッサンって、黒い」とかありましたねぇ。このあたりルネッサンス的ボッティガ(工房)みたい。レオナルドはベロッキオの弟子だと絵面で判る。

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