たけくまメモMANIAX

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2006年6月4日

「たけくまメモ」の文体について

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昨日の朝カル「ブログ論」の講演、お陰様で盛況のうちに終了しましたが、言い残したことがありましたので、忘れないうちにメモしておきます。

「たけくまメモ」の文体についてなんですが、当ブログの「です・ます調」は、もちろん意識的にやっております。理由は、以下の3点です。

(1)話し言葉に一番近い

 ブログに最も適した文体は、可能な限り話し言葉に近い口語体が適当だろうと俺は考えてます。ブログは、不特定多数を相手にしたマス・メディアの側面がありながら、読者との距離が近い感覚があります。その意味ではラジオの深夜放送のようなもので、できるだけ普通の、身近に感じる書き方をする必要があるのではないかと。普通の会話で「で・ある調」で話す人間はまずいませんので、より自然な「です・ます調」にしておるわけです。まあ、さらに親しい人には、「~じゃんか」とか、もっとくだけた口調も現実には使いますが、不特定多数を相手にする以上、よほどの芸がなければ避けたほうが無難でしょう。

(2)個人的に書きやすい

 これも(1)に関連するのですが、隣の人に話しかけるように書けますので、個人的には非常に書きやすいということがあります。俺はもともとオシャベリであるせいか、文章を書くより、しゃべるほうが得意なのです。頭の中では、常に誰かに話しかけるかたちで空想をめぐらせるクセがありますので、「で・ある」のような断定調の文章を書く場合、頭の中で言葉を一度変換する必要があるのです。「です・ます調」のほうが、数倍は早く書けるような実感が正直、あります。

(3)偉そうな文章は場が荒れやすい

 過去のネット文章を読んできた経験から、偉そうな文章で書くことは、そのこと自体で他人の反感を買うリスクが高くなると思うわけです。実際に、ですます調は場(コメント欄など)が荒れにくい感じがします。ただし、何かの論を展開する場合には、断定口調のほうが論旨が強く印象づけられる効能はあります。ですます調だと、そこがややぼやける感じがする。他人に対して批判的なことを書く場合も「ですます」はふさわしくありません(慇懃無礼な感じを与えて、よけい荒れる原因にもなりかねない)。

とくに(3)のリスクをある程度カバーするために、俺はもうひとつ工夫をしております。それは他でもない、「俺」という一人称を使用していることなんですが。

「俺」と「ですます」の併用は、日本語として普通は混在させない文章なのですけれども、ここでは意識的なスタイルとして採用しております。つまり、「ですます」調の、ともすれば優柔不断に陥りがちな弱さを、「俺」という偉そうな一人称で相殺したいと思っているわけです。また、これを意図的にやることによって、文章にある種の「ひっかかり」が生まれればいいと考えておる次第です。

ただし、文章のテーマによっては、「断定調」が優れている場合も当然ありますので、今後は、うまく使い分けていきたいなと考えております。

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| コメント(9)

“「たけくまメモ」の文体について” への9件のフィードバック

  1. むう より:

    今、このサッカーと秋田の事件報道
    真っ盛りの時点で、
    たけくまメモを読む。

  2. naga より:

    >真っ盛りの時点で、
    >たけくまメモを読む。
    同じく(笑)。
    「ですます」の方はなんとなくわかりますが、
    「俺」の方は、印象に残ってないですね。
    (そこがポイントなのか?)

  3. 87分 より:

    「私」だと固いし「僕」はキャラが違うかんじ。
    実生活で自分のことを自然に「僕」と言う人に出くわすとちょっと感動します。
    珍しいわけではないけど。

  4. 情苦 より:

    >>秋田の事件報道
    今回の犯人(?)は女性でしたね((((゜Д゜))))
    >>文体
    よく、ジャーナリストが新聞と同じ論調(文体)でブログに書きつけたために、思わぬ反駁を受けている記事を見かけますね(汗)
    逆に、中の人がキャラになりきって演じているものが快く受け入れられたりするのがネットの文体の特徴と言えるのかもしれません。
    まあ、たけくまさんにはそれ以前からキャラが固まってるので「俺~です」調もイデ(当然)の選択でしょうかw
    キャラ文体の有無がプロと素人を分かつ線なら・・・上の文章を見てわかるとおり、ボクの慇懃カキコは素人のお手本みたいなものでしょうか Orz

  5. 秋田の事件、冤罪じゃないといいんですがね…
    強烈なのを身を以て知っただけに、k察まったくあてにならないと。

  6. apg より:

    あ、なるほど。
    記事では「俺」なのに
    コメントでは「僕」と言ってるのは
    そういう理由があったんですか。

  7. ぼぼ より:

    俺の多用で漢感を出しすぎて、兄貴度が急上昇したこともありましたね。
    俺とデスマス調は、
    「俺」でツンして「ですよ」「ちゃいます」で少しデレるネットアイドルであるたけくま様流ツンデレ。
    ああ、ヨン様。
    「な、なによ。 たまたま似ちゃっただけで、あなたの作品を意識したわけじゃないんだからね!」
    日本語は主語を使わなくて良いので、
    です・ます調、ある・である調、ですよ調、おるのです調、ヒロユキ型ますです調が頻繁に入れ替わるの方がたまに気になりますね。
    アクセントというより、「イタコ」の憑依人格が細かく入れ替わる感じで。
    で、ラジオ聞くと「俺は、なのよ、なわけよ」と訳知り業界人調で、ぬいぐるみのクマから斜に構えたオッサンが出てきてタバコふかしてるようなギャップを・・。
    文体というのは憑依人格なわけでして。
    ぶりっ子という言葉も昔ありましたね・・・
    気持ちツンデレのたけくまメモ。

  8. めたろう より:

    おもしろい!
    文体というのは、キャラクターの設定でもあるのでしょうが、
    人称「俺」においては
    「発信者(作家)としての表明」
    語尾「です・ます」においては
    「編集者(司会者)としての、公の場を意識した口調」
    を示す事が出来ていると思います。
    コメント欄においての「僕」への切り替えは、
    より柔らかいキャラクターに「降りる」事で
    参加者と対話を意識し、促進する効果
    があると思われます。
    コメント欄というのは、芝居における
    「客席」に相当すると思われるのですが、
    その公共性というのは
    「舞台」に相当するエントリに対して、
    上であるのか下であるのか?
    私としてはやはり、一つ下がったところにある、と思っております。

  9. エルモ より:

    自分がここを見るようになったきっかけは、実は「俺」です。って釣られてるし。

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