たけくまメモMANIAX

« | トップページ | »

2006年10月21日

皆さんありがとうございました

このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Facebook

昨日、母親の葬儀が無事終わりました。しばらくブログを空けることになりましたが、コメント欄に暖かい言葉をいただきました多くの方々、また弔電をくださった友人、仕事関係の方を含め深く御礼申し上げます。

本当は、こういう種類の私事をブログに書くつもりはなかったのですが、しばらく更新できないことだけは書いておこうと思い、その際理由をぼかすのも何なので、公表した次第です。

なにしろあっというまの出来事でして、倒れてからわずか22時間で母はあちらへ旅だってしまいました。脳梗塞にも種類があるそうですが、母の場合は最も進行が激烈なタイプだったとのことです。医者の話では、昔、彼女が患った心筋梗塞の古傷に血栓ができ、それが今になって脳の動脈を塞いだ結果、脳の左半分が梗塞状態となり、次いで動脈破裂を起こしたとのこと。

CT画像を見せてもらいましたが、なるほど、脳の左半分に血液が溜まってそれが右半分まで浸潤していました。医者は、はっきり言いませんでしたが、要するにダムが決壊したようなものであり、絶望的な状態であることは素人目にも理解できました。

翌日の午後になると、両目の瞳孔が開いてしまい、それは脳幹が冒されている証拠だということでした。ここで問題になったのは、人工呼吸器をつけて延命をはかるか否かということでしたが、医者によれば、つけたとしても早くて三日、もって一週間ということでした。父親は、それでも延命をと望みましたけれども、結局何をする間もなく、あっけなく呼吸が停止した次第です。

俺の人生にとって、この母はよくも悪くも強烈な存在であったことは確かです。剽軽で明るい側面があり、面白い人だった反面、非常な癇癪持ちで、自分にとっては猛母、でありました。その意味では、20歳で俺が家出を決意するきっかけを作った人でもあります。

高校の時、進路かなんかを巡って母と言い争いになり、俺も反抗心旺盛でしたので、数日間母を無視していたら、メシ時にいきなり頭から味噌汁をかけられたことがあります。俺が、頭にワカメを載せたまま、それでも知らん顔して黙ってメシを食っていると、その態度がさらなる母の激昂を誘ったのか、傍らの魔法瓶を投げてきましたので、さすがに俺も身の危険を感じ、思わず母に跳び蹴りを食らわせてしまいました。

まあ、これほどのことはさすがに頻繁にはないわけですが、激しい言い争いは毎日で、このままでは不測の事態に発展するといけないと思い、20歳の時に家出して、通っていた学校も中退し、俺のほうはプー太郎のまま現在に至っているわけです。

俺が20代のうちは、母親の顔を見るのも嫌でしたが、母が70歳を過ぎたあたりからは、彼女も病気を繰り返すようになり、だんだん往年のパワーが減じてきましたので、ようやく普通の親子らしい会話ができるようになってきたところでした。父も仕事を引退して家にいるようになってからは、母親の小言を一心に食らう毎日でしたけれども、割れ鍋に綴じ蓋とでもいいますか、長年の慣れであるのかまんざらでもなさそうでしたので、よかったなと思っていたところです。

とにかくまあ、一緒にいると大変な母でしたけれども、一歩離れて見るなら、こんなに面白い人もいなかったと思います。家事は、どちらかというと苦手な人でしたが、お金の計算が得意で、まあケチというか、非常な節約上手でした。

おとといの通夜(キリスト式でやったので前夜式といいますが)での父親の挨拶で初めて知った事実があります。最初に両親が海老名の住宅を購入したとき、ローンの返済計画書を母親が自分で作ったそうですが、それは銀行屋が舌を巻くほどの完成度だったそうです。そして、貯金と節約を徹底したおかげで、返済予定期間の半分でローンを完済したときも、銀行が「こんなのは初めてだ」と驚いたとか。

家計のやりくりという面では偉大な才能を発揮した人でしたが、一方ではどうやら若い頃は物書きになりたかったらしく、新聞や雑誌の投稿魔でもありました。俺が今ライターをやっているのも、おそらく母親の遺伝なのだろうと思います。

この度の母の死により、なにしろにぎやかな人でしたから、実家は文字通り嵐が通り過ぎたかのように静かになってしまいました。家計は母がすべて仕切っていたのですが、書類整理が得意ではなかったので、たとえば株券の管理とか、生命保険とか、そのあたりの書類を見つけ出して家族がかわって管理しなければなりません。

母親は保険好きで、自分で外交員をやったこともあり、家族をやたらと保険に入れていたのです。俺自身も、たぶん4つくらい生命保険や入院保険に入れされられていますが、どんな保険に入っているのか俺はよくわからないのです(時々、母が保険の用紙を持ってきては、ハンコを押させられた記憶しかない)。支払いは、すべて母が勝手にやっていたので俺も気にしてなかったのですが、じつは受け取り人は全部母親名義で、どうやら息子たちよりも長生きするつもりだったようです。

まあそれはいいんですが、その名義変更とか、俺の保険は俺が管理するとか、必要ないのは解約するとか、考えただけで大変です。まず書類を探し出さなければならない。それで、それに関する大量のメモを、彼女は残しているのですが、これがとんでもない悪筆なのです。それは文字というより、コナン・ドイルの暗号小説で『踊る人形の謎』というのがありますが、あんな感じなのです。

あとは通帳の類が何冊もあるのですが、どの通帳がどのハンコなのかを識別しなければなりません。最近の預金通帳って盗難対策としてハンコを通帳に押してないではありませんか。母親は、通帳のハンコを全部別々にしていて、どれがどれかは彼女の頭の中にしかないのです。これをどうするのか。

というわけでそのへんを整理するだけでも3ヶ月はかかると思われますが、父親は几帳面なのでそのへん全部やりとげるでしょう。さすがに長年の伴侶に先立たれてガックリきている父ではありますが、仕事は母がいくらでも残してくれたわけです。

思えば、家族で外出するときには、父や俺や弟が準備ができて玄関で待っているのに、そこから1時間以上、グズグズと身支度をしていた人でしたが、あの世に旅立つときは、まことにスピーディに逝ってしまいました。一時は家族一同、退院後の介護生活を覚悟していたわけですけども、そういう面倒を一切かけず、見事だったと思います。家族全員と、4人の兄妹に見守られての昇天でありました。

正直いうと、まだ母が死んだ実感がないんですけど、今後徐々に受け入れるしかないのでしょう。あらためまして、弔意を示してくださった方々、まことにありがとうございました。

たけくまメモMANIAX

| コメント(25)

“皆さんありがとうございました” への25件のフィードバック

  1. たけくま より:

    なお、ベタ遅れの締め切りを処理するため、これからしばらくは更新がとぎれがちになるかもしれません。

  2. 匿名 より:

    お帰りなさい。
    そして、1ゲット

  3. 母が死んだとき私は何を思う?

    最近ちと思うのが、「両親が亡くなったとき、私はどう回顧するのだろう」。 両親もだ…

  4. S より:

    インパクトのある方ほど、亡くしてからその存在の大きさに気付かされますね。
    自分の高校時代の友人が卒業後すぐ亡くなった時そう思いました。
    何にせよお悔やみ申し上げると共に、お疲れ様でした。

  5. エイジロー より:

    お帰りなさい。
    すこし休養を取られてください。
    疲れがたまったでしょうから、
    しばらくローギアのほうがいいかと。

  6. irose より:

    謹んでお悔やみ申し上げます。
     保険と銀行なら、ストレートに「わからなくなりました」と先方に言ってしまうのが早いと思います。先方にケーススタディは必ずありますから。
     書類の内容把握は完全にはできなくていいので、整頓だけはしておいてください。
    そうすれば後は(かなり)なんとかなります。

  7. Aa より:

    >しばらくローギアのほうがいいかと
    同感です。

  8. あわもりたろう より:

    お母様のご逝去、慎んでお悔やみ申し上げます。

  9. 映像温泉芸社 より:

    > 一時は家族一同、退院後の介護生活を覚悟していたわけですけども、
    > そういう面倒を一切かけず、見事だったと思います。
    これとまったく同じことを自分の父を亡くした時に思いました。
    改めてお母様のご冥福(キリスト教の場合は別の言い方なのでしょうが・・)をお祈りいたします。

  10. 三葉虫男 より:

    ワタクシ根が不真面目なものですから、お母様お亡くなりのエントリーには何となくコメント出来ませんでしたが、こちらでお悔やみ申し上げたく思います。
    このエントリーも読んで納得、さすが竹熊先生が家を出るきっかけになるだけあって激しいお方だったんですね。大変読み応えがあり、お母様への追悼としてはこの上ないかと思います。
    あと、たけくまラジオ3回目も面白かったでアリマス。

  11. 匿名 より:

    おつかれさまでした。
    あらためてご母堂のご冥福をおいのり申上げます。

  12. Phil より:

    私も「おつかれさまでした」を言わせて下さい。
    お母様の生前の思い出を読ませていただき、竹熊さんの性格形成の一要因を教えていただいたようで、少し感激しております。
    「たけくまラジオ」、毎回欠かさず何度も聞き直しています。今週も大変興味深く聞かせていただきました。ありがとうございます。

  13. くし より:

    お疲れ様でした。
    『踊る人形の謎』で声を上げて笑ってしまいました。
    お母様のご冥福を心よりお祈りします。

  14. tu より:

    たけくまさん、お母さん、お疲れ様でした。

  15. 永田電磁郎 より:

    お疲れ様でした。ラジオの第三回目もテンポ良く拝聴させていただきました。
    iroseさんが書いていらっしゃったように、ある程度わからない部分は問い合わせてしまった方がスムーズかもしれません。
    余談ですが、先日「あさくま」という川崎にあるお店に一家で食べに行ったのですが、息子が何度も「たけくま」と間違えておりました。

  16. MS より:

    目を閉じれば、この記事を書いている時のたけくまさんの姿と心情が目に浮かぶかのようです。
    これからゆっくりと、大切に受け止めていってください。

  17. あき より:

    言葉がみつからなかったのですが…
    物書きになりたかったらしく、というくだりで涙が出ました。
    お母様のご冥福をお祈り申し上げます。
    そして、お疲れ様でした。
    お仕事の方も忙しいとは思いますがご自分の体調管理に気をつけて下さいね。

  18. poti より:

    お疲れ様です。相続のときはその旨伝えれば戸籍謄本、同意書などを用意する必要はあるが印鑑は相続人の印鑑登録印になりますので。
    またきちんとやっといたほうが税務署の問題になるかと。まあお父様がきちんとやってくれるかと

  19. aikimaru より:

    遅ればせながら、謹んでお悔やみ申し上げます。
    たけくまさん。お疲れ様でした。

  20. 匿名 より:

    >これからゆっくりと、大切に受け止めていってください。
    同感であります。
    保険関連等、そうのんびりともしていられない事柄もございましょうが、
    3ヵ月と言わず、ゆっくり進められるものなら一年二年掛けて、
    諸々を解きほぐして行くことが、気持ちの整理にもつながるのではないかと思われます。
    遺された者にとってはそれこそが遺産となりましょう。

  21. たにしんいち より:

    世のニートのお母様達は、味噌汁を息子さんの頭からぶっかけた話を是非ご参考に!、ならないですか、、、すいません 
    これから寒くなりますがお体を大切に

  22. かなびん より:

     しばらく閲覧していなかった為、本日になって一連のエントリ、拝読しております。遅くなりましたが、お悔やみ申上げます。
     何の偶然か、たけくまさんのお母様の逝かれた日は、昨年、世を去った恩師の命日であり、このページを見る直前も、故人の思い出に心を巡らせていたところです。
     笑顔しか思い出せません。
     それだけにたけくまさんにも、どう言葉をかけていいか、わからんです。
     できるなら、一度じっくり葬儀の疲れをとってから、仕事はローペースで進めていくのがいいかと思います。
     急いで片付けると、スキができた時の「燃え尽き」が後をひく危険があります。
     僭越ではありますが、私も昨年、両方の祖母が他界したので、経験から進言させていただきます。

  23. ゲームとオタクコミュニティーの形成

    僕の小6の息子は酸っぱいものが大好きで、梅干専門店の常連客であり(ああまた来たの〜、と店のオバちゃんに言われる)、麦茶に大量のポッカレモンを入れて飲む(一度普通の麦茶と思って口に含んだ瞬間吹きそうになりました。ものすごくまずい)のを常としております。妖怪…

  24. かため より:

    竹熊さんなりの見事な追悼文と読みました。お悔やみ申し上げます。

  25. たいこ より:

    たけくまさんの原点を知った気がしました。
    素晴らしい文章でした。
    ありがとうございました。
    心からご冥福をお祈りいたします。

« | トップページ | »