たけくまメモMANIAX

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2007年2月5日

あの手品師はなんだったんだろう

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今回、生まれて初めての長期入院をやっているわけですけど、今の病院ではこうしてノーパソが使えるので(ネットを除く)気が紛れるものの、PCが不許可だった前の病院では、暇つぶしが読書とテレビ(有料)しかなく、長い一日を退屈と戦わなければなりませんでした。

手術直後の年末年始は集中力が持続せず本を読むのが辛かったので、もっぱらテレビを見ていたんですが、ご存じの通り正月番組はつまらないのが相場ですんで、つまらん、でも他にやることもないので見ていました。集中力いらないし。後の時間は、ベッドの上でひたすらとりとめのない回想にふけっていたりしてですね。

それでマジックの番組があるじゃないですか。別に正月に限らず近年は何度目かのマジックブームだとか。前回のブームの主役は超魔術のマリックさんでしたが、バッシングを受けて一時期表舞台から去り、それでもしぶとく復活して、今でもブームの一翼を担っているのだからたいしたものです。実際何度見てもおもしろいもんマリックさん。ネタもさることながら、演出や演技がいいんでしょうね。

もうひとりスターをあげるとすればプリンセス・テンコーでしょうが、俺はなんとなく覚えてるんだけど、彼女は70年代に確か朝風マリとかいう芸名でアイドル歌手でした。歌いながらハンカチ振ってハトを出したりする。当時10代だったはずだけど、初代引田天功に弟子入りして、魔術師ではなくアイドルになったという変わり種。なまじ顔が可愛かったからかな。でもアイドルとしてはキワモノ扱いで、人気もパッとせず、初代が急死してから2代目引田天功を襲名したはいいが、襲名披露の最初のマジックショーに大失敗してですね。それテレビ中継されたから俺よく覚えてるんだけど。

初代テンコーが得意にしていた大脱出マジックですよ。手足に手錠かけて大金庫に入って、その上から太い鎖でグルグル巻きにして錠前をかける。それで周りで盛大に火を燃やすの。そういう絶体絶命の状況から鮮やかに脱出するのが初代は得意でしたよ。俺の小学校時代は初代が大人気でね。よくテレビでやってました。中学の頃になるとユリ・ゲラーの超能力とかオカルトがブームになって、いわゆるタネのあるマジックが下火になって、初代テンコーさんしかたなく催眠術師に転向してましたけど。その後急死しちゃった。今の若い人はしらないかもしれませんが。

で朝風マリ、もといプリンセス・テンコーの黒歴史話に戻りますが、彼女、大脱出に失敗して、泣きながら救出されたんだよね。なかなか金庫から出てこないんで周囲があわて始めて。消火器かけたりチェーンカッターで鎖切り始めたりして。もうマジシャンとしては赤っ恥もいいところ。全国ネットの番組だったし、あれで芸能生命絶たれてもおかしくなかった。実際、彼女一回あそこで終わってたと思うんですよ。まさかその十数年後、アメリカで成功してプリンセス・テンコーとして復活するとは、あの時点では誰一人想像もできなかったと思う。

んー…なかなか本題に入れないな。エイ強引に本題入りますが、プリンセス・テンコーがまだ朝風マリだった頃、俺はまだ高校生でした。30ン年前かな。テレビで「世界のマジックショー」といったタイトルの特番があったんですよ。たぶん海外制作で、欧米中心に各国のマジシャンが紹介されて。その中で、名前も国籍も思い出せないんですけど、強烈に印象に残る人がいたんです。ああいう芸風のマジシャン、後にも先にも俺は見たことがない。今でもマジック番組見るたびに思い出しますもん。あの人のことを。

マジックそのものが凄かったとか奇抜だったとか、そういうんじゃないんです。強いて言うならば「芸風」が凄まじかった。なるたけかいつまんで説明しますが、その人、いきなりキレテるんですよ。舞台のソデから、観客を怒鳴りつけながら登場する。カンニングの竹山、あいつも舞台でキレて客を怒鳴りつけるじゃないですか。あんな感じで。今ならともかく、当時は舞台の上から客を怒鳴る芸人なんていなかったので度肝を抜かれましたよ。

それだけじゃないんです。その人、キレて意味不明の外国語をわめきながら、一歩一歩歩くたびに背広の裏からハトが逃げ出したり、ズボンの裾からウサギが逃げ出したりするんです。それ以外にも身体のあちこちからゴムボール落っことしたり全部スペードのエースしか印刷されてないトランプが何十枚もだらしなく落っこちたり、要するに手品のタネをこれでもかと落とし続けているわけです。キレながら。

見ているうちに、よくもまああんなにタネを仕込むことができるものだと感心してしまいました。このままわめいてるだけで手品はやらないのかなと思っていたら、今度は手足をぶんぶん振り回し始めてですね。もちろん怒鳴りながらですよ。そうするうちに、金属の大きなリングを派手な音立てて落っことして、顔真っ赤にしてそれを拾ったと思ったら、かけていたメガネとリングが一瞬にしてくっついちゃった。メガネはレンズのない、伊達めがねだったんでしょうね。そしたらメガネをとられた怒りを、おっさんリングにぶつけてる。それで、リングを床にたたきつけると、今度はリングが靴ヒモの穴に通ってしまって、そのままリングを拾おうとして靴と一緒にスッテンコロリンと転げたんです。

それを見ていて実はこの人、すごいテクニックの持ち主じゃないかと思ったんですが、ちょうどお時間がきたらしく、床に転げて手足をジタバタさせ、子供のように暴れているそいつのエリをショーのスタッフがズルズルと引っ張って、強引に退場していきました。

なんかもう、見た後もしばらくポカンとしてしまいましたが、当時の俺の驚きが少しでも伝わったでしょうか。ぜひもう一回見てみたいんですが、ついにその機会がない。名前がわからないんだよな~。これ読んだ人でマジックの世界に詳しい人がいましたらぜひお教えください。

わざと失敗してボケて笑いをとるマジシャンはいますよね。いまならマギー司郎、昔は伊藤一葉というオトボケ手品の巨匠がいました。でも俺の見たあのマジシャンはそういうのとは根本的に違った。強いて言うなら「パンク・マジック」とでもいうべきか。たしかセックス・ピストルズが日本に紹介される前だった気がしますよ。

世の中には、いろいろ凄い人がいるものです。[07’02/02記]

たけくまメモMANIAX

| コメント(20)

“あの手品師はなんだったんだろう” への20件のフィードバック

  1. shi-ta より:

    ワタシも見た記憶がうっすらとあります。
    いわれてみれば、もう一度みたいです。
    (情報量ゼロですみません)

  2. shi-ta より:

    ワタシも見た記憶がうっすらとあります。
    いわれてみれば、もう一度みたいです。
    (情報量ゼロですみません)

  3. たなか より:

    海賊みたいな格好でしたか?
    たぶん、トッパー・マーティンではないかと思います。
    94年横浜で行われたマジックの世界大会に
    ゲストで出ていましたが、同じような演技をしていました。
    自宅へ帰ったら確認してみます(^^;

  4. めたろう より:

    見てーーーー!
    たぶん、「お洒落」を要求されるマジックの枠組みに我慢ならなくなってそういう事はじめたんだろなぁ。
    でも、客はぽかーんとするだけで、、、、。
    年を取って、より洗練されたスラップスティックへ行ったんだろうか?
    それとも、怒るおじいちゃんキャラとして、
    今ならピタリとハマるのかな?

  5. パンプス 通販

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  6. エバレット・ヨウ より:

    たなかさんの書き込みをもとに少しググってみましたら、トッパー・マーティンさんはイギリス生まれのスエーデン人の手品師で、表記は Topper Martyn のようです。この名をキーワードにしてググると関連するサイトやページがいくつもヒットします。世界的に有名な方なんですね。

  7. 情苦 より:

    Topper Martynで検索したらこんなんでました。
    たぶん違うけど。
    http://www.youtube.com/watch?v=bysuLecIXb0
    http://www.youtube.com/watch?v=S7KN2XT1zW8

  8. INTER-WEB より:

    第67回目はネットのお役立ち情報~卒業すると、面白いこと

    INTER-GATE運営事務局です。数字って不思議ですよね。1年が365日だった…

  9. 通りすがりです より:

    Topper Martynで検索の結果、ここで見られましたー。
    (小さい上に要QuickTimeなのでご注意を)
    http://www.komikerklubben.se/topper.htm

  10. 昭和人 より:

    2代目テンコーの襲名披露中継は、私もよく覚えています。
    たけくま氏の記憶力はさすがですね。
    確かに2代目テンコーは全身を錠前で施錠されて、巨大な金庫(確かアステカ文明の遺跡にある巨石像の顔の形みたいな容器だった気がする)に入り、さらに容器を鎖でグルグル巻きにしてました。
    容器は火だるまになって、周囲は火薬がドッカンドッカン爆発していましたね。
    そして最後に2代目テンコーは、箱の中からススだらけで現れました。
    っていうか、2代目テンコーの襲名披露脱出マジックって失敗だったんですか?
    たけくま氏に指摘されるまで知りませんでした。
    2代目テンコーが泣いていたかどうかは覚えていませんが、爆破の衝撃で朦朧としていたのは印象に残っています。

  11. ワタシも見た記憶がうっすらとあります。
    いわれてみれば、もう一度みたいです。
    (情報量セロですみません)

  12. 2代目 引田天功

    人から指摘されるまで、物事の本質ってわからないものですね。
    最近読んだ竹熊健太郎氏のブログで2代目テンコーこと、現在のプリンセス・テンコーについて触れてあり私も触発されてしまいました。
    そこで、私自身の2代目引田天功に関する記憶を手繰っていきたいと思います。
    たけくま氏の解説どおり、プリンセス・テンコーの師匠、初代引田天功は天才マジシャンとして名を馳せていました。
    大掛かりな脱出手品を得意技としており、その華麗で、しかも危険を顧みない脱出技の数々に、日本中の子供はハラハラドキ…..

  13. わんちょ より:

    2代目テンコーが失敗したのは時代的に見てないのですが、『波瀾万丈』だったかのインタビューで、プリンセステンコーさんが、あれは生前の初代とそのスタッフが『やはり脱出ネタは初代の方が上』と思わせるために、放送中に自分を暗殺しようとした罠であった、と言っていました。真相はどうかはわかりませんが、やはり、大掛かりなマジックはスタッフの協力なくしてはできないと思うので、あの時に2代目テンコー暗殺プランがあったとしたら、なんとなくつじつまが合うような気がします。

  14. たけくま より:

    トッパー・マーティンという人でしたか。今でも活躍してるんですね。退院したらしらべてみよう。

  15. そして反抗開始!!自分流原点2

    スキンヘッドにしたはいいいいが・・会社いきづらいよね・・まあ仕方ない。上司の目線

  16. You Tubeからびっくりおもしろ映像入りましたぁょ!!この人まじ可愛いぃ!

    2006年8月に行われた
    欧州世界選手権での事故映像!!
    女子棒高跳びでエレーナ・イシンバエワが棒から手を離す瞬間に見えちゃった、丸秘映像!!
    (かなりレアでしたぁ。。。。)
    YouTube
    から≫動画(0分7秒)…

  17. 奈々しっぺ より:

    トッパー・マーティン(Topper Martin)は、残念ながら、一昨年2005年に82歳で亡くなられました。
    昨年のFISM2006ストックホルム大会で彼の遺品の展示があって知りました。
    ゆみさんのEnjoy FISMのFISM2006 4日目に展示の写真が載っています。
    http://www015.upp.so-net.ne.jp/yumimagic/fism2006/index.html
    FISM1994横浜大会では、私が色紙を求めた時に裏に「トッパー・マーチン」と印刷された名刺を貰いました。
    もちろん色紙も書いてもらいました。とても親日家で親しみやすい方でした。
    私が最初に彼のマジックを見たのは、1980年のテレビだったと思います。(VTRの記録から推測すると)それ以前に大阪のミスター・マジシャンの店主である根本 毅氏が「ファニーランド」(1970年代後半の出版)と言う本に、「トッパーの狂った狂った世界」と題して37ページにわたって演技の模様を記述しています。これはGene Andersonの”Topper’s Mad,Mad Magic”の翻訳ものと思われます。(「世界のマジシャン・フーズフー」松田道弘著、東京堂出版参照)

  18. AC弟子 より:

    > 『波瀾万丈』だったかのインタビューで、プリンセステンコーさんが、
    > あれは生前の初代とそのスタッフが『やはり脱出ネタは初代の方が上』
    > と思わせるために、放送中に自分を暗殺しようとした罠であった、と
    > 言っていました。
    初代引田天功の弟子は何人もいたようですが、女は自分ひとりということで、
    嫉妬や嫌がらせを受けていた……という記事をどこかで見たことがあります。
    特に二代目になってからはひどかったとか。

  19. おもしろいもの発見

    ぐふふ・・・これを見たとき思わず大声で笑っちゃったよ(笑)

  20. じた より:

    遅レスすいません。どうしても言いたくて。
    この脱出劇の番組は見ていませんでしたが、プリンセステンコーが他のマジシャンに妬まれていたという話は聞いたことがあります。
    ある舞台の後、楽屋に戻ると、机の上に、手品に使うハトの生首がずらーーーっと並べてあったとか。
    (手品師は、ハトを「出す」ために飼ってるんですよー^^)
    今までも嫌がらせは受けていたが、これは本当にヘタすると命が危ない、と思い海外へ脱出したとか。
    …確か何かの番組で本人が語っていたと思いますが、記憶違いかもしれません。
    が、事実なら、逆に日本でないから成功できたというべきでしょうね。
    漫画家でも、アシスタントが若くて才能があると全力でデビュー阻止&飼い殺しをもくろむベテラン女性漫画家の話とか聞きますし、実力社会とはいえ、才能だけでは渡っていけない業界の闇ってあるんですね。

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