たけくまメモMANIAX

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2007年2月7日

あれが“死”か。(1)

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ブログにも既に何度か書いたが、昨年12月19日、俺は2度目の脳梗塞発作を起こして死にかけた。医者や親父の話を聞くと、脳出血も起こしていて本当に死の一歩手前まで行ったようなのだが、残念なことに俺はまったく覚えていない。麻酔でぐっすり眠っていたからである。

だから、死の淵をかいま見た人の多くが体験するという、いわゆる「臨死体験」も経験しなかった。もしかすると経験したのかもしれないが、全然覚えていない。勿体ないことである。立花隆の『臨死体験』その他類書をひもとくなら、臨死体験のパターンは世界中でおおむね決まっていて、暗黒の世界にある暗く狭い穴にグングン引き込まれていくと、突然視界が開けて光に満たされた広大な空間があらわれるのだという。人によってはそこは草原であったり花畑であったりするそうだが、なぜか前方に川が流れていて、向こう岸に死んだはずの肉親などが立っていてこっちに向かって手を振っている。そこで死者の招きに応じて川を渡ると二度とこの世には戻れないのだというが、俺の場合は花畑も死者もな~んも見られませんでした。

その代わりといってはなんだが、死の淵からこっちに生還した記憶はなんとなくあるから不思議である。まあ結局、それは麻酔から醒める課程そのものだったりするのだが。

最初は親父の声で意識を取り戻した。「健太郎、健太郎」と呼ぶ声がしきりに聞こえるのでなんだろうと思ったのだ。もちろん親父は生きているので、あれが臨死体験の死者の呼びかけであろうはずがない。親父は現実に、病院のベッド脇で俺に呼びかけていたのである。ただこっちはまだ麻酔が効いていて半覚醒というか、意識混濁状態なので「ああ」とか「うん」とか生返事しかできなかった。親父によれば、俺が親父の呼ぶ声で目を開いた」というのだが、そのとき何かを見た記憶はまったくない。終始暗かった覚えしかないから、目を開いたのだとしても、視神経がちゃんと働いていなかったのだろう。麻酔が半効きの状態でまどろむ意識はなかなか心地よく、布団の中は暖かくて気持ちがよかった。暗闇の中で湯船に浮かんでいたような感じだ。もしかすると母親の胎内にいる感じを仮想体験していたのかもしれない。

もちろん、周囲を包む闇の向こう側には広大な虚無が広がっているのである。あの虚無の暗黒が、即ち「死」というものなのだろう。変な感想だが、正直に告白するなら、死からの生還プロセスそのものは結構心地いい体験だった。あの暗い世界に引きずり込まれることが「死」であるなら、「死」それ自体はそんなに恐ろしいものではないな、とも思った。

脳梗塞は俺の場合痛みや苦しさはまったくなかったし、開頭手術にしても、麻酔が効いていたので痛くはなかった。死にもいろいろあるわけで、死に方によっては、とてつもなく痛かったり苦しかったりするに違いない。同じ脳卒中でも、くも膜下出血などはとんでもない激痛であるというし、末期ガンの痛みも人間が感じうる最高度の痛さなのだという。いずれの場合も俺は耐えられそうもないのでお医者におかれましてはさっさとモルヒネを投与していただきたいものであります。

脳には痛覚がないらしい。だから脳に直接ダメージが加わる脳梗塞死は、くも膜下出血をのぞけば痛みも苦しみもなく(感じることができず)、あっという間に意識を失う(失わない場合もあるが)という点で、そう悪くない死に方だと思った。ただし問題は、重篤な後遺症を抱えて「生き残った」場合である。この場合しゃれにならん苦難が待ち受けているので、「死ぬときは脳梗塞で」と簡単に願わないほうがよい。結局「いい死に方」なんてなかなか思いつかないわけだが、いずれにしてもあなたも俺もいずれは百パーセント死ぬわけだから、あんまりジタバタしてもしかたがない。

今回の俺は完全にラッキーだった。生き残ったばかりか、すでに社会復帰の望みまで見えているからだ。リハビリも順調で、これを書いているつい今し方、医者から「歩行許可」が出たばかりだ。しばらく看護師付き添いという条件がつくが、今日から歩いて食事やトイレに行くことになる。これはかなり順調なパターンなのだという。

生き残ってしばらく経ってから思ったことは、はなはだ凡庸な感想だが「生き残ってよかった」ということだった。本当に、心の底からそう思えたのである。生きている今の時点で振り返るなら、万一あそこで死んでいたら、自分の人生は一体なんだったのかということになる。俺には半端なかたちで中断している仕事や計画、まだ手をつけていない「やりたいこと」がいくらもあるので、それらに手もつけずにこの世からオサラバしてしまうのはなんとも惜しいのである。せっかくブログも始めたことだし、人類史上最大の発明である(と、俺は思っている)インターネットの行く末も、もう少し眺めていたい。とまあ、まだまだこの世には未練があるのである。【つづく】

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| コメント(24)

“あれが“死”か。(1)” への24件のフィードバック

  1. apg より:

    生き残って本当によかったですね。
    ジョージ・ルーカスも
    交通事故で死にかけてから、
    生き方が変わったそうです。
    他にも誰だったか、思い出せませんが
    よく聞く話です。
    「生まれる」「死ぬ」以外では
    これ以上無い強烈な体験ですものね
    「死にかける」は。
    女性の場合は「子供を生む」も
    ありますか。
    たけくま先生のことですから、
    これからの創作に何かしら
    活かしていくことでしょうね。

  2. ジョナサン上田 より:

    12月29日の発作、そんなに酷いものだったのですか。よく知らないでおりました。
    お礼を書くのなども実に変な話ですが、こちら側に踏みとどまってくださって本当にありがとうございます。としか言えません。

  3. ひま より:

    「麻酔が半効きの状態でまどろむ意識はなかなか
    心地よく」
    これは、私も、経験があります。
    生きているとだんだんわかってくるにしたがって
    死んでいたほうが楽なのに、めんどくさいと
    思ったものです。心地よい世界が、だんだんさめて
    いく。
    しばらくたつと、死にたくないと未練がでてくる。
    どうやら、これは、大半の人に共通する一般的
    なパターンなのかもしれません。

  4. 星野 より:

     死にかけて生還した話は,本などで読んだことはあります.でも,こんなに倒れて,入院中のリハビリ途中でのこんなリアルタイムの記事読んだことがない.リアルさが桁違いにちがう.これは,ネットの力と呼んで良いのでしょう.確かに今日の話も,ちょっとは前の話ですが,今日書いたことを読むことの力を感じています.吾妻ひでおさんの放浪記だって,リアルタイムなブログだったら,,,無理か.
     無理せずに,リハビリしてください.時々書かれるここの記事楽しみにしています

  5. 未熟な体 より:

    ちか

    たまにはいいでしょ。男も女も。

  6. うに より:

    月並みな言葉ですけど、早く元気になってください。じゃないとガンジス川に流します。
    小さい頃交通事故に合ったことがあるのですが、アレは不思議な感覚です。頭を強く打ったらしいのですが、痛みもなく白い世界にスーっと吸い込まれる感覚でした。視界はぼんやりと、ちょうど中央だけが見えて他はくもりガラスのようで、苦しいどころかむしろ気持ちよかったんです。
    夢は見ませんでした、何も「無かった」としか。
    点滴の針を刺そうとしたところで目が覚めました。点滴が痛くて…「ギャー」っと叫んでしまいました。
    幼稚園児vs幼稚園バスはこうして幕を閉じたのでした。
    思考できない事が死ならば、僕たちは毎夜死んで毎朝蘇ってるのかもしれないなーと思った事を覚えています。
    元気になったら僕らとまたたくさん遊んでくださいね。

  7. エイジロー より:

    遅ればせながら、死地からの生還おめでとうございます。
    お話を読ませてまらってますと、まさに新たな人生が始まったようです。
    しかも前世の記憶を残したままで~。
    もしかして「たけくま 2.0」なんですかーっ!

  8. hoge より:

    生還してよかったです。
    ちょっとだけ
    「桃太郎インガンジス」を思いだしました

  9. たけくま先生命 より:

    今回のエントリーは深い。
    まるで宗教書を読むようです。
    参りました。

  10. 長谷邦夫 より:

    麻酔による眠りという点においてだけ
    似た体験をしました。
    網膜はく離による全身麻酔です。
    手術室のベッド上に手足を縛られて、麻酔医と
    雑談しているうちに眠りに入り、
    そのあと、一切夢など何も見ず、
    痛みも全く感じず、……
    「長谷さん、長谷さん」と呼ぶ声で目覚めました。(あれ?2~3分たったかな…)と感じた
    のですが~
    「手術終わりましたよ」と言われてビックリ。
    ストレッチャーに乗せられて、病室のベッドの
    そばにいたのです。
    初めての麻酔体験です。
    いや~それにしても、「臨死体験」せずに
    目覚めたことが、素早い回復に繋がって
    いるような気がします。
    素晴らしい回復ぶりではありませんか!

  11. もみゅ より:

    人生は2度ある。
    生まれたときと、死に直面したときと。
    2度目の人生、どうか健やかにお過ごしください。

  12. メルヒェンおぢきごふぁん より:

    キングコング機長の「モーフィーン」という発音が俺の英語への何番目かの扉を開けたと思っちょりまふ
    かつ 扉の閉め方を考えていこうかなと
    彼の国におけるラテン語のいきさつを参考に

  13. あれ、死んだかな、生かされてる

    8週間の飲まず、食わず、起きあがれずは長くつらい。もっとも、1日が24時間なんて

  14. にょろろん より:

    脳出血で臨死体験しました。
    頭は気が狂うくらい痛かったです。
    脳圧といって、血液がもれている分、頭蓋骨の圧力が上がっているらしいです。
    1年経った今でも頭痛はひどいです。

  15. 永田電磁郎 より:

    生きていて良かったです…。
    私も麻酔から醒める過程は一度経験しましたが、後にも先にもあれと同じ感覚は一度も味わったことがありません。呼ぶ声がぼんやり聞こえていて、だんだん霧が晴れていくような感じで。

  16. 無名 より:










    と、なってるのは狙ってらっしゃるのでしょうか?
    とか、無駄な事に気付きつつも、ご生還おめでとうございます。と言わせて下さい。
    早くの復帰をお待ちしてます。

  17. 性風俗大好き より:

    なんと言えばいいのか言葉が見つかりませんが、
    たけくまには生きていてほしいです。
    たけくまがんばれ!

  18. スペル聖人 より:

    ×麻酔から醒める課程
    ○麻酔から醒める過程
    の誤記だと思いますので念のため。

  19. 雪子 より:

    私は私が死んで誰も困ったり悲しんだりしないのであれば死にたい。たぶん自分から死ぬ勇気はないから交通事故や災害などで死人がでたニュースを聞くと羨ましく思ってしまう・・・私が代ってあげればよかったと・・・

  20. にせロッカー より:

    君は、結局自分の事だけを考えているんじゃないのか。
    誰かの為にと考えるなら、誰かの為に生きろ。

  21. 雪子 より:

    わかっています。自分の為にと言うか自分勝手なのは・・・誰かの為・・・それがわからなくて・・・私が生きている事は誰かの為になっているのでしょうか?誰かの邪魔になっている様な気がして・・・誰かの為になっているならうれしい・・・

  22. 岡本文代 より:

    3月3日に姉が71歳で実家の浴槽で死んでいました。今日は身内だけの告別式。プログする気にもなれないで、ただボンヤリ見てるとこのプログ
    に出会いました。「死」は突然やってきて大切な人を持っていく。姉はくも膜下出血で13時間の手術を受けて8年生きました。独身だったので家族は兄妹だけでした。私には「母」のような存在であったので心の空虚感はなんとも言えないものがあります。これからはお体気をつけて寿命をまっとうして下さい。全うする方が「良い死に方」するのでは・・いっしょでしょうか?分からない。仏教的にはどうなんだろう?

  23. 岡本文代 より:

    3月3日に姉が71歳で実家の浴槽で死んでいました。今日は身内だけの告別式。プログする気にもなれないで、ただボンヤリ見てるとこのプログ
    に出会いました。「死」は突然やってきて大切な人を持っていく。姉はくも膜下出血で13時間の手術を受けて8年生きました。独身だったので家族は兄妹だけでした。私には「母」のような存在であったので心の空虚感はなんとも言えないものがあります。これからはお体気をつけて寿命をまっとうして下さい。全うする方が「良い死に方」するのでは・・いっしょでしょうか?分からない。仏教的にはどうなんだろう?

  24. fumiyoo より:

    申し訳ない、2つもコメいきました。削除してください

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