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2007年2月27日

コレクター考(6)俺が出会ったコレクター達(四)

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Z氏のコレクションは「質」において究極と呼べるものだったが、次に紹介するX氏は「量」において究極だった。いや、別に「質」が劣っていたわけではない。Z氏が凄すぎるだけだ。もちろんX氏のコレクションも超Aクラスであることは間違いない。しかも広大なコレクションルームを持ち、整理も完璧だった。その意味ではZ氏を凌駕していたともいえる。

X氏に関しては、じつは仮名表記するかどうか迷った。特オタの世界では、X氏が某地方都市で経営しているマニア向けショップは有名である。「ああ、あそこの店長ね」といえば、若い特オタでもすぐわかるはずだ。しかもこの店は古物取引だけではなく、昔のソフビや撮影用小道具などの復刻も手がけており、コレクターズ・アイテムを自ら製造販売していることでも特異な存在である。マニア界では、ある意味「公人」に近いともいえる。(ただ本人が積極的にマスコミに出るタイプではないので、仮名にした)

つまりX氏については、本来なら「まんだらけ」の古川益三社長や、「なんでも鑑定団」の北原照久氏などと同列にして語るべきかもしれない。コレクター相手に「商売」を営んでいるという点で、一般コレクターとは一線を画すべき存在だと思う。

しかし北原氏なども最初は一コレクターだったし、現在も「ブリキのおもちゃ博物館」で自分のコレクションを公開している。本来、純コレクターが古物商を営むと失敗するのが通例なのだが(レア物が入荷しても売るのが惜しくなって商売にならないから)、北原氏やX氏のように、一流のコレクションを築きながらも、同時に「商売」も成功させるバランス感覚のとれた人もいるのだ。

俺がX氏のコレクターズ・ルームに赴いたのは九〇年代初頭。当時関係していた雑誌「クイック・ジャパン」で「レインボーマン」の原作者・川内康範氏のロング・インタビューをとったときのことだ。誌面に七〇年代川内ヒーロー物の図版が使いたかったので、「70年代ヒーローなら究極のコレクターがいる」ということで会いに行ったのだ。カメラマンの車で、赤田編集長と俺の3人で揺られること数時間。車は、某地方都市のビジネスホテルの駐車場に滑り込んだ。べつに、このホテルに投宿するわけではない。X氏のコレクション室が、なんと、このホテルの中にあるというのだ。

じつはこのホテルはX氏の父親が経営しているという。氏は父親に頼み込み、このワンフロアー(!)を借り受けているのだ。もちろん自分のコレクションを収容するためにである。

通されたコレクション室、いやビルのフロアーを見て、さすがに度肝を抜かれた。とにかく広いのだ! 東京に住むコレクターが等しく抱く悩みに、コレクションの「置き場所がない」ということがある。要するに、家賃の問題である。コレクションにはいくら金があっても足りないのに、それを置く部屋の家賃は痛い。親から大資産を受け継いだならいいが、コレクター一般としては永遠の問題である。Z氏などは、厳選した激レア物に対象を絞ることでこの問題をなんとかクリアしていたわけだが、にしても「広い部屋が欲しい」とは思っていただろう。

X氏の場合、地方在住ということでもともと家賃が安いうえに、実家がホテル経営ということで広いスペースが確保できた幸運もあった。聞けば、市内に倉庫も借りているということだ。そちらはお店の在庫を置くためのもので、完全に商売で借りているとのこと。実家のホテルは、商売抜きのコレクション専用スペースなのだという。

フロアに入って最初に目に飛び込んだのは、『ターミネーター』第一作に登場する、スケルトン型ターミネーターの実物大模型だった。あちらで販売されているレプリカなのか撮影用の本物なのか聞きそびれたが、すごい迫力であたりを睥睨していた。X氏はてっきり和物専門だと思っていたので、いきなり洋モノのゴツイのと遭遇したのが意外だった。まあ、お店に来る客には洋モノマニアもいるだろうから、このくらいはあっても不自然ではなかったが。

フロアは改装されており、ホテルの面影はあまり残っていない。いくつもの部屋が壁ぶちぬきで繋がっていて、それぞれ「60年代ヒーローの間」「ゴレンジャーの間」などに分かれている。「月光仮面」専門の部屋もあった。また事務所にあるようなファイリング・キャビネットが何十本もあって、雑誌の特集の切り抜きや、怪獣絵本などが作品別できれいに整理されていた。コレクターの部屋として完璧だ。俺は未だにあれほど整理されたマニア部屋は見たことがない。やはり増殖するコレクションを完璧に整理しようとすれば、このくらいのスペースは必要なのだろう。

Xコレクションの最大の特徴はヒーローコスチュームがやたらに多いことだった。数十、いや全体で数百着はあろうかというヒーロー・スーツが、いくつもの部屋ごとに吊されていた。オタクにしか価値がわからぬ究極のウォークインクローゼットだ。もし全部が撮影に使用された実物なら驚くほかはないが、ここまで各時代のヒーローを揃えられるものなのだろうか。思わず「これ全部本物ですか?」と聞いたら、X氏は笑って「秘密」を教えてくれた。

「もちろん撮影用の本物もありますが、ここにある多くはアトラク用のコスチュームなんですよ。70年代から80年代にかけて、デパートの屋上や遊園地のヒーローショーで使われていたものです。その意味では、本物といえば本物なんですが…」

じつは、X氏は70年代に大学生で、ヒーローショーで裏方のアルバイトをしていたという。そのとき働いていたのが『ウルトラマン』で初代ウルトラマンの着ぐるみ役者をしていた古谷敏氏のプロダクションだった。コレクションを始める前に、いきなり“筋のいい”人と出会ったのである。

X氏はこの仕事が縁でアトラク用コスチュームのコレクションを始めた。ショーが終わって、廃棄処分が決定していたコスチュームを「これ、いただいてもいいですか」と貰ってきたというのだ。それが彼の膨大なコレクションの“タネ”となったのである。……じつは今、さりげなく書いた記述のなかに、Z氏やX氏のようなハイパー・コレクターになるための最大の「秘密」がある。それは次回、書きたいと思う。(つづく)

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| コメント(8)

“コレクター考(6)俺が出会ったコレクター達(四)” への8件のフィードバック

  1. ファンティーヌさん より:

    1げと

  2. まみ より:

    川内康範さんのことが出てくるなんて、今話題になっているだけに、竹熊さんが病床の身であることを忘れそうになりました。

  3. たにしんいち より:

    いつものことだがこんだけ濃い話を無料で見られていいんだろーかと思った、、、
    自分的には平田先生のインタビュー以来の濃さだ、、、
    こういうコレクターの方(というかオタク全般に)が、実家が小金持ちな方が多いのではないだろうか?いや統計学的な話をしているんで「オレ(ワタシ)はオタクだけど孤児院の出身だぞ!」とか言われても困るのだが、、、

  4. フェイタン より:

    ターミネーターのスケルトン?なら日本のハリウッドショップで88万2千円で売ってましたhttp://image.blog.livedoor.jp/apollo8/imgs/7/6/76d32bef.JPG
    ↑これでしょうか?
    お金があまっていたら私も買いたいです~♪

  5. まお より:

    これはもう、「壮絶、コレクター列伝」にするしかないです

  6. golgo139 より:

    スゴイですねえ。でも、世界は広いのです。マイクロソフトをビル・ゲイツと一緒に作った超大金持ちのポール・アレンが作ったシアトルのSFミュージアムというのがあります。一度言ったことがありますが、これは半端ではなかったです。アメリカで5本の指に入る大金持ちがとんでもないオタクだったらどうなるか?というとこうなるのです。
    http://www.sfhomeworld.org/
    まあ、大金持ちなので、たけくまさんの書かれているような普通の異常なコレクター(?)とはスケールが違うので、面白くも何ともないというとこもありますが。リハビリ頑張って、元気になったら一度行って見てきて下さい。

  7. Aa より:

    今回の「続く」はナチュラルで良いかと。
    ・・・でも、あんまり興味のない話が続いていくのがアレです。

  8. めたろう より:

    これ、将来的には民俗学的な価値も出るよなぁ。
    特撮者のコレクションの価値としては当然あるだろうけど、
    「ヒーローアトラクションの小道具」というのは民俗学の領域になってくんじゃないのかな。
    「ヒーローショー」というのは研究してる人いるのだろうか?

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