たけくまメモMANIAX

« | トップページ | »

2007年3月6日

コレクター考(10)コレクターの末路

このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Facebook

これは俺が直接会ったわけではないのだが、友人の友人に、こういうコレクターがいたという。その人は鉄道の時刻表を集めることが趣味で、しかも「世界中」のそれを集めていた。ところが住んでいたのは普通のマンションの3DKであり(一人暮らしだった)、当然のことながら、あっという間に玄関から風呂場まで、集めた時刻表で足の踏み場もなくなってしまった。それでも彼は時刻表集めをやめない。いや、やめられなかった。親や友人、誰が忠告しても耳を貸そうとはしない。彼の部屋は、世界中から届けられるぶ厚い時刻表が不気味に増殖するばかりだったという。

とうとう彼の家には寝る場所もなくなった。しかたなく彼は、駐車場にある自分の車で寝起きするようになった。風呂は近所の銭湯に通っていた。

……そのうち車の中にまで時刻表が置かれるようになった。誰の目にももはや「破綻」は見えていた。このままではどうにもならない。彼も、理性ではそのことはわかっていたようだ。でも、やめられないのだ。

それから彼はどうなったのか? 集め始めて数年が過ぎたある日、膨大な量の時刻表を部屋に残したまま、彼は忽然と姿を消したのだという。書き置きすらなく、友人にも親にも連絡もなく。親は警察に家出人捜索願を出したが、行方はとうとうわからなかった。7年が経ち、彼の立場は失踪から「推定死亡」にかわった。あのコレクションはどうなったのか? ものがものだけに欲しがる人もなく、親が廃品回収業者にお金を払って引き取ってもらい、マンションもとっくに退居したという。そして未だに蒸発したままなのだ。

まあ、誰が聞いたとしても、この男は「病気」であってコレクターではないと思うだろう。要するに麻薬中毒者や、ゴミ屋敷の主人と同じ種類の病なのであると。しかし実際、過去俺が出会ったコレクターの中には、果てしなくこれに近い存在がいたことは事実である。第一回で触れたニコルソン氏もその一人だった。「好きで集めるコレクション」と、「集めずにはいられない強迫観念」との間には長大なグラデーションがある。どこまでが正常で、どこから異常なのかは容易に判別できるものではない。

繰り返し確認しておくが、「好きなものだけ」を生活がおびやかされない程度に集めるだけなら俺は何も言わない。俺が書いているのは「病気」のそれであって、冥府魔道に墜ちた人間の話なのだ。そして、ある種の男性コレクターには、「趣味」「好き」で始めたのものが、いつしか冥府魔道に踏みいる者が多いように思うのである。少なくとも俺は何人もそういう人を見てきた。止める資格は俺にはないが。

とうとう連載も最終回になった。最初はほんの2、3回のはずだったが、つい熱が入ってしまい、気がついたらここまで長くなってしまった。読者もここまでおつきあいくださりご苦労様でした。

冒頭に出したのはいささか極端な例だが、これとは反対に、最後まで精神崩壊を起こさず「コレクター生」をまっとうできる幸せな人も、もちろんいるわけである。そういう人はなんらかの形で「アウトプット」の手段をもっているように思う。たとえば北原照久氏のように「商売」をちゃんと営んでいたり、「ブリキのおもちゃ博物館」を開館してコレクションを広く一般に公開しているような場合である。

コレクターには、大別してコレクションを「見せたがる」タイプと、アイテムが痛むのを恐れるあまりに「見せたがらないタイプ」がいる。私見では、「見せたがり」のほうが精神衛生にはよいと思う。食べる一方でウンコをしなければ人間は死んでしまう。精神衛生もこれと同じで、ため込むだけため込んで、何らかのアウトプットを計らなければ、いずれ「心の病気」になってしまうのではないかと思うのだ。

コレクターにとってのアウトプットとは、すでに述べたように「他人に自慢」することもあれば、集めたものを写真集にして出版するとか、研究書を書くとか、あるいは荒俣宏先生のように収集した本をネタにして小説を書くなどがある。どのような形にせよ、そうすることで心のバランスをとるのである。

しかし、それができないコレクターは多い。まあ、アウトプットの必要に至る前に経済的に行き詰まって、しかたなくコレクションを断念する人が現実には多いわけだが、このほうが幸せかもしれない。またはため込むだけため込んで、病気や事故で死んでしまう。一部の幸福な人は寿命で死ぬ。そして死んだらどうなるのか。というわけで最後は「コレクターの死」について考えてみたい。

コレクターもいつかは死ぬときがくる。そうなったらコレクションはどうなるか。まずは病気の程度がやや低い「普通のコレクターの死」について考えてみよう。この場合は、以前「オタク養老院」のエントリに書いたようなことが起こる。即ち、コレクションの処分に困った親兄弟・奥さんなどが、古道具屋や古書店を呼んで、二束三文でたたき売るのである。

いや、古書店などはお金を出して買い取ってくれるだけ、まだましかもしれない。価値がまったくわからない場合は、便利屋を呼んで、こちらが金を払って引き取ってもらうしかないだろう。家族にとっては、コレクターが一生かけて集めたものでもゴミ・ガラクタの類にしか見えないからだ。幸いにして古物業界に流れたアイテムだけが、新たなコレクターの手に渡っていくことになる。コレクションの世界は、こうして新世代へと「循環」が生じるのである。

この連載ですでに触れたが、ことオタクアイテムに関しては「70年代にレアもの・掘り出し物はすべて漁り尽くされた」と俺は書いた。これはその通りなのだが、ひとつだけ例外があった。何十年か経ってコレクターが死んだとき、そのときこそ他のコレクターにとっては、掘り出し物をゲットするめったにないチャンスといえるのである。

以前、高名なコレクターが死んだとき、こういうことが起こった。彼の死は瞬く間に同好の士に伝えられ、それこそ全国から、数十人の「自称親友」がお通夜に訪れたのである。「親友」たちは焼香もそこそこに、血走った目を部屋の隅々に走らせた。そして貴重なコレクションを確認するや、「形見分け」と称して持ってきた段ボールに次々と詰め込み始めたのである。中には堂々と軽トラックで乗り付けた奴もいたというから驚く。

価値のわからぬ家族にとっては、目の前で起こっている現象をどう解釈すればいいのか、混乱するばかりだろう。「故人には生前たいへんお世話になりました。つきましては、あそこにあるアレとアレ、私が以前貸したままになっていたグッズですので、こういう場所で大変恐縮ですがご返却いただけないでしょうか」と家族に向かって言ったコレクターが、返事を聞くのもそこそこに、アレとアレだけではなく、コレもソレも持って行ってしまうのである。

50年代のハリウッド映画に『黒い絨毯(じゅうたん)』というパニック映画があった。アマゾンの奥地で人食いアリの大群が大発生し、何十億匹というそれがさながら「黒い絨毯」と化して大地を食い尽くしながら、人間も牛もたちまち白骨と化さしめて主人公の牧場に迫ってくるのだ。死んだコレクターのコレクションに群がる「親友」のみなさんは、さながらこの「黒い絨毯」のようなものである。非常に荒涼とした、魂も凍るような光景が、コレクターの死とともにいつ果てるともなく繰り返され、そして「市場」は廻っていく。

その死んだコレクターの、生前の口癖が「後には風が吹くばかり」というものであった。彼は、自分の死によって、まさにその言葉を体現したのである。(完)

たけくまメモMANIAX

| コメント(45)

“コレクター考(10)コレクターの末路” への45件のフィードバック

  1. エイジロー より:

    お、恐ろしい・・。
    なんか改めて人生まで考えさせられました。
    コレクターじゃなくても、積み上げていく事につきまとう空しさが。
    やっぱり人類は宇宙にドンドン出ていくべきだと思いました。
    なんとなく。・・蒐集するネタは無限にあるし。
    (SFっぽい考えですが)

  2. コレクターの行く末

    「たけくまメモ」、本日のエントリー。 一昨日、ライヴで聞いた内容(の一部)であります。 鉱物にも共通する話ではあります。亡くなられた後、きちんとラベルがついていればいいんですが、未整理の場合、産地などが判然とせず結局捨てるよりないということもあるようです。…

  3. BUFF より:

    いつも楽しく拝読しております。
    色々考えさせれれる文章でありました。
    いっとう最初に思い出したのは、やっぱり宮崎勤の“ビデオ作業”でしょうか。
    また、唐沢俊一さんがお書きになったある古本マニアの言葉、
    「古本集めは病気、古本はお薬」
    というのも思い出しました。
    自分のコレクションを体系化・分類化して把握できなくなると危険領域かなぁと感じます。

  4. Aa より:

    こういう病的なコレクター魂が女に宿ると
    収集ではなく拒食症という形で現れるのだと思います。

  5. つん より:

    竹熊先生! 今回と前回、荒俣先生の”宏”の字が違っている気がします。

  6. Bb より:

    こういう半端なコレクター魂が?に宿ると
    収集ではなく特定ブログのコメント粘着厨という形で現れるのだと思います。

  7. たいこ より:

    でも自分の死後に黒いじゅうたんが来たら
    コレクター冥利に尽きる気も。
    あと荒俣さんの著作「99人の知識人の死」を
    思い出しました。
    皆さん、かなりの確率で生前言ってたとおりの死に方してます。
    否定的であれ肯定的であれ実現しちゃうみたいです。
    特に知識人のような思考が明確で
    思ったことを形に出来る人たちだからかも知れませんが、
    現実は意外と自分の思ったとおりになるんだと感じました。
    竹熊さんはコレクターではないようですが、
    否定的な最後は考えないでくださいね。
    無意識に現実をそっちに近づけちゃうので。

  8. たにしんいち より:

    この人はどうなってしまったのだろうか、、、
    「味平」のマニアックなカレー料理人みたいな末路でないと良いのだが、、、

  9. jj より:

    冒険野郎マクガイバーで大地を覆いつくすほどのアリ達から牧場を守るエピソードがありましたが、『黒い絨毯』という映画を元ネタにしていたんですね。

  10. ppn より:

    こ、怖いですなあ・・・物欲の権化が残した遺産が、さらなる物欲の亡者に食い尽くされる姿・・・結局、その故人はマニアにとって「モノ」としてしか見てもらえなかったのかもしれませんね。もっとも、そこまで亡者を集める力はすごいと思いますが。
    有名な茶人の言葉「人間、残すは骨ばかり。どんな高価な茶器も、落として割るか、いずれ誰かのものになる」

  11. めたろう より:

    インプットに取り付かれた収集と言うのは、
    自分の外部に己が内面(というか欲望)を積み上げて行く、
    あるいはモノによって、自己を肥大させる行為なのかも知れません。
    とすると、その死体を森の獣や虫達が食い荒らし、
    やがて塵に帰るのは自然の理でございまして、
    輪廻転生というべきであります。
    むしろ喜ぶべきで、むやみに恐れても仕方ない。
    南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
    ただ、生前においては、やはりこのようなモノに呑みこまれる様な行為は忌むべきものでありましょう。
    どんな形であれ、アウトプット志向、
    すなわちコミュニケーション欲求の有無が、
    モノを使うかモノに呑まれるの分かれ目でしょうか。
    それにしても竹熊様、見事な話芸。
    実在の人物を語りながら、〆はファンタジックな寓話に持ってきましたね。

  12. 女は、堕ちませんね。

  13. ASH より:

    自分は音楽が好きで中古レコ屋通いが楽しみの一つなのですが、世間一般ではマイナーなジャンルのものが大量に入荷してる時などは
    「ああ、死んだな」と思うことがあります
    そういう時は精一杯の敬意で何枚か保護し、一生の愛聴盤に育てていきます

  14. a.sue より:

    1960年代の「月刊鉄道模型趣味」誌を新橋駅前の古本市で41冊まとめて手に入れたことがあります。所有者が亡くなったんだろうなぁと思いましたねぇ。
    僕が死んだらどこにいくんだろう。誰が持って行ってもいいけど、廃棄処分にだけはなってほしくないなぁと思います。

  15. JIMMY より:

    最高でした。
    いつだかゴッホを買った社長が「死んだら自分といっしょに焼いてくれ」発言で世間から大ひんしゅくを買いましたが、冥府魔道系コレクターならそれを出来る権利があるような気がしました。むしろそうしてもらった方が完結する感じがして、救われる気もしました。

  16. ひま より:

    竹熊ブログをどこか一ページだけ読み忘れているとか
    いうのは気になる。これもコレクターなのかも。
    ネット上でエロ画像収集というのもあるが、
    これも、コレクターなのだろう。
    いくら増えても、焼いたとしてもDVD数枚
    なので、ほとんど場所をとらない。
    死んだあと、貴重なアイテムとして誰かが
    ねらってくることもないだろう。
    デジタル時代では、コレクターの形態もかわった
    ようだ。

  17. ぶらっくばぁど より:

    初めましてです。
    形見分け争奪戦と言えば、少し前に美少女
    ゲームの原画家の方が亡くなったときにも
    同じようなことがあったそうです。
    また別の話しですが、2階の長男の部屋に
    積み上げられたビデオテープの重みで床が
    抜けて、階下に居た母親が押しつぶされて
    亡くなったという悲劇もありました。
    月刊OUT編集部に居たRIIという御仁は、
    「読書家と言うなら、文庫本でベッド作って
    から言え!」と豪語したと聞きます。

  18. あんとに庵 より:

    そういえば友人はかつてセーラームーンオタでそのグッズコレクターとなり冥府魔道に落ちつつあったのですが、あるとき突然すべてを捨てて修道院(その会では個人所有を許さない、個人財産を持たない・・が建前)に入ってしまいました。
    いくつかは叩き売ったようですが、そのギョーカイではレアで貴重なブツは流石に売るに忍びなかったのか、形見分け?で彼の友人が引き受けたようです。

  19. syuu より:

    今までのネット文体(ブログ文体?)じゃなかったので、本を読んでるような感じもして、例えばこれで(新書とか)一冊書けてしまうのでは?というほど濃密でした。
    まったく闘病中ということを感じさせませんね。面白かったです。

  20. 蛾三郎 より:

    拍手喝采。気持ちの良い読後感でした。
    新世代コレクターのことを考えるとやっぱりネットなんでしょうね。2chの全ログを自動収集している人って多分相当数いるんだろうし、ファイル共有ソフト等による収集もコンプを考え出すともうPCの前から離れられなそう。
    その行動様式は冥府魔道に堕ちた方々に非常に近いものがあるのではないかと。
    まあ保存媒体はHDDにしろ、DVDにしろ場所は比較的とらないでしょうけど、逆にその手軽さによって、今こうしている間にも魔道に徐々に囚われて行くモノが増えていっているのかもしれません。

  21. 1026 より:

    怖いオチもついて、面白かったです。
    復活を感じさせる連載でした。
    僕が思い出したのは「機動戦艦ナデシコ」で大道寺ガイが死んだ後の様子でした。

  22. 田舎は倉庫が安い より:

    問題はアウトプットしたくても
    自分のほかには世の中に誰も興味を
    持たないコレクションというものが
    いっぱいあることですな。
    まだコレクションと認識されているようなもの
    を集めているうちは幸せ。
    その手の誰も興味を持たないコレクターの
    末路は西欧の各種コレクター評伝に詳しいから
    略すが、まあ悲しいものです。

  23. アセチレン・ランプ より:

    竹熊さんが
    復帰されたら
    みんなで
    コレクターの理想を実現させた
    只見の漫画図書館「青虫」に行きませう。

  24. めたろう より:

    >田舎は倉庫が安い 様および皆様
    その問題に対して、ちょっと考えていた事っつうか、妄想してた新商売があるのですが。
    今、夕張市はじめ、方々で地方自治体が財政破綻してますよね?
    で、そういうとこって、はたから見て、
    「イケてない」美術館とか資料館とかハコ物作りすぎで問題になってるじゃないですか。
    で、そういうダメ施設の中には、美術館とか資料館とか、
    「空調とかそこそこしっかりした倉庫」
    「美術品・文化財の管理能力を持った学芸員、職員」
    を抱えているけど大赤字のとこが多い筈ですよね?
    だとしたら、この際、
    「オタク向け博物館」をはじめたら、
    それなりに商売になるんじゃないですかね?
    勿論、展示をやって、集客見込みを立てるには、
    事前のリサーチが要るわけですが、なら第一段階として
    ・小金持ちオタクコレクター向、レンタルスペース
    からはじめて様子を見ると。勿論管理費を取るわけです。
    で、コレクションの内容によっては、
    トンでもない田舎でも見に行きたい同好の士が、
    全国にそれなりにいる場合もあるかもしれません。
    そしたら、オーナーと協議の上で展覧会をやってみる。
    うまくすりゃ管理費くらい回収できるかもしれません。
    売れ筋のコレクションをつかまえたら、
    ソレ専用の博物館に衣替え。
    一箇所だと広がりが無いから、
    全国の財政難の施設でネットワークを組む。
    場所の融通や巡回展示が可能になると。
    と、このような妄想なのですが、如何でしょう?

  25. thomathoma より:

     アーヴィン・ウェルシュの短編に、レンタルビデオをカタログ2周分全部見てしまったオタクが、どうする?というのがありました。あと、ポール・オースターの長編で、米国中の電話帳がほぼすべて積み上げてある部屋に主人公が入る話があって、いま読んでいるので、末路はまだ知りません。楽しみです。

  26. コレクターの末路

    最近、たけくまメモが面白いです。
    たけくまメモは、サルまんやファミ通のアレ(仮題)でおなじみの
    竹熊健太郎さんのブログなのですが、
    何が面白いって、コレクターに関する
    濃い記事があるからですよ。
    シリーズ…

  27. nomad より:

    > 電話帳
    ああそうか。
    僕はイットな世界の人なので電話帳のようなプリントアウトされた媒体は「オリジナルではない」と思うんですよね。只今現在生きているデータベースこそがオリジナル。
    そう考えると出版された本などというものは複製物にしか過ぎない。
    これから先、「直筆生原稿」というものは小説にせよマンガにせよ(特撮ものも音楽もそのほかいろいろ)少なくなっていくでしょうから、コレクターの世界も変わっていくんでしょうねえ。

  28. ふな より:

    データベースはコピペで無限に増えるのに、
    オリジナルだって言い張るのは矛盾してるよな。
    釣りか?

  29. あかさたな より:

    うーん。コレクター人生を考えさせますね。
    一番いいのは遺言状残して「どこどこのショップに売って葬式代に当ててくれ」とでも書く事でしょうかね?
    グッズの写真を同封の上に。

  30. thomathoma より:

    おお、時刻表といえば、「さるまん」の中の傑作中央線特急の大作マンガがあったではないですか!あれをトマス・クック版やシベリア鉄道版で完成させてほしいです。直筆で生展示ののち、オークションで。絶対高値だな。

  31. nomad より:

    > データベースはコピペで無限に増える
    わかってないなあ。
    コピペで増えるのはデータ。
    僕が言ってるのは時刻表や電話帳のようなものの本質はデータベース「システム」であり、冊子になったものはある時点で集計されたデータのプリントだということ。
    作家の肉筆原稿とは違うんだから僕はそういうものに価値を見出さない。
    (VAX+AS400ならコレクションの価値はあるかも)
    考えるとクリエーターとコレクターは断絶した関係だねえ。まれにコレクター兼クリエーターって人はいるけれど。
    結局、モスラに乗った人形やオキシジェンデストロイヤーを作った人にとっては、よくわからない感覚だろうな。「なんならもう一個作ろうか?もっといいヤツを」って感じで。

  32. ふな より:

    >nomadさん
    わかってないのは君だ。
    コレクションするのはデータベース自体で、
    君じゃないだろ。
    自分で言っていて、
    エントリのコレクターの話に全然沿ってないのが分らないの。

  33. nomad より:

    > コレクションするのはデータベース自体で、
    > 君じゃないだろ。
    何を語りたいのかわからないな。
    僕は「只今現在生きているデータベースこそがオリジナル。」と書いているよ。
    同じ機器でシステムを組んでも別のシステムだろ。VAXやAS/400なんてデータベース自身でさえないただの機器だ。違うコレクションの対象物だよ。
    コピーされたものはただのデジタルデータだろ。メディアバックアップだったり、出力結果だったり。
    もう少し噛み砕いて書いてくれないかな。

  34. ふな より:

    >もう少し噛み砕いて書いてくれないかな。
    それは君に言いたいな。
    自分語りがしたいのなら、
    「わかってないなあ」などと偉ぶらず、
    他人に分ってもらうべく努力して、
    すこし文章に気をくばったらどうなの。

  35. ふな より:

    要するに、君は、
    データベースのシステムに価値を見出しているので、
    それをコレクションしているのか?
    (前の文ではそう受け取れた)
    それとも、
    そういうものにしか価値を見出せないので、
    「コレクター心理はわかりません。」
    と言って、白旗を振っているのか?
    どっちなんだい。
    なんか独りよがりな文でハッキリしない。

  36. nomad より:

    いや…
    > データベースはコピペで無限に増える
    > コレクションするのはデータベース自体で、
    > 君じゃないだろ。
    ってのが、なんともかんとも。
    よろしければ説明をぜひ。

  37. Aa より:

    春ですな

  38. nomad より:

    >Aaさん
    ええ。桜も今年は早いそうです。
    木によってはもう咲いているのを見ました。
    桜見offは今年は無理でしょうけども…

  39. にょろ より:

    なんか変・・

  40. kondo より:

    このコレクター死亡のエピソードを読んで「でもコレクションがゴミとして消えてしまうよりはマシだよなぁ」とか思った私は、やはり病んでいるのでせうか。

  41. すれじハンマー より:

    あかさたなさんが言っているように、
    遺言状にコレクションの始末を明記するのがベストでしょうね。
    しかし、そもそもコアなコレクターというのは、
    人生の終末とか、そういうことから目をそむけることから、
    コレクター道を始めているような気がしますねえ。
    収納場所やら世間体やら、あとさき考えてちゃ蒐集できないですよね。
    んで、後になって困りまくるわけですね。

  42. NA より:

    恐本魔先かな?

  43. takesi より:

    >たにしんいち様
    純粋に記憶に頼っていますが、黒いカレーを作った人でしょうか。
    イカ墨カレーから盛り上がって鍔迫り合いの末にいけない薬を配合して御用となったように覚えています。
    数年前に新橋の駅地下で黒いミートソースのスパゲッティを食べ、ちょっとジンと来たことを思い出しました。
    イカ墨をいれずに黒いカレーを作れないか時々考えてしまいます。

  44. たにしんいち より:

    黒いカレーの人だったと思います
    彼は御用になるのではなくて、自分の作ったスパイスで頭がおかしくなって「クククク」とか言いながら街を彷徨うんではなかったでしたっけ?
    あの味平のカレーの会もコンビニ本で出てくれればまた読みたいような気もします
    黒いミートソースはボク的にはイヤですね(笑)

  45. クロイシ より:

    まさにごみ屋敷を作らんとしつつある女子です。
    ドキッとしました。集めても集めても終わらないんですよ。全てをもっていないと気が治まらないんですよね。
    >Aa氏
    事実摂食障害経験アリです。
    >kondo氏
    私もゴミとなるよりは、と思った口。
    死後、ゴミとなるくらいなら国会図書館にでも寄付させていただきたい…お断りされるかな。

« | トップページ | »