たけくまメモMANIAX

« | トップページ | »

2007年8月5日

ma【blog考】1 私が「ホームページ」を敬遠していた理由

このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Facebook

 2004年7月、ある人からmixiに参加しないかという誘いを受けた。mixiはその年の2月にオープンしたばかりで、すでにネット内では話題となっていた。私も名前くらいは知っていたが、mixiに代表されるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)というものがどういうものか、いまひとつわからぬまま、誘われるがままに入会してみた。

 実はその時点で、私はブログはおろか、普通の個人ウェブサイト、いわゆる「ホームページ」もやったことがなかった。パソコン通信を含めたネット歴はそれなりに長く(91年から)、95年のwindows95発売を契機にインターネット時代に突入してから90年代終わりまでには、同業者の多くが個人サイトを開いていたのに、私は仕事でメールを使うことと時々掲示板に書くことを除いては、ずっとROM(リード・オンリー・メンバー)であった。ずいぶんと長く、自分でサイトを開くことに躊躇していたものだ。

  個人サイト運営に興味がなかったわけではない。むしろその反対である。ネットに興味がありすぎたがゆえに、中途半端なサイトは作りたくなかったというのが正しい。

 すでに職業ライターとして20年のキャリアがあったことも、腰が重くなった原因だったかもしれない。「HTMLの知識がない」「督促する編集者が存在しない」「無料で原稿を発表することがはたして続くのか」「どうせ作るなら、恥ずかしくないサイトにしたい」などと考えすぎるあまり、始めることが億劫になっていたのだ。慎重といえば聞こえがいいが、新たなチャレンジに対して腰が重いことは、私の悪い性癖である。

 その前年、2003年には個人ブログサービスの嚆矢といえる「はてなダイアリー」が開始され、周囲の知人、たとえば東浩紀氏などはさっそくこれに加入して、さかんにブログや「はてな」について評価していた。

 私も興味を抱いたのだが、そもそも普通のウェブサイト(ホームページ)とブログとの違いが今ひとつわかっていなかった。実は90年代の終わりに一度だけHTMLの解説本を買って、サイトの見本を作ってみたことがある。だが思うようなページを作るにはそれなりの習熟が必要だとわかって、それきり放り投げてしまった。このときも「作るなら完璧なものを」と思いすぎていたのだろう(最初から完璧なものなんてできるはずもないのだが)。その「挫折」の記憶があったので、その後も個人でウェブサイトを作ることは敬遠していたのだ。

 ブログやSNSは「更新がラクだ」とは聞いていたが、半信半疑だった。もちろん職業ライターとしての私は、それまでにも仕事でweb日記やwebコラムなどを発表したことがあった。早くも2000年代初頭には、webマガジン「HOTWIRED JAPAN」や小学館の「スピネット」などで「日記」を連載している。それらは今考えると、やり方がブログのシステムと似ていた。編集部から自分専用の更新フォームURLとパスワードが教えられ、好きなときに日記を書き込むだけで更新することができたからだ。文章はブラウザ上でメールや掲示板と同じように書くことができ、更新はボタンを押すだけ。HTMLの知識も必要なかった。

「これはラク!」と最初は思ったのだったが、なぜか私は続けられなかった。はじめの1週間ほどは熱心に更新していたものの、1ヶ月もすると更新が苦痛になってきたのである。私はその理由を、「締め切りがなく、編集者の催促がないから」と勝手に思いこんでいた。長いライター生活の副作用で、はっきりとした締め切りが設定され編集者からの適度な催促がないと、仕事が手につかない体質になっていたのである(これが誤解にすぎなかったことは、後日わかった。理由はあとで説明する)。

 子供の頃から、毎年正月になると日記を書こうとするのだが、やはり1ヶ月で飽きてしまったこともあった。同業者のホームページやブログを見ると、皆同じように日記を書いているではないか。本業に差し支えない範囲で頻繁に更新するには、それが一番ラクで効率的なのだろうと思ったが、なにしろ私は日記が苦手であるので、ブログだろうがなんだろうが、編集者の催促がなければとても続かないだろうと思っていたのだ。こうした経験があったので、私は更新がラクか否かに関係なく、「ネットで文章を発表すること」そのものが苦手なのだと勘違いしていた。

 web日記とは別に、自分で更新するわけではない、商用ネットに発表した原稿に関してはどうだったのか。これは媒体が雑誌からネットに変わっただけで、これまでの仕事と変わるものが何もなかった。要するに原稿依頼があり、編集者と打ち合わせがあり、締め切りが設定されて、締め切り日に督促を受けてエイヤと原稿を仕上げ、メールで送る。編集者から感想をいただき、原稿料が振り込まれてそれで終わりである。それまでやってきた雑誌仕事と、まったく違わない。 

 これもさまざまなサイトで何年かやったが、本音を言うなら、いずれも私にとってエキサイティングなものではなかったといえる。後日改めて書くと思うが、2000年に私は40歳を迎え、ライター生活も20年目に突入して、「仕事で文章を書くこと」そのものに疲弊して倦怠感を覚えていたこともある。

 簡単に言ってスランプに陥っていたのだが、自分の経験から言っても、40歳という年齢がフリーライターとしてのターニング・ポイントであるように思う。それまでに有力な文学賞を獲るとか、30代にベストセラーを何冊か出しているとか、余人をもって替えがたい専門分野があって「その道の大先生」になっていれば、たぶん話は違ってくる。そうではない、私のような一介のフリーライターであれば、たとえば編集プラダクションを興して経営者に徹し、それまでの人脈を活かして企画を版元に売り込み、仕事は若手にやらせる。私くらいの年齢になるとそうした「元フリー」がかなりいて、それなりに収益をあげている人も多い。

 私は経営能力に乏しく、何より昔から「売り込み」が苦手だったので、こういう人はだいたい40歳を境に淘汰されていくしかない。私の場合は若者雑誌とかマンガ雑誌の仕事が多かったので、読者の年齢との乖離も問題となる。自分だけ若いつもりでいても、40過ぎればそれは立派な「オジサン」である。担当編集者も、気がつけば自分より一回りも若くなっている。当然の帰結として、仕事がやりづらくなってくる。

 私の場合、そうした「辛さ」のピークが40歳から43歳まで続いた。正直腐りもしたし、将来に不安を感じていた。41歳で離婚を経験したこともダメージだった。いやはや「厄年」とは本当にあるものだなあと思った。何か新しい仕事をやりたくとも企画が通らないし、貯金は尽きてくるし、八方ふさがりだった。今から思えば、46歳で経験した脳梗塞も、41~3歳頃の不安感に比べればたいした問題ではなかったと思う。確かに私は病気で死にかけたが、一応の回復を見た今、病気になる前から「やりたいこと」がはっきり見えていたこともあって、期待感こそあれ不安感はない。

 43歳頃に私が抱いていた「不安感」は、おそらく「やりたいこと」が見えなくなっていたがゆえの不安だったと思う。それまでにつちかった経験から、生活のための仕事をこなしていくことはできたし、事実こなしていたわけだが、それは「前にもやっていたこと」の延長であって、同じ作業の繰り返しに過ぎなかった。そういうものを黙々とこなしていくことが「プロ」なのかもしれないが、それをもし「プロ」と呼ぶのであれば、私は「プロ」であることに苦痛を感じるようになっていた。私にとって「やりたいこと」ができないのであれば、「プロ」という肩書きには何の未練もない。プロ・アマの違いについては持論があるが、またの機会に論じることにしたい。 《つづく》

たけくまメモMANIAX

| コメント(26)

“ma【blog考】1 私が「ホームページ」を敬遠していた理由” への26件のフィードバック

  1. あ~ より:

    自分語りの悪い癖がちょっぴり出てますね。
    2で持ち直しているから結果OKなんだけど。

  2. たけくま より:

    ↑どこが悪い癖なのか、よければ教えてくれませんか。

  3. 情苦 より:

    深夜に・・・
    一気に更新キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!!

  4. あ~ より:

    たけくまさん、そんなにナーヴァスになっちゃだめです。
    パート2で収斂してるからこれでもOKなんです。
    ただ、この1だけで見るとなんだか鼻白むんです。
    スランプとか年齢の壁の話はとてもためになるんですが、
    MIXIの話だと思って読み進めると後半半分が自分語りですよね。
    それこそがテーマなんだから語るのは問題ないけど
    もうちょっとパート2、3に散らせたほうが自然かなーと思ったんです。
    今回のは本向けの書き方、構成の仕方をされていますよね。
    (なにしろ一人称が「私」だから)
    それでいつものたけくまブログとずれてる感じを受けたのです。

  5. の~ より:

    >あ~
    いきなりえらそうでんな~

  6. めっ より:

    そんなに嫉妬しちゃダメ

  7. の~ より:

    ↑はあ?

  8. cx より:

    このブログを毎回読んでいるのはたけくまさんに興味があるから、自分語りも興味深く読んでますが、一般的なブログ論として読むと過剰な自分語りは不要でしょう。
    サルまんが名作でハルマゲドンが評価されないのも自分語りの割合が後者は大きすぎるからでしょう。

  9. nomad より:

    そんなに「自分語り」とか気になるのかなあ。
    ブログ論とかネット論なんて、いろんな人がいっぱいいろんなことを言ってるわけで、その中で「たけくま的言説」を展開するには、やっぱり自分自身の状況や考えを押し出さざるを得ないんじゃないかな。
    僕はそういうのを読むことに不自然さや過剰さは感じないなあ。

  10. 湯宿 より:

    たけくまさんの自分語りが鼻につく人は、自分語りをする場がないから(仮にあっても誰も反応してくれないから)嫉妬してんだろうよ。
    固定ファンの多い人気ブロガーが他人に対して自分語りが鼻につくなんて言ってるの聞いたことがない。
    卑しい本音を批判というオブラートに包んで吐き出すのは実に見苦しいねえ。

  11. バ~ より:

    竹熊さんの文章を読み込んでる所で、突然あの、「あたしは批評の才能あるのよ凡人じゃないわ、身(からだ)に沁みこんでる貧乏臭を誰かとってよ!」っていつも叫んでるバカのコメント読まされんのはな~机の前で涎垂らして更新まってるんだろうなあ・・・・・

  12. 湯宿 より:

    自分語りだって芸風の一つだよな~。
    たけくまさんもドンと構えて、
    「ああそうだよ、俺は一人語りが得意だよ。それが気に食わないなら君には用ないよ。さよなら」
    でいいじゃないですか。
    万人に受けるスタンスなんてないし、いっそ徹底的に一人語りで勝負するべきだと思う。広く浅くウケようと中途半端に妥協するのが一番よくない。
    それはそうと、あ~のイチャモンは単なる嫉妬だと思うけどねw今回に限らず。

  13. めたろう より:

    ていうか、まだ導入部なので、
    個人的な内容から入った方が判りやすくてええんでないですか?
    後半は「たけくまメモをはじめた理由」の方に続く前段だと思いましたが。
    ゆっくりで良いので、続き、まずはその③、期待してます。

  14. おk より:

    えらそうなコバンザメか・・
    鬱陶しいけど、それもファンのうちか。
    前の方のエントリで「政治家秘書に興味がある」とか言ってたが、
    まさにピッタリかもしれないな。
    あ~さんはそっちが天職だったかもね・・

  15. レスレスレ より:

    オレもなぜここでの自分語りが気になるのか全然わからないな。むしろタケクマさんの自分語りがおもしろくて読みにきてるようなもんなんだが。その意味では、今よりももっと自分語りの理屈をああだこうだと粘着的に述べてもらってもいいぐらいだ。書籍用の文だからでもあろうけど、ちゃんと抑制がきいてるとおもうんだが。だいたい、自著や本人ブログでその主が自分語りをやるのは逆に当然のことであって、それがなきゃ逆に何をやるのかっていうぐらいのことなんじゃねえの。それを否定するんなら、そもそも読みにこなきゃいいって話だよ、それこそ。

  16. 長谷邦夫 より:

    自分語り、大いにOK!
    だって、たけくまさんの個性は
    そこにあると思います。
    <芸風>って言い方で期待するんでなく
    ストレートな面白さが出たらと。
    ただ、イントロが、かなり説明に終始していたので、それを自分語りと感じたのが(あ~サン)
    だったんでしょう。
    書き進むうちに、肩がほぐれてくるはず。
    楽しみです。

  17. エクレア長介 より:

    私も、たけくまメモ「特に興味深かった回」と「それなりの回」があります(私の勝手な興味の所在の問題ですが)。
    で、今回は「おおっ、今回は特に面白いぞ」と思って読み終えたのですが(本当)、コメント欄を読むとそうでもないという方もあり、人生いろいろだなと思いました。
    思うに私の場合、「サルまん」のあの竹熊さん、という「雲の上の方」(大げさですが別に茶化してはいません)が自分を語られることにとても興味があるのと、自分の年齢が竹熊さんよりちょっと下ですが近いこともあり、身につまされる辺りが良いのだろうと思います。
    好き好きではありますが、そんな読者もおりまする。

  18. 山田くん より:

    簡単に言えば、一人語りが商売になる人間とならない人間がいる。
    竹熊さんの場合、当然、サルまんとその他の仕事が、その一人語りが他者の耳を傾けさせ、お金になりうるバックボーン。
    でも、過去の積み重ねもなく、一銭にもならない奴がなにを言ってもカスの遠吠えです。
    まして一人語りの内容そのもでなく、一人語りという形式そのものに文句つけるなんて片腹痛いw

  19. にょろ より:

    ていうか、自分語りなどを絡めなきゃ面白くないだろう?この場合。
    mixiなどの位置づけなどは、解説書読めばいいし。
    それより面白い過去のエピソードなどを織り交ぜて展開する方が、
    たけくまさんの筆っぽいですよね。
    お父さんの話もいい味出してるわー。前の方のエントリだけど。

  20. syuu より:

    いきなり爆弾投入でエキサイトしてますねえ笑(コメ欄が)
    はっきりいって、もし「たけくまメモ」からたけくまさんの自分語りテイストを抜いてしまうと、ブログの魅力は半分以下になってしまうでしょうね。同じ内容を教えるにしても、人間味とかギャグとか洒落のある先生の講義の方が、面白いでしょう。

  21. たけべ より:

    「自分語りの悪い癖」
    というワードにトラウマでもあるんでしょう。

  22. りゅーと より:

    2ちゃん によく
    「自分語りうぜー」とか「自分語りイラネ」とか
    書かれているのでそれをそのまま
    やっているとか・・・・?!

  23. 脳の病気について

    脳の病気と言えば、どう言うものがあるのでしょうか。意識がなくなったり(昏睡(こんすい))、ものごとが正しく考えられなくなったり(痴呆)します。

  24. とくもと より:

    いやぁ~、共感を覚える。もしこの文章の結論がなるほどと思えれば自分もBLOG再会してみようか
    そう思える。
    しかし、いつから自分語りがだめになったんだろう?勿論、言いたいことはわかる。世間は私を中心に動いていない。そういうハードなことがわかっていないと職業人として生きていけない。
    だが、ここはどこだろう。BLOGだ。あくまでこれは日記だ。金が絡んでいるわけでもなく、個人が好きな時に好きなように書く場だ。
    それに日本の文学の発達は私小説と共にあり最初の文学は日記だったのだが。

  25. ~カ より:

    あ~よ、馬鹿者っ!お前を削除すれば心の内なる声を一つ殺す事だと先生は「そりゃナチスだ!ヒデキだ!(←東条の方)スターリン!」と脂汗たらして許してる大いなる御心が何故わからんのじゃ!!ど~しても性格変えないなら金を払え!ちがった、あんた、先生の家の前を毎朝掃除しなさい。本当にされたら迷惑かもしれんが。

  26. 小論文の書き方

    『低価格』&『添削の品質』に自信があります。
    スキルマークが展開する大学受験生向け
    『小論文添削サービス』
    『誰にでも何時でも何度でも学んでほしい。』

« | トップページ | »