たけくまメモMANIAX

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2007年8月17日

【blog考】4 ブログを始める(2)

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 ともあれ私は、その年の12月14日にココログの無料サービスに申し込み、よくわからぬままに「たけくまメモ」を開設した。驚くほど簡単だった。ブログサービスはどこでもそうだが、フォーマットがすべてシステム側で用意されているので、プログラムやHTML、CSSなどの専門知識は必要がない。掲示板やメールを書くのと基本的に変わらないのである。その数年前、HTMLの参考書と首っ引きで「ホームページ」を作成しようと悪戦苦闘し、あげく放り投げてしまったのがウソみたいだった。

 初期からパソコンに触れていた人の中には「自分でプログラムが書けなければ、真にPCを使っているとは言えない」と主張する人もいる。私がPCをいじりだして間もない頃、90年代初頭に岩谷宏氏の『ラジカルなパソコン入門』を読んだら、まさにそのようなことが書かれてあった。岩谷氏は「ロッキングオン」の創刊メンバーで、もとはロック評論家だったが後にパソコン評論家に転身したというユニークな人である。プログラミングに関する著作も多数ある。

 岩谷氏が書かれたことはたしかに正論だと思ったが、あまりにも敷居が高い論法だと思った。これは「ロシア語がわからなければ、真にドストエフスキーを理解したとは言えない」とロシア文学研究者が主張するようなものである。もちろん、それはその通りかもしれないが、いちいち原語を習得しなければ小説も読めないとなったら、99%の人は読むこと自体を止めてしまうだろう。ドストエフスキーがいかに高邁な文学者であっても、読まれなかったら意味がない。

 車の設計ができなくとも車は運転できるわけだ。肝心なのは小説も自動車もパソコンも「手段」であり「道具」だということである。人がなぜ道具を使うのかといえば、それによって獲得した「結果」が欲しいのである。道具が作れなければ店で買ってくればいいし、使い方はなるべく簡単であるにこしたことはない。

 私はパソコンやネットに接して16年になるが、どこまで行っても私にとっての「道具」以上のものではない。ホームページを作るにしても、「メディアを作ること」それ自体に多大な労力をかけるつもりはなかった。その意味では、ようやくブログが登場したことで、メディア作成のための労力の大部分を「内容」に割けるようになったのである。私には「ついにここまで来たか」という感慨があった。

 もっともココログは、ほんのお試しのつもりだった。「たけくまメモ」というタイトルにしたのも、「とりあえずメモ程度に」と思ったからで、考えてつけたものではない。ココログを選んだのも、もともと運営母体のアット・ニフティとプロバイダ契約していたからである。使いにくければすぐ乗り換える気でいたし、実際、ココログでブログとはどういうものかを理解してから、自分でサーバーを立てて自前でブログを開設しようと思っていたのである。

 無茶なことをしようとしていたものだが、最初は、サーバーを自前で立てようと本気で考えていたのだ。長年の文筆家生活で、出版・流通・販売を他者(版元や取次など)に委ねなければならないことにジレンマを感じていたこともある。インターネットにおいてサーバーを自分で持つということは、作家が執筆活動をすると同時に、出版社・取次・書店まで個人で所有することと同じである。これがどれだけラジカルなことであるか、一般にはなかなか伝わりづらいかもしれない。こうした問題については、後日また述べたい。

 しかし、専門知識のない身で自サバを立てようとしていたら、いつまでたってもブログなど始められなかっただろう。パソコンもネットも「道具」であるのに、なぜ特殊技能が必要になるそのようなことを考えたかといえば、それまで私はフリーライターとして、出版・流通までは個人ではどうにもできないというジレンマを感じていたからだ。こういうことにジレンマを感じるというのも、物書きとして珍しいかもしれないが、私には私の事情があった。これについても、後日書く。

 さて、ココログを開設して、最初は適当な試し書きしか書いてなかったのだが、ココログのマニュアルページを見ていて、有料サービスを申し込めば「アクセス解析」が可能になることを知った。(※現在は、無料のココログフリーでもアクセス解析が使用できる)そこでさっそく、有料コースに変更した。といっても、もっとも高い「プロ」コースで月950円程度である。

 最初に見たアクセス解析の結果は、1時間に20から30アクセスといったところだった。ブログを開いたことはマイミクや友人にしか教えていなかったので、まあこんなものかなと思ったが、読者の来訪(閲覧)回数が時間ごとにわかるというのは、それまでの出版仕事では経験がない事態で、面白い機能だと思った。アクセス解析じたいは、ブログ以前から存在するありふれたサービスなのだが、なにしろ私には初めての経験である。

 有料コースに切り替えたのがココログを開始した2004年12月14日の二日後、16日からだったが、17日になっていきなり「異変」が起こった。そのときのスクリーンショットをとってないのだが、当日のブログで「いったい何があったんだ?」と私は書いている。

http://memo.takekuma.jp/blog/2004/12/post_10.html

 上のエントリを見ればおわかりだが、それまでは1時間に20~30程度だったアクセス数が、17日の午後7時から、急激に増加していきなり396アクセスになっている。その後も数が増え続け、1時間に600から800アクセス弱になってその日は終わった。

http://memo.takekuma.jp/blog/2004/12/post_14.html

 ほどなくして、アクセスが伸びた原因が判明した。切込隊長が、自分のブログで「たけくまメモ」を紹介してくれたからだった。 《つづく》

★blog考・第0回↓
http://memo.takekuma.jp/blog/2007/08/blog0_78a3.html

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| コメント(32)

“【blog考】4 ブログを始める(2)” への32件のフィードバック

  1. あ~ より:

    自分語りがいい感じに世界観を作ってますね。
    三重丸あげます。

  2. 長谷邦夫 より:

    花丸。
    大学レポート採点だとS。

  3. 匿名 より:

    だから、車が好きな人は蘊蓄を延々とたるでしょう。
    「マンガ」や「小説」でも同じでしょう。
    だから、ブログについてことさらそういう取り上げ方をするのもいかがかと。
    まぁ不公平はどこにでもありますわな

  4. cx より:

    blog"考"だからね
    そろそろ振り返ってみてもいい時期なんじゃない

  5. guldeen より:

    『自サバを立てようとして』のくだりが、ネットやPCに関して知らない人には、もう少し説明が必要な箇所かなと思われますが、それ以外はすんなりと読める文章であると自分には感じられました。

  6. 情苦 より:

    褒めようとしたら、みんな褒めてたw

  7. 毒林檎 より:

    文章作成において「改行のありかた」もしくは「段落ごとのスペースの空け方」も、ネット社会の発展と共に変化してきましたよね。
    未だにページを開いた瞬間に「読みたくないな」と思うほどに改行ゼロの人もいますが。

  8. 固定筆名はそのうち飽きる より:

        「意味」ではなくて、「よみやすさ」などという不純な要素で改行の必要性がでてきたとすれば、それは文章としては「退化」のほうの変化でしょうね。
        文章作法の変化をめぐっては常々いくつもの問題を感じていますが、端的なのをひとつあげると、段落がえの改行のあとに読みやすさのため1行アキをいれるようにすると、ネット普及以前の文章作法で場面転換・情景転換などを意味させるのが常識だった1行アキとのあいだに区別がまったくつけれなくなることだ。つまり、この点で読みわけ・かんがえ分け・かき分けがまるきりできなくなってしまう。
        しかし、文章において(のみならず一般に表現・情報のすべてにつうじる話だとおもうが)、こまやかな読みわけ・かんがえ分け・書き分けなどという問題は、その「命のなかの命」というほど重大な要素のハズだ。これを否定したり、ないがしろにするのは、表現とか情報というものを根本的に否定するぐらいの話だろうとおもうし、これをまったくシカトしていいことだなどと考える文筆人がもしいたとすれば、そのひとの文章(表現)はこまやかな読みわけ(みわけ)・かんがえ分け・書き分け(描きわけ)に全然もとづかないものだったことを意味すると考えていいと思う。
        したがって、情報や表現における「こまやかさ」をその命のひとつとおもうなら、1行アキとは別のやりかたで場面転換・情景転換を表現する方法をネット社会化への適応進化のかたちとしてあたらしくきめ、それをひろく一般化・常識化する必要がどうしてもでてくる、でてこざるをえないんじゃないか。
        ……と、部外者でシロートのハタ目としては思えてしかたがないのだけれど、どういうわけか、そうした問題を専門業者でクロートの当事者たちがさかんに議論したという話をきいたことは今まで全然ないし、きめた方法ををひろく一般化・常識化しようという運動にふれたおぼえも今まで全然ないのは、はたしてオレが世事にうといことだけが理由でしょーか?(笑)
        なお、これは「1行アキ」についてだけの話ではもちろんなく、ネットの普及にもとづく文章作法の変化によって「こまやかさ」が犯されてしまったすべての点にひとつももれなく(基本的には)あてはまることだろうと(部外者でシロートのハタ目は)おもいます。

  9. ポン一 より:

    取り敢えず文頭四字空けは醜いと思います。

  10. ポン一 より:

    …これだけ書くとケンカ売ってるみたいだな。すんません。一行アキの従来の意味が失われるという問題については、その通りだと思いますよ。とは言え編集と言う観点では「読み易さ」も重要な要素であるのは確かですから、文字組みを調整する感覚で皆さん色々と配慮しますわな。場面転換では二・三行アキにしたり。

  11. 長谷邦夫 より:

    >自サバを立てる
    うん、ぼくも少し説明が欲しいと思いました。
    マンガは『船を建てる』だったか、
    ちょっと謎のタイトル。

  12. blog49 より:

    「吉川ひなのが間違えて自分のブログに間違えて」ってトラバがなかなか、間違いの間違いならあってたんでしょ?とか題名がかなり笑えました。
    ともあれブログもブレークポイントってなあるもんですね。

  13. 樋口毅宏 より:

    残暑お見舞い申しあげます。
    いつも楽しみに読んでいます。
    自分のブログに竹熊さんのブログのことを書きました。
    http://blog.livedoor.jp/koreamovie/
    「手塚伝説」から勝手に引用してしまい申し訳ありません。お詫びになもならないのですが、僕が知っている「手塚伝説」をご紹介します。
    昔、手塚先生の担当が映画の試写会に出掛けたら、前のほうの席に執筆中のはずの手塚先生が座っていたのだそうです。「あのヤロー、こんなところで映画観てたら原稿がオチちゃうじゃねえか」と思って、観賞後声をかけようとしたら先生は疾風のように去ってタクシーに乗ったので、担当もタクシーで追跡したら先生の仕事場で止まり、担当も降りてあとを追ったら、先生が仕事場で何食わぬ顔をして机に向かっていたそうです。担当が、「先生、僕さっき映画の試写に行ってたんですけど、先生そっくりの人を見かけましたよ」と言ったら、先生、「あ、最近ぼくに似た人が多いんですよね」と答えたとか。
    以上です。有名な話でしたか? 
    お粗末でした。それでは。

  14. rotisin より:

    これは金取れる原稿でしょう。
    完結したら増補してどこかから新書で出して欲しい。

  15. ははは より:

    あ〜はプロでもないのに、たけくまさんにダメ出ししたり、三重丸あげたり、いい気なものだ。
    オレも今回のあ〜はイヤミが少なかったから丸一つあげよう。

  16. suwate_b より:

    HTMLを使う難しさってどの程度なんだろう?

    竹熊健太郎の「たけくまメモ」で自身がブログをはじめた頃のことについて書いてある。

  17. ジャック より:

    >あ〜はプロでもないのに
    いや、わからん。

  18. おぷ より:

    >>あ〜はプロでもないのに
    >いや、わからん。
    いや、わからん。
    プロならかえって、公然と高飛車な態度はとらないものですよ。
    振る舞いを見る限り、
    アマチュアもしくはセミプロ(過去に研究書等出したとか)ではないかと、見当。

  19. あが より:

    >プロならかえって、公然と高飛車な態度は
    カラサワ…

  20. 46才主婦 より:

    話題をガラッと変えて申し訳ないんですが、昨夜、豊洲のフォルクスで竹熊先生そっくりの方をお見かけしました。
    脳梗塞を患った人がステーキ屋で食事をするとは思えないし、人違いだよな〜とは思うものの、気になって気になって・・・。
    もしも御本人だったらサインを頂戴したかったのに!
    一握りの勇気を出して、御本人かどうか尋ねればよかった!
    などと、今日一日そのことばかり考えてました・・・。

  21. たけくま より:

    ↑昨日はフォルクスには行ってません。
    お台場のサイゼリアには行きましたけど、
    お間違えではないでしょうか?

  22. 固定筆名恒久使用不能人 より:

    生き霊だ。まちがいない。ドッペルゲンガーが発生したんだ。「もうひとり」のほうはステーキを食ってたんだな。

  23. 長谷邦夫 より:

    たけくまさんは何を?

  24. apg より:

    それかなぎら健壱でしょう。

  25. すとっぱ より:

    それでなければ“誰か”がたけくまさんの姿と名前を使ってあっちこっちで飲み食いしているのでしょう。
    「お前が、いつまでたってもおれたちのことを書いてくれないからだ」
    たけくまさん、何かやり残していることないですか?

  26. メルヘンひじきライス朝刊 より:

    俺はapgさん説を採用します

  27. メルヘンひじきライス鳥瞰 より:

    やばい。何度読んでも笑える。ひとつ席おいて隣の女子小学生が不審がるのでなんとかしてください。ただでさえあさはらでしょうこうライクな風貌なのに。配慮を要求する。
    つまりその もっとやって。
    という配慮。

  28. 欽ちゃん より:

    この人は努力や苦労すんのは嫌いなんだね。言い訳ばかりで。

  29. naga より:

    >生き霊だ。まちがいない。
    >ドッペルゲンガーが発生したんだ。
    なんか『芥川龍之介』の『歯車』みたいですね。
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card40.html
    一応、『歯車 (小説) – Wikipedia』の、方も。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%AF%E8%BB%8A_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
    ちょうど個人的に山田正紀の『マヂック・オペラ』読んでいる途中なのですが、
    なんか『芥川龍之介』の話題がいろいろよってくるなぁ。
    でも、『ひげとメガネ』の人ですよね? 似た人は多いのでは(笑)
    【blog考】とは、全く関係ない話題なのですが、コミケ絡みの話題なので…
    『『6・30アキハバラ解放デモ』素人でもわかる現状まとめ』
    http://multi.nadenade.com/shinichi/0175
    を、エントリーした『神聖マルチ王国』さん、襲撃される寸前だったみたいですね。
    しかも、コミケ会場で…
    『週刊オブイェクト』
    『コミケ襲撃犯は第一日目の段階で既に現行犯で確保、事態は既に解決済み』
    http://obiekt.seesaa.net/article/51906464.html
    いろいろややこしい事が起こってる?

  30. より:

    メディア=テキストみたいな書き方ですが、
    ウェブ表現の中でテキストというのは将棋の歩みたいなものだと思うんですよ。
    HTML,CGI,画像,音楽,その他のスクリプトなんかを使って、それらを組み合わせて表現されてきたものが今までも沢山あるわけでして。
    サイトを自前で試行錯誤しながら色んなもの組み合わせて作っていくのと比べると
    ブログは挟み将棋しかできないツールって感じがします。

  31. R.F より:

    コンピュータ画面の解像度が、現状では絶望的なまでに低いので(雑誌などは最低でも300dpi以上、それに対してコンピュータは72~96dpi)、雑誌紙面に比べればWeb上での表現などまさに「はさみ将棋」のように単純なものに見えるでしょうね。
    正直なところ、雑誌などの他のメディアと同じような表現を目指すのは不毛だと思うのです。
    雑誌はレイアウトもコンピュータより自由だし、圧倒的に美しい紙面を作ることが可能ですが、たとえばこのコメント欄のように、実時間で動的なコンテンツを提供することはできないわけです。
    おさんがどの様な方向性を指して「ブログは挟み将棋」と仰られたのかはわかりませんけど、レイアウトなどの複雑さ、綺麗さに凝るのは、あんまり意味がないのではないかと私は思います。

  32. プログ 「たけくまメモ」 で垂直統合型メディアコングロマリット形成の個人による可能性が論じられる

     私の大好きなブログ「たけくまメモ」の記事中で インターネットにおいてサーバーを自分で持つということは、作家が執筆活動をすると同時に、出版社・取次・書店まで個人で所有することと同じである。これがどれだけラジカルなことであるか、一般にはなかなか伝わりづらいかもしれない。
     ここのところにガツーンと心を動かされました。出版・流通業界の複雑な仕組みを身をもって経験されている竹熊健太郎先生の言葉だけに理屈抜きに感動を覚えるものです。
     出版物が世に出回り、読んでもらいたいと思う方が手にするまでには、いく…

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